6:伝説対……

「ブレイブイグニッション!」


「うわああああ!」


 勇者魔法による爆音が戦場に響いた。


「なんだこいつら! 強いぞ?!」


 王国軍の前列を食い破って側面から攻める構えを見せた魔王軍に対し、伝説勇者二十数人が牙を向いた。

 剣で、魔法で、一方的に魔王軍の素人達を蹂躙していく。


「すげぇ!」


「これが伝説の勇者か……」


 圧倒的な戦力差に味方陣営からは次々と感嘆の声が上がった。


 兵士達の中には普通の勇者の強さを知っている者もいたのだが、そんな彼らから見ても無茶苦茶な強さだった。

 先程まで自分達の人生がここで終わるのだと覚悟していたというのに、今となってはそれが心底馬鹿らしい。 


「流石に同情してしまうな」


 後方から様子を見ていた王国軍の指揮官も思わず苦笑いした。


 先程までの緊張感が全て吹き飛んでしまうほどに、ありえない展開だ。

 魔族達がゴミのように引き裂かれ、吹き飛ばされていく。


「大したことないわね! もっと強い奴はいないの?!」


「本当、手応えが無さ過ぎますね」


 八代目パーティの勇者レオノーレが駆け、魔法使いルトラが氷の槍で打ち倒す。

 先程まで人間を皆殺しにするのだと息巻いていた魔族達も、あまりの戦力の違いに思わず後ずさった。


 魔族の首がまた一つ飛んだ。


「素人が戦場に出るなんざ、殺してくれと言ってるようなもんだぜ?」


「うわぁぁぁ! 逃げろぉぉぉ!」


 戦意を失いかけた魔族達を、戦士ジークが容赦無く狩っていく。

 そこには慈悲などという類の感情は一切ない。


 それは彼らが魔族だからか、あるいは敵だからか。

 もしかしたらその両方かもしれない。


「逃がすわけないでしょ! ファイアレイン!」


「それじゃあ私も! アイスパニッシャー!」 


 イヴァが追撃の炎を降らせれば、三代目勇者パーティの魔法使いザビーネもそれに続いた。

 鋭利な氷の斬撃によって、魔族達が次々と細切れになっていく。

 

「弱者を斬るのは、正直あまり気分がいいものではないが……」


 左右に軽くフェイントを交えながらルカが走った。


 他の伝説勇者達にも見きれない速度で、まだ戦う意志を失っていない者達を斬っていく。

 背中を見せた者達を手に掛けなかったのは、ささやかな抵抗の意志か。


「あいつ、すげぇなオイ!」


 七代目勇者のアリウスが思わず歓声を上げた。


 やはり他の伝説勇者達から見ても、初代勇者であるルカの実力は抜きん出ているらしい。

 だかそういうアリウス自身も、パーティの仲間と一緒に屍の山を作っていた。


「伝説の勇者達が来たぞ!」


「俺達の勝ちだ! 押せ押せ!」


 強力な援軍で勢いづいたノワルア軍は、弱気一辺倒だった先程までから一転して魔族軍を押し始めた。 

 やはり自分達こそが上なのだと確信を深め、格下に位置づけた者達を追い込もうと前進していった。



「グルナラさん! あっちの奴らが!」


 視線の先で千切られ、吹き飛ばされる魔族達。

 ノワルア軍を側面から攻めようとしていた魔王軍左翼は、伝説勇者達の投入によって崩壊へと一気に傾いていた。


 数や装備では劣っていても、単体の戦力でならば自分達が上回っているという自信。

 つまりはその、素人である魔族達の背中を前へ前へと押していた精神的支柱が失われたのである。


 いくら人間に対する長年の恨みが積み上がっているとはいえ、流石の彼らも勝ち目のない相手に挑めるほど無謀ではない。 

 そして局所的な段階から始まった敗走の色は、魔王軍全体へと急速に広がろうとしていた。


「まずいな……」

 

 グルナラはこの状況を、敵が切り札を投入してきたと判断した。

 このままでは形成をひっくり返される。

 

「数は……、二十を少し超えるぐらいか」


 しかしこれは同時に好機でもある。

 上手く行けば敵の強力な戦力を削ぎ落とし、今後の戦いを有利に進めることが出来るだろう。


 伝説勇者達によってどんどん減らされていく味方を見ながら、グルナラは決断した。


「先に行くぞ、お前達は後からついてこい! プラズマアヴェニュー!」


 グルナラの叫びに応え、彼の全身を青いオーラが薄く包み込んだ。

 パチパチと小刻みに叩かれる空気。


 【権能】プラズマアヴェニュー


 ”女神”から与えられた力が、彼を一段上の強者の領域へと押し上げた。


 速度を中心に、ただ単純に身体能力を底上げするだけの【権能】。

 だがシンプルであるが故に、その効果幅は大きい。


 青い残像を残し、グルナラは並の動体視力では捉えきれない速さで敵に向かって駆け出した。

 狙う敵はもちろん伝説勇者達だ。


 雷音が戦場を駆け抜けていく。


「なんだ?!」


 敵味方入り乱れる中を、縫うようにして駆け抜けていく青い光。


 残像を視界に捉えた者達が、何事かとそれを目で追いかけた。

 それ以外の者達も、彼らの視線や音に釣られて同じ方向を見ている。 


「青い光……、グルナラ殿か!」


「おい! グルナラさんが行ったぞ!」


 ノワルア軍に対抗しての最高戦力の投入。

 劣勢に傾き始めた戦況の打開を期待して、魔王軍側も湧いた。



「よっと!」


 目の前にいた魔族を斬り捨てた七代目勇者アリウス。


 彼は自分に背を向けて逃げようとしていた魔族を次の標的に定めた。

 粗末な防具しか付けていない相手に対し、躊躇うこと無く斬りかかる。 

 

 自分が狩られる側であるという観点は彼の中に存在しない。

 もっとも、それに関しては彼だけでなく、初代勇者ルカを除いた伝説勇者全員がそうである。


「戦場で背中見せてんじゃねーよ!」


「お前がな」


「――!」


 至近距離で放たれた【青鬼】グルナラの声。

 狙った獲物を仕留めようとした直前、アリウスを側面から三叉の槍が貫いた。


「あっ……」


 肺と脊髄を貫かれた影響からか、アリウス本人の意思とは無関係に声が漏れた。


 グルナラはまるで銛で獲物を仕留めた漁師のように、そのまま片手でアリウスの刺さった槍を持ち上げた。

 勇者の血が槍を伝い、武器自身の紅色と重なって怪しく光る。


「アリウス!」


 彼と七代目勇者パーティを組んだ仲間達が、驚愕の声を上げた。

 かつては魔王を打倒した彼らではあるが、アリウスが一撃で戦闘不能になったことなど過去にない。


「どうした?」


「ちょっと! やられてんじゃないの!」


 アリウスが生死も怪しい状況に陥ったことに、他の伝説勇者達も気が付き始めたようだ。


(こいつは……。凄まじく強いな、間違いなく)


 ルカもまた乱入した敵が強者であることを読み取って身構えた。

 その青い皮膚は明らかに他の敵とは異質。

 

 当然だ。

 現代において魔族と呼ばれているのはあくまでも亜人であり、グルナラ達のような元々魔族と呼ばれていた者達とは全く別の種族である。

 伝説勇者の中でも先頭に位置づけられるルカの時代においても、魔族とは言えば人間と同じ肌の色、つまり亜人のことを指していた。

 

 懸念。


 伝説勇者を始めとしたノワルア軍にとって、これが魔族との初めて戦いだった。


 グルナラは槍を振り、アリウスの体を伝説勇者達に向けて放り投げた。


「アリウス!」


 治癒魔法が使える者達が慌てて転がった彼に駆け寄っていく。


「ちっとは手応えがありそうな奴が出てきたな」


「ホント。……一人しかいないみたいだけどね」


 勇者レオノーレと戦士ジーク。

 剣術の勝負では初代勇者ルカについで二番と三番だった二人が嗤う。

 他の伝説勇者が倒されても尚、彼らは目の前の青い悪魔を大きな脅威とは認識していなかった。


 流れを変えようと介入してきた敵の数はたった一人。

 伝説勇者達がそれを冷静に半包囲した。

 

「グルナラさん!」


「ここは俺が引き受けよう。お前達は下がって他の連中を相手にするんだ。立て直すぞ」


「は、はいっ!」


 他の魔族達を周囲から遠ざけるグルナラ。

 体の青とオーラの青。

 二つの青が重なり、その色を互いに強め合った。


「どれ、それでは試させて貰おう。……この時代に俺の力がどれだけ通用するのかを」


 改めて伝説勇者達を見据え、【青鬼】の瞳が怪しく光った。

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