4:白死病の男

 ドラゴンの襲撃から数日後。

 最下位のFランク冒険者として生計を立て始めたユウは、朝から街の西にある森の入口付近をうろついていた。


 目的はこの付近に生えている薬草だ。

 Fランク帯の中では比較的報酬が高めということもあって、ユウはこの数日間ずっと薬草集めの依頼を受け続けていた。


「……ん?」


 腰をかがめてせっせと薬草を集めるユウ。

 その近くをサキ達が通りがかった。


「あ、こんにちわー!」


 先頭のサキはユウに気が付くと、元気よく挨拶して手を上げた。


 ――が、後ろにいた三人は、一瞬だけ見下すような視線をユウに向けるだけだった。

 いや、”ような”ではなく実際に見下しているわけだが。 


「……。」


 ユウは無視していないことがわかる程度に会釈した。


 この世界において勇者というのは非常に地位が高く、そのほとんどが上位の貴族の身分を与えられている。

 異世界から来たサキはともかくとして、それ以外の三人は生まれながらに高い身分ということだ。


 そんな彼らにとって、最下級の冒険者であるユウなど見下す対象以外の何物でもない。

 ユウは本物とは違って勇者ではないのだから。


「ん? どうしかしました?」 


「いえ……。先を急ぎましょう」


 そんなこととは気が付かないサキに、パーティの一人が先を促した。

 ユウよりも上位の依頼をギルドから受けているらしく、彼らはどんどん森の奥へと進んでいった。


(……うーん。 なんかあんまり羨ましくないのはなんでだ?)


 本来ならば羨望と嫉妬の入り混じった視線を呪詛のごとく彼らの後ろ姿に対して送る状況である。

 しかしどういうわけか、今回はその類の感情が湧いてこなかった。


 それがサキのポンコツ具合に起因するということを、この時のユウはまだ知らない。


(まあいいか……。薬草集めよう。)


 自分も精神的に少し成長したのだろうかと思いながら、ユウは薬草集めに戻ることにした。

 先日はドラゴンが出てきたこの森だが、入口の辺りには脅威となるようなモンスターが全くいないので、邪魔もなく黙々と作業を進める事ができる。


 腰の魔法袋に千切った薬草を片っ端から突っ込んでいく。

 自然の中で黙々と作業をこなしていると、なんとなく心が洗われていくような気がするから不思議なものだ。


 時計は持っていないので正確な時間はわからないが、太陽がだいたい正午ぐらいまで登った頃になってようやく依頼分の薬草を集め終わったので、ユウは木の幹に腰を下ろして昼食を取ることにした。


 メニューは昨日の夕方に買っておいた食パンとチーズである。

 ドリンクは公園の水道水を使った最安値の紅茶だ。


 もちろんストレートに決まっている。

 ミルク? 砂糖?


 ……贅沢は敵だ。


「ん?」


 ユウはパサパサになった食パンに見切り品のチーズを乗せて一口かじった。


 ――と、その時である


 森の奥の方から大きな爆音が聞こえてきた。


(……戦ってるのか?)


 明らかに自然現象ではない不規則な爆音が続いている。

 ユウはこれが森の奥に入っていったサキ達と関係している可能性を考えた。


 現実として、全員が勇者で構成されたパーティが苦戦するような相手はそう多くない。

 その一人が異世界勇者であるのならば尚更だ。


 だとすれば単純に敵の数が多いせいで手数が増えているということになりそうだが、それにしては音のリズムが妙だとユウは感じていた。

 まるでモンスターではなく人を相手に戦っているかのような印象だ。


「……行ってみるか。」


 ユウは残りのパンとチーズを紅茶で胃に流し込むと、未だ爆音を鳴らし続ける森の奥へと走り始めた。



「ブレイブイグニッション!」


 西の森の奥。

 カルトタイガーと呼ばれるモンスターを狩るためにここまで来たサキ達は、偶然遭遇した”男”と交戦していた。

 

「ダメだ! 効いていない!」


 敵に勇者魔法を叩き込んだサキの仲間コバルトが、後退しながら叫んだ。

 

「これが勇者魔法か。……案外大したこともないな」


 途切れた煙から姿を表した鎧の男は嘲笑っている。


 もちろんそれは挑発だ。

 しかし全くのでまかせというわけでもない。


 ひと目で白死病の末期患者とわかる彼の真っ白な体に傷一つついていないのもまた事実だった。

 彼が先日ユウと十字路ですれ違った男であることを、サキ達は知らない。


「嘘でしょ?!」 


 サキは勇者魔法の直撃で倒れない相手がいることに驚愕の声を上げた。

 異世界勇者であるサキほどの威力はないにしても、普通の魔法を凌駕する魔力変換効率を誇るブレイブイグニッションの威力は、この世界でも最高クラスだ。


 例え加護で防御力の上がった勇者であっても、直撃すれば無傷では済まない。

 この世界に転移してきて日の浅いサキだけでなく、他の三人もそんな人間など見たことも聞いたこともなかった。


 その対象を勇者以外、そして人間以外に拡大しても同じだ。


「なるほど、クラーニを壊滅させたのはコイツで間違い無さそうだな」


 魔法使いのエアドが銀髪を揺らしながら額に冷や汗を浮かべた。

 単独でクラーニを壊滅させたらしいという前情報から相手も勇者である可能性を考えてはいたが、それにしてもこれは予想外である。

 

「アナライズに反応は無し……。しかしイグニッションの直撃が効かないとすると……、何か種がありそうですね」


 治癒士のサティアも警戒の視線で敵を観察していた。

 しかし有用な情報は見いだせない。


 せいぜいが戦士らしいということぐらいか。


「そもそも当たっていないのか?」


 エアドもまた、無警戒でコバルトのブレイブイグニッションの直撃を貰った相手の行動を訝しんだ。

 普通ならば防御なり回避なり、抵抗の素振りを見せるものだ。


「今度は私が!」


 サキが自分のブレイブイグニッションを叩き込もうと距離を詰める。

 他の勇者達が火力不足だというのなら、残る可能性は異世界勇者のサキだけである。

 

「ブレイブイグニッション!」


 先程のコバルトよりも高密度の爆撃が敵に叩き込まれた。


 煙に隠れた敵から即座に距離を取るサキ。


 これは本来、視界を塞がれた状態で周囲の敵からの攻撃を受けないようにするための基本動作である。

 サキは異世界勇者としての訓練で、この動作を何度も繰り返し練習させられていた。


「ふん! 効かんな」


 白髪の男の剣が数瞬前までサキのいた場所を横薙ぎにした。


 空振りに終わったとはいえ、男にそれを惜しむような素振りは見られない。

 サキを狙ったのはついでで、周囲の煙を払うのが目的だったのは明らかだ。

 

「やっぱりダメ?!」


 可能性のひとつとしては事前にわかっていたとはいえ、最高クラスのブレイブイグニッションが直撃して無傷という事実はやはり信じがたい。

 

「やはり何かありますね。見極めます、少し時間を稼いでください」

 

「それには及ばんよ」


「――えっ?」


 サティアがサキとコバルトに時間稼ぎをさせようと発言した時、白い体は既に彼女の前へと移動し終えていた。


 男はそのままの勢いで彼女の首を造作なく刎ねたのは、その直後だ。

 若い命を摘むことへの躊躇いは一切見られない。


 切られた髪がパラパラと地面に落ちて音を立てた後、飛ばされた首がドサリと地面に落ちた。


「サティアさん?!」


「サティア!」


 目の前から瞬時に消えた男の行方を探したサキとコバルトが、首を失ったサティアの胴体を見て思わず叫ぶ。

 二人共、パーティの仲間を失ったのはこれが初めての経験である。


 何の前触れもない突然の別れだった。


「お前もついでだ」


 サティアの首を飛ばしたばかりの剣が、今度は彼女の隣で事態を飲み込めていないエアドの心臓を貫いた。

 

「あ……、う……」


 勇者の加護に守られていることで普通の人々よりも痛みを経験していない彼に、この苦痛の中で一矢報いるような気概も耐性もあるわけがなく、魔法使いはただ歪めた顔をしながら崩れ落ちた。


「エアドさん!」


 二人目の犠牲者を前に泣きそうな声を上げたサキに対し、コバルトは驚愕の表情でエフトを見ていた。


「まさか、こいつも異世界勇者なのか?!」

 

 彼なりにようやく辿り着いた可能性がそれだった。

 勇者が絶対的存在という環境で生きてきた彼にはそれ以外の可能性が思いつかない。


 答え合わせとばかりに白髪の男から剣が投げつけられ、正確にコバルトの頭部を貫いた。


 ――これで三人目。


 再び一瞬でコバルトの前まで移動した敵は乱暴に剣を引き抜くと、その目だけをサキに向けた。


「ひっ!」


 ――次は自分の番だ。


 それを本能で悟ったサキの背筋が凍りつく。

 白髪の男がその想像を現実のものにしようと大地を蹴った。


「きゃああああああ!」


 サキは反射的に杖を構えて目を閉じた。

 訓練を受けたとはいえ、所詮は数か月前まで普通の中学生だった少女である。


 そして異世界勇者の加護と待遇によって、この世界に来てから経験した危機もほぼ皆無。  

 ここで冷静に敵を見て行動するだけの能力は、少なくとも今の彼女には無かった。

 

 ――響く金属音。


 しかしサキの剣に手応えはない。


「……お前も勇者か?」


「……そんなわけないだろ。」


 状況を確認しようと目を開いたサキの目に入ったのは、敵の剣を受け止めたユウの後ろ姿だった。

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