第3話

「お姉ちゃん!」

 私を呼ぶ声と、バタバタと廊下を走る足音が、ぼんやりする頭を覚醒に導く。

「お姉ちゃん! 遅刻するよ!」

 大きな音を立てたドアから自室に駆け込んできた美憂の姿を見て、一気に目が覚めた。

「えっ? 遅刻? 今何時?」

「7時!」

 枕元のスマホを手に取り、時刻を確認する。時刻は7時6分になっていた。

「ごめん! 朝ご飯……」

「いいから、早く着替えなよ!」

 それだけを言い残し、来た時以上の慌ただしさで出て行った。

 家事のほとんどを美憂にやってもらうのが申し訳なくて、朝ご飯は作ると言ったのは私だ。慣れない早起きにやっと慣れたと思った頃の、この失態。

「ごめんね」

「いいから、早く食べなよ。トーストとコーヒーしかないけど」

 身支度を整えダイニングに顔を出すと同時に、トースターがチンと鳴った。トーストとコーヒーを流し込むように食べていると、父が入ってきた。

「おはよう」

「お父さん、ごめん。今朝、寝坊して……」

「いいよいいよ。朝飯くらい、自分で用意できるから」

 そう言いながら、父の分のトーストとコーヒーを用意してくれたのは美憂で、父はそれを受け取るだけ。

「ありがとう、美憂。美奈は、毎日お母さんを見舞ってくれて、ありがとな」

 父が向かいの席に座って言った。

『お母さん』の名前を聞いて、フラッシュバックする映像。母にすがって泣く美憂の姿に、先生を怒鳴りつける父の姿。

 ——あれは、昨日の出来事?

「ね……ねえ……」

 ——あれからどうなったの? お母さんはどうなったの? なんで、普通にご飯食べてるの?

 聞かなきゃいけないことはたくさんあるのに、喉が詰まって声が出ない。

「お姉ちゃん。急がないと、電車に遅れるよ」

 自分の分のトーストとコーヒーを持って、美憂が隣に座る。

 最近やっと慣れた3人だけの食卓。意識して明るく振る舞うようになって、会話も増えた。母が安心してこの家に帰って来られるように、この家を3人で守ると決めたんだ。

 ——ああ、そっか。あれは夢だ。ただの悪い夢。

 ほっと息を吐き、残りのトーストを口に詰め込む。

「ごめん。洗ってる時間なくて……」

「そんなのいいから」

 食べ終えた食器を流しに置いて謝ると、美憂は笑って言ってくれた。

「明日は、お母さんに会いに行くから! お母さんにそう言っておいて」

「もちろん、お父さんも行くぞ!」

 明日は土曜日。なかなか病院に顔を出せない2人が、母に会える日。

「分かってる。ちゃんとお母さんに伝えとく。いってきます!」

 そう言って、2人に手を振り家を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る