第148話 戦況
抗争は続いた。
九月は小競り合いではあるが殺し合いが数多く起こり、ルノルノもミチャも小物相手ばかりではあったが頻繁に駆り出された。
そして十月に入ってからは大きな動きがあった。シュガルの舎弟であるジルベクとオジークが暗殺されたのである。「ヴィス」の勢力後退に乗じて彼らの持つ賭博場を占領し、管理していた二人である。
シュガルが慌てて二人に代わる別の舎弟を送り込んだため、取り返されることはなかったが、これは大きな痛手であった。この事件は八月の粛清事件に対する「イーラムル」の報復攻撃であったことから、「十月の報復事件」と呼ばれるようになった。
そしてさらにその報復としてラスタラルの舎弟、フッサールが十月二十八日にルノルノらによって暗殺された。
この時もルノルノはフッサールの皮を剥ぐようにシュガルに命じられた。ルノルノは命令通りに皮を剥ぎ、広場に放置してみせた。
この頃になると、ルノルノは裏組織内では有名になり始めていた。密かに「シュガルの犬鷲」と呼ばれ、恐れられるようになった。
「アンテカール」と「イーラムル」の抗争事件は完全に泥沼状態であった。憲兵隊も結局反社会的組織の潰し合いとしかみなさなくなり、あまり真剣に捜査しなくなったことも、泥沼化が進行した原因と言えた。
「いつまで続くのか」
さすがに組員、さらには幹部の間にも厭戦気分が広がって来た。殺し屋を続けているミチャにもその気分は移っていた。
「まだ終わらないんすか?」
ユーラムはミチャに聞いた。
「あたしに聞かないでよ。そろそろ終わりにしたいのはあたしも一緒」
殺し合いに関わっていない奴隷達は「アンテカール」とはまるっきり無関係であった。彼らはあくまでシュガル個人の奴隷になるからだ。
しかし屋敷の中には用心棒の増員として下っ端の組員達が出入りするようになり、平和だった頃とは全く異なる張り詰めた空気が漂っているため、奴隷達も不安になっていた。
「最近奴隷会の回数が増えてるみたいなんすよね。みんななんかぴりぴりしてストレス溜めてるんでしょうねぇ」
みんなを詐欺にかけるなら今が狙い、と小声でつぶやくのをミチャは聞き逃さなかったが、それにはあえて突っ込まなかった。
抗争が冗長になってきたせいか一時期ほど会議もしていないし、クロブも時間的には少し余裕が出て来ていた。しかしそれと反比例して精神的にはかなり参っているようで、空いている日があればすぐに奴隷会を開いていた。
つい先日、ミチャにも声がかかっていた。
「この前あたしも誘われたわ。最近クロブさん、また太ったよね」
アルファーン帝国人の価値観では、多少の肥満は豊かさの証拠であるので好意的に見られるが、あまり太過ぎるのは早死にすると言われているので忌避されていた。
クロブの食事量が増えているらしい。かつてあれだけ肌を重ね、別れ際も比較的綺麗だった相手だけに彼には何とも言えない好意と情がミチャの中には芽生えている。それだけに少し体のことが心配になる。
今行われている奴隷会は小規模だが、新たな刺激を求めて参加してみてもいいかな、とちょっと思う。クロブの悩みも聞いてあげたい気もする。
ちなみに今ルノルノは朝食後の馬の調教中だ。そしてミチャはアルディラに跨り、ゆったりとユーラムに引いて貰っている。
「ちょっとクロブさんとも話したいことあるんだよね」
「ん? 何か思うところがあるんすか?」
「うん、今後の見通し。あの人、地味に組織の運営にも関わってるから、何となく色んな情報握ってると思うんだよね。今この抗争はどうなってんのかなぁって思って」
命令通りに暗殺に明け暮れるというのが殺し屋の信条とは言え、あまりに長い。もう十一月に入っている。あと二か月もしたら年が明けて、ルノルノも十七歳になり、その二月で自分も十九歳になる。
「最近どうやって生き残ろうかばっかり考えてるんだよねー」
ユーラムはミチャが殺し屋であるということは直に聞いたことはないが、独自の情報分析力で分かっている。だからミチャもはっきりとは言わないが、別に隠してもいない。
「まぁ、命あっての物種っすから」
「まぁね」
「僕は平和に生きたいっすねぇ」
「みんなそうだよ。何だかんだ言って殺し合いは嫌だわ。さて、ちょっと走らせてくるよ」
「ええ、どうぞ」
ユーラムは引いていた手を離す。アルディラはミチャを乗せて元気良く走り出した。
ミチャは昼食を摂っている時にルノルノに奴隷会に誘われていることを打ち明けた。
『奴隷会? またやるの?』
『うん。今までみたいなおっきい会じゃないけどね』
今奴隷会は週一、二回のペースで行われているらしい。
『よくみんな妊娠しないね』
『ほんとに。あ、でもこの前ハンネーナさんが妊娠したらしい。つわりで仕事にならないって言ってた。お父さんは誰か不明ってさ』
ハンネーナとは召使いの女奴隷である。
『やっぱりしてるんだ、妊娠』
『本人はクロブさんの子だって主張してるけど』
最近は新しい女奴隷も入って来ないので、刺激を求めている者も多いらしい。
『行って大丈夫なの?』
『今あたしらは旦那の大事な攻め手。クロブさんもその辺は理解してるから大丈夫でしょ。それにユーラムさんとも話してたんだけど、クロブさんの話が聞きたいんだよね。現在の状況も知りたいし』
『私はどうしようかな』
『行かない?』
『行ってもいいけど……』
『嫌なら無理しなくていいけど?』
無理強いはしない。
ルノルノも行く意味を見出していない。しかし彼女はこくりと頷いた。
『やっぱり行こうかな』
『そう? じゃあ、クロブさんにそう返事しとく』
『うん』
別に深い理由はない。
強いて言うなら、もう少しだけミチャと同じ空間にいたい、ということぐらいだ。
しかし一緒の空間にいたとしても触れ合える訳ではない。
シュガルに躾けられてからと言うものの、ルノルノはミチャに触れることに気を遣うようになっていた。
それがシュガルの目の届かない場所であったとしても、出来る限り触れないようにしていた。
せいぜい手が触れ合うぐらいだろう。
だから行っても虚しいだけなのは分かっていた。
だが心底惚れた相手からは離れ難い。
どんな形であれ、ミチャと一緒にいられれば、それはルノルノにとって幸福なことであった。
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