第11話 襲来

『んー……』



 何かおかしい。


 やはり周りの人達が慌ただしい気がする。移動の準備に追われているのかと思ったが、それとは別の緊張感が集落中を包んでいる。



『おーい、ルノルノ!』



 呼ぶ声がした。オロムとセフタルだった。



『どうしたの?』



 興奮した様子の二人を見て、ルノルノは怪訝な顔をした。



『なんか、やばいことになってる! こっちこっち!』



 急かされてオロムとセフタルの後を追った。



『ほら! あれ!』



 二人が指さした南の平原の先を見た。


 ルノルノは思わず固まる。



『何、あれ……』



 それは人だった。それも何百、いや何千か何万かは分からない。とにかく今まで見たこともない夥しい数の人間が一列になって立っていた。


 整然とはしていない。兜をしている者、素顔を晒している者、怪我をしている者、そしてその手には槍や剣などやはりばらばらの武器を携えていた。


 しかしその見た目とは裏腹に、一様に獣染みたものを内包した異様な威圧感を醸し出していた。



『兵士だ』



 誰かがそう呟いた。


 平和な時代に生まれたルノルノ達には馴染みのない言葉であるが、それが戦う人達を意味する言葉であることは知っている。



『どこの兵士だ?』



『何のためにここへ?』



 みんなに動揺が広がる。


 そうこうしていると、兵士の誰かが大声で叫んだ。するとそれに呼応するかのように、他の兵士たちが一斉に歓声をあげた。


 どん、どん、どん、っと一斉に足を踏み鳴らす音が地響きとなる。


 ルノルノは不気味な圧力を感じた。


 彼らがゆっくりと歩みを進め始める。


 ところどころには巨大な旗が翻っている。青地の布に赤い何かの動物か怪物かをあしらった特徴的なデザインだった。


 ラガシュマの誰もがその光景に釘づけになっていた。


 彼らの歩みは近付いて来るにつれ、少しずつ速くなって来た。そして全員が咆哮する。


 そこで初めて気づいた。


 彼らは襲いに来ている、と。


 悲鳴をあげてみんなが逃げ出した。



『オロム! セフタル! 逃げよう!』



 三人とも踵を返し、各々のマフへと散った。



『ルノルノ、どうしたの⁉︎ 何、今の音は⁉︎』



 慌てて入って来たルノルノに、リエルタもミアリナも驚いた声をあげた。



『お姉ちゃん! お母さん! 逃げよう!』



『ど、どういうこと!?』



『分かんない! でも、襲われてる!』



 訳が分からないまま、三人は表に出た。


 その時、目の前で二つ隣に住んでいるバオルという老人が剣を持った男に斬り倒されたのを見た。


 人が……斬られた。


 ルノルノとミアリナはその光景に固まった。


 思考が停止する。


 その男がこちらを向いた。聞いたことない言葉で何か言いながら近づいて来る。ルノルノの両脚が竦んだ。



『ルノルノ!』



 リエルタが叫ぶ。



『ミアリナを連れて早く逃げなさい!』



 もう兵士が肉薄して来ている。リエルタはいつの間にか弓矢を持っていた。そして矢をつがえると正確にその兵士の目を射抜いた。



『早く!』



 リエルタの叱咤でようやくルノルノの脚が動く。


 リエルタはその姿を見届けると眼前に迫る兵士達の前に立ちはだかった。


 ルノルノは母の背を見た。


 いつも優しく、明るい母が娘達を守るために戦っていた。



『お母さん!』



 ルノルノが叫ぶ。母は振り返ることなく、次の兵士を射抜く。



『早く行きなさい! お願いだから生きて!』



 ルノルノはミアリナの手を引いた。



『お姉ちゃん! こっち!』



 兵士は蝗の大群のように次から次へと現れた。


 それをリエルタは一人、また一人と正確に撃ち倒していく。


 ルノルノはキルスの鐙に足を掛けた。


 その時、母の悲鳴を背中で聞いた。



『お母さん!』



 振り返ると、母親は兵士の体当たりを受けて倒れていた。複数の兵士が母を取り押さえ、その服を引き千切るのが見えた。



『お母さんが! お母さんが死んじゃう!』



 突如、別の兵士達がルノルノとミアリナに襲いかかって来た。相手は三人。彼らのぎらついた欲望に当てられ、ルノルノとミアリナの体は硬直する。恐怖でしかなかった。


 だめだ、捕まる……そう思った瞬間、二人と兵士の間に誰かが割り込んできた。


 がぎっと金属と金属がぶつかり合う音がした。


 ロハルだった。


 彼は自身の三日月刀シャムシールを一閃すると、目の前の兵士を薙ぎ倒した。



『逃げるんだ! ルノルノ、ミアリナ!』



『お父さん!』



 父は練習では見せたことがない剣の型で、飛びかかってくる兵士を一人、また一人と撫で斬りにしていく。


 ラガシュマの剣術は舞を舞っているかのように美しく、それでいて鋭い。


 ラガシュマの剣術には三つの型がある。ルノルノはそのうち二つの型を習得していたが、最後の一つは基本しか教えてもらっていない。幼い少女であるルノルノでは膂力が足りず、習得出来ないと言われたからだ。


 今ロハルがその型で戦っていることはすぐに分かった。


 その動きは激しく、それでいてラガシュマの剣術の美しさを失っていない。血飛沫を浴びたロハルに鬼気迫るものを感じた。


 兵士達はたじろいだ。


 父の剣は最強と謳われたラガシュマの剣を具現化したものだ。


 ラガシュマに伝わる犬鷲の悪鬼ケトゥ・ケルクが乗り移っているのではないかと思わせる。



『ルノルノ、ミアリナ! 逃げるんだ!』



 父がもう一回叫ぶ。


 ルノルノはいつもその背を見ていた。


 頼り甲斐があって、優しくて、大きな背。


 そして今目の前にあるのは、娘達を守るために悪鬼と化した男の背だった。



『お姉ちゃん! 一緒に!』



 ルノルノはキルスに跨った。


 振り返ると、父親が囲まれているのを見た。


 周りから槍で捕らえられている。


 しかしそれを恐れず、父の剣は再度舞った。



『お父さん!』



『行け! 生きろ! ルノルノ! ミアリナ!』



 そう叫ぶ父親の姿は兵士達に囲まれてもはや見えなかった。


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