8:天空竜

「何だあれは?!」


 ビアンカの街を破壊して天へと昇っていく”それ”を見て、ニアクス陣営からも声が上がった。


「……竜か」


 サキと一緒に異世界から召喚された勇者エイジ。

 彼はビアンカの街を破壊して出現した生物を見て呟いた。


 黄金に光り輝く長い体、四つの足とは別に背中に生えた四枚の羽。

 その外見的特徴からいえば、それはもう竜という以外に表現のしようが無い。


 それにしても――。


「でかいな……」


 エイジとパーティを組む魔法使いハインは、その大きさに驚いた。


 距離があるので正確な大きさを把握するのは難しいが、比較対象であるビアンカの街を基準にすると、相当なサイズだ。

 流石に街を丸呑みとまでは行かないが、それでも尻尾を一振りするだけで四分の一ぐらいは壊せてしまうだろう。


 リーンと呼ばれるこの世界には竜に分類される生物が様々おり、程度の差こそあれ、いずれも強力なモンスターの代名詞となっている。

 しかし今回ビアンカの地下から姿を現した竜は、その大きさ、力強さ、そして泳ぐようにして空中に留まり続ける生態のいずれにおいても、類を見ないものだった。


 重要なのは、それを見た者達がどう感じたのかということである。

 この世界に来てまだ数ヶ月しか経っていないエイジにはわからなかったが、この世界の一般的な感覚で言えば、それこそ災害級の脅威と表現しても何ら差し支えはない。

 

 いずれにせよ、初めて目にするその竜が極めて強力な力を持っているという点に関して、議論の必要など一切無かった。



 ――天を割るような雄叫び。

  

 眠りから目覚めた”彼”は、その怒りを表現すると同時に、周囲に自分が強者であることを示した。

 全ての者達が、悠然と空を舞うその竜を唖然としながら見上げている。


 しかし対するその竜もまた、復活したばかりで自分の状況が把握できていないのか、眼下を中心に周囲を確認し始めた。

 何も知らない他の者達からしてみれば、それは力をぶつけるための獲物を求めているようにしか見えない。


「ド=ナシュ=ラク!」


「ん?」


 下から覚えのある声が自分を呼んでいることに気がついた竜。

 ド=ナシュ=ラクと呼ばれた彼は心当たりのある赤い魔族がいるのを見つけると、そちらに向かって降下していった。


「コルドウェル! 戦いはどうなった?! 【大猫の騎士】は?!」 


 その興奮の原因は、果たして仲間を見つけたことによるものなのだろうか?

 いや、あるいは戦いに水を差されて不機嫌になっているようにも見える。


「話は後だ! 味方の亜人達を人間から逃がす! 支援しろ!」


「おお! 戦いか!?」


 【天空竜】ド=ナシュ=ラク。


 古の時代、コルトウェルやグルナラと同じ陣営で猛威を振るった竜は、ここが戦場であることを理解して歓喜した。

 つまり眼下にいた者達は、敵と味方に分かれて戦っていたということだ。


 竜の中でも特に凶暴な戦闘竜に分類させる彼の本能が、早速とばかりに殺していい人間を選別していく。

 亜人が味方ということは、つまりそれと相対している者達は敵陣営ということになる。

 

「グルナラもいたのか!」


 天空竜がコルドウェルの赤い体に続いて、青い魔族も見つけ出した。


 この二人は味方だから、それと行動を共にしている粗末な服装をした者達も味方でいいはずだ。

 中には鎧を身に着けている者もいるが、不慣れなのが一目見てすぐにわかる。

 

 そして逆に慣れた様子で鎧を着こなし、後退する者達に攻撃を加えようとしているのが――。


「敵ということだな!」


 地震が止み、逃げようとする魔王軍を追撃する構えに移行した直後のノワルア王国軍。

 天を舞っていた竜が急降下し、彼らに襲いかかった。


「おい! こっちに来るぞ!」


「逃げろ!」


 論ずる必要のない脅威。


 それが、自分達を狙っていると気づき、ノワルアの兵達は慌てて逃げ出した。

 敵前逃亡は罪ではあるが、しかし敵の攻撃を回避するという名目が間違いなく認められるであろう状況だ。


「マストカウンタァァァァ!」


 竜が吠え、大気が轟く。


 大地に体を擦り付けるようにして飛び込んだド=ナシュ=ラク。

 黄金の体を赤いオーラが鈍い振動音と共に包み込み、まるで鋼鉄製の分厚い刃の様な鱗が人間ごと地面を削り取った。


「ぎゃあああああああ!」


「ウワァァァァァァァ!」


 圧倒的な速度と質量で迫る竜に対し、普通の人間や馬が逃げる速さなど、止まっているのと殆ど変わらない。

 潰され、巻き込まれ、切り裂かれていく。


 復活した魔王と戦うということで、それなりの心構えを持ってこの地に来た者達。

 そんな彼らは、予想外の圧倒的な暴力によって蹂躙されることになった。


「腕が……!」


 ”運良く”片腕を失うだけで済んだ男が傷を抑えながら地面に転がり、近くにいた仲間が慌てて駆け寄った。


「大丈夫か! 待ってろ、すぐに傷を塞いでやる。……ヒール!」


 治癒魔法としては低級。

 しかし止血するには十分な効力を持つ魔法で、傷ついた味方を助けようとした。


 ――が、しかし。


「うわぁぁぁぁ!!」 


 普段ならば傷が治る開放感が得られるはずだというのに、どういうわけか男は大きな痛みを感じて思わず叫び声を上げた。

 

「おい、どうした! しっかりしろ! ……? これはまさか……、傷が塞がってないのか?」


 治癒魔法で止血されるはずの傷口。

 しかしそれは塞がる気配を一切見せることなく、血を流し続けていた。


「あああああ!」


「いてぇぇぇ!」


 彼らの周囲からも同じように悲鳴が上がり始めた。


 起こっている状況は彼らも同じだ。

 つまり、治癒魔法を掛けても傷が治らないのである。


「はっはっは! 残念だったな、人間ども!」

 

 再び天空に舞い上がった竜が笑った。

 確信犯であることは明らかだ。


 次の獲物の位置を確認し、再降下の体勢に入ったド=ナシュ=ラク。

 彼はついでに周囲の状況も確認した。


 敵を足止めしたことによって、逃げる味方はかなりの距離を稼げたようだ。

 もうしばらくすれば、追撃されても振り切れるところまで行けるだろう。


「……んん?」


 この時点になって、彼は少し離れたところにも人間の部隊が展開していることに気がついた。

 もちろん、これはユウ達がいるニアクス軍である。


 その奥にはもう一つ別の街が見えることから、ド=ナシュ=ラクは彼らを街の防衛部隊だと判断した。

 

「厄介そうなのがいるな」


 今襲っている連中を片付けた後は、彼らを狙おうと考えたド=ナシュ=ラク。

 しかし彼は直後にその案を引っ込めた。


 明らかな強者の存在感。

 それが向こうから伝わって来る。


 誇示するように露骨なものではない。

 台に置かれた抜身の名剣が、周囲に近寄りがたい空気を張り巡らせるかのような。


 周囲に馴染んだ自然な空気。

 しかし、その存在自体は明らかに不自然だ。

 

 竜は直感した。


 ――間違いない、あそこに強い奴がいる。


 ――自分を封印した、あの【大猫の騎士】のような。


「ふん!」


 ――あれに仕掛けるかどうかは、後でコルドウェル達に相談した方が良さそうだ。


 鼻を鳴らした天空竜は少し機嫌を良くして、再び眼下の人間達に向かって降りていった。

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