Side真介

 (困った)

 家のソファーに寝転びながら、長田真介《おさだしんすけ》は思った。

(デートの申し込みが来るなんて)

 それだけなら、単純に嬉しい。誰かと一緒に出かけることは、真介とって楽しみのひとつだ。

(でも、女の子ふたりから同時に誘われるなんて……)

 こんなことあるのか。いや、現実にあるから悩んでいるわけで。真介はソファーに寝転んだ。

「どっちと行けばいいんだ……」

「どっちと行くって?なに?」

 ソファーの後から突然声をかけられる。話しかけられるまで、その存在に全く気が付かなかった。慌てて上体を起こす。

「うわっ……。母さんいたのか。パートは?」

「うわっとはなんだ。うわっとは。まぁ、いいや。パートは休み。そんな毎日、働けるかっての」

 こんちくしょう、と言って社会へ不満をぶつける。

「で、アンタ、独り言が大きいんだよ。独り言が」

「俺は、ひとりで家にいると思ったの」

「へぇ、で、なに?どうしたの?相談にのってやろうか?」

 自分の母に恋愛相談をするのは気が引ける。が、相手にはすぐに返事をした方がいいし、今すぐ相談できる人が、この人しかいない。

 藁をも掴む思いで、真介は聞いた。

「女の子ふたりから、日曜にデートに誘われた」

「おぉ、モテるな。アンタをカッコよく産んであげたかいがあるってもんね」

「それは、どういう?」

 真介は真意を知ろうとして、聞き直した。

「お父さんも昔はカッコよかったんだってことだよ」

「過去形?」

「今もだけど」

 真介はため息をつく。両親ののろけ話など聞きたくない。それよりも早く本題を解決したかった。

「で、ふ~ん。女の子からデートね。2人とも行ってあげればいいじゃない?」

「それはできないかなって……」

 そう言ってから、真介は少し頭の中で自分の考えをまとめる。

「なんというか、そんな不誠実なことはできない。相手に対して申し訳ないから。それはない」

 はは~。と真介の母は笑う。

「なるほどね、いい奴に育ったな。反面、面倒くさいけど。なら、どっちを選ぶの?」

「言い方……。でも、そう、どっちの子と行っていいのか分からない」

 ニヤニヤと母が笑っているのを見て、本当に頼っていいのか分からなくなってしまう。

「その2人のことをそもそも、どう思ってんの?」

 真介は口を濁して答える。

「ひとりはクラスメイトで、はじめは俺の友達の友達で……。何回か遊んだことあるし。一緒にいるのは楽しいかも」

 ふむふむ、と相打ちをされる。よく、そんな子がデートに誘ったものだ、と小声で真介の母は呟いた。

「もうひとりは、委員会で一緒の子。たまにふたりで学校から帰ってきたりしてる。けど、最近ちょっと気まずいかも……」

「なにかあったの?」

「それは言いたくない」

 真介はきっぱりと断った。言わなくていいことは言わない。

「あえては聞かないけど、さ。で、どっちとデートしていいのか分からないと?」

「そう」

 自分でもびっくりするくらい弱気に言った。

「行き先は?決まってんの?」

「クラスメイトも、委員会の子も藤森公園に行きたいんだってさ」

「懐かしいなぁ……」

 目を瞑って思い出を回想しながら、真介の母は言った。今、まさに思いだしている最中に真介には映る。

「私もね、昔、啓介けいすけさんと行ったよ。あそこにデートに行くと、結ばれるって……」

 啓介とは真介の父のことだ。真介は自分の両親の惚気話に嫌気がさして、聞きたくなくて、精神的には耳をふさいだ。

「その話はいいから……」

「こーゆーのはちゃんと聞いた方がいいゾ」

 真介はため息をついた。真介の母はその雰囲気を察して、少し沈黙を作る。

 少し考えて、真介の母はあっけらかんと言った。 

「悩んでる原因の方と行ってみたら?」

「どういうこと?」

 母の意見の意味が真介には理解しきれない。

「アンタが悩んでるのは、?それとも、?」

「えっと、時系列的には委員会の子が先だけど……」

 真介の母は少し首を傾ける。それから、なるほどと、ひとりで唸る。

「なら、クラスメイトだな。だって、?」

「……なるほど」

 もし、委員会の子と行くとはじめから決めていたならば、クラスメイトとデートに誘われても、すぐに断ることができた。真介がそうしなかったのなら、自分がデートしたい相手は――クラスメイトということになる。

 真介は母の意見を理解はした。しかし、納得はできなかった。

(本当にそれでいいのか?)

「まっ、私はどっちでもいいけどね。好きにしたらいい。高校生には恋の悩みが一つや二つあってもいい」

 真介は少しひとりになる時間が欲しくなった。考えをまとめたい、そう思う。

「まぁ、日曜はデートするといい。私は出かけるから、アンタがいなければ、昼ごはんを作らなくて済むしね」

 そう言って、真介の母はリビングからいなくなった。

(デートに行くなら……、クラスメイトか)

 真介はソファーに横になりながら、悩んだ。

 クラスメイトの吉野よしのあいとデートに行くか、それとも……。

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