俺のカードに出た異変
その様子は他の受付スタッフにも不思議に見えたようで、受付嬢が行った先を目で追っていた。
待つこと数分――というほど待つことなく、すぐにバックドアが開くと中から先ほどの受付嬢と筋肉が筋張っていそうな初老の男性が姿を現した。
初老の男性が「彼か?」という視線を受付嬢に向けると、コクンと頷いた。
「失礼。対応を変わらせてもらおう。このギルドのギルド長のサイスだ」
変わる理由が分からなかったが、変わっても問題なかったので頷くにとどめた。
「まず申し訳ないが、顔を見せていただくことは可能だろうか?」
「申し訳ないが」といいつつ、言葉にはそうせざるをえないと思わせるような圧が乗っていた。
しかし、この程度のことならまだ問題ない。
「それは義務か?」
「義務ではない。しかし、ここからは信用問題となるので、できることなら顔を見て話をしたい――いや、話をさせてくれ。そこで、顔を見せたくないのが
「では、そうしてくれ」
「分かった」
サイスはカウンターから出てくると、ついてくるように促してきた。
ギルド長が現場に来るのは珍しいのか、彼が出て来てから酒場に居る冒険者然とした格好の人間がにわかに騒がしくなった気がした。
その視線を背中に受けながら二階に上がると、『ギルド長室』と書かれた部屋に案内された。
「入ってくれ」
「お荷物をお持ちします」
音もなく背後からついてきていた受付嬢は、その小さな手を差し出してきた。
ギルド長も「すなまいな。規定なんだ」とさほど申し訳なくなさそうに言った。
案内された部屋は、まさに組織の長が居るに相応しい調度品が並べられた部屋に、この男のセンスの良さがうかがえる。
促されて座ったソファは深く沈み、とっさの行動が取れなくなるので嫌になるが、相手も武器を持っていないようなので、気持ちは引き締めつつ緊張しすぎないように努める。
座った俺の背後に、俺の武器を持った受付嬢が立つ。
「当ギルドを利用してくれてありがとう。君のことを歓迎するよ」
「ありがとう。慣れない身に、どれだけ貢献できるか分からないが」
「そんなに身構えなくても大丈夫だ。仕事はいくらでもある」
「世間話をしに来たんじゃないだろう」と思いつつも、世間的なマナーとして会話をしていると、すぐに「兜を取ってもらえないだろうか?」と件の話が出た。
「分かった」
首の後ろに両手を回しボタンを押すと、ヘルメットとスーツから「カシュッ」と空気が抜ける音がし、ヘルメットが緩んだ。
そのまま後ろから正面にヘルメットを引っ張り、脱いだ。
「これで問題ないだろうか?」
「ありがとう」
顔を見せると、サイスは満足したようにうなずいた。
「名は、マモル・シキシマ――さんで問題はないだろうか?」
「――名前を?」
「このカードを作る時に、手の平を置いただろう? あれは
ギルドに登録する際、「いつ名前を書くのか?」と思っていたが、どうやら俺が考えているよりこの世界の技術――いや、魔法は万能らしい。
「ここに来てもらった理由はこれだ」
差し出されたのは、俺が作ったギルドカードだ。
そこに記載されているのは、ご丁寧にも名前だけではなく俺の
どういう原理なのか分からないが、これならいちいち素顔を見る必要はなかったんじゃないかと思える。
「ここを見てもらえるだろうか?」
しかし、サイスが指さしたのは意外にも俺の名前の部分だった。
「原理は詳しく話せないが――いや、私も細かくは知らないのだがね、ここに記載されている名前は君が一番長く使っている名前ということらしい」
マモル・シキシマとは俺の名で、生まれてからずっと使っている名前なので確かにそうだ。
「しかし、この名前は歪んでいる。どういう意味かと言うと君の存在が侵され始めているということだ」
「侵され始めている?」
「魔法による意識の乗っ取りであったり、呪いであったり、寄生生物による身体結合であったり、もしくは――逃亡奴隷とかな」
今まで軽口のように話していたサイスの目が光る。
「俺が奴隷とでも?」
「それなら簡単な話だったんだが、君の鎧を見るにそんな貧民には見えない」
「では、魔法による意識の乗っ取りとでも?」
「それはない。検見の盾は神が作り出した魔法によって作られている。人が作った魔法など看破してしまうよ」
「ではどういう……」
要領を得ない話に惑う。
「だから困っているんだよ。本来であれば、今言った内のどれかに該当するはずなんだが、君はそのどれにも該当しない」
確認する側が分からないことを俺が分かるはずもなく、話はどんどんと分からない方へ向かっていく。
しかし、サイスが言っていることも本当らしく、迷っているのが手に取るように分かる。
「だからこうして兜を取ってもらい、直接、顔を合わせて確認させてもらったんだ」
「確認して、どうだったか?」
「問題なかった。洗脳魔法も見らないし、奴隷でもない。だからこそ、なぜこうなったのかが不思議なんだ」
「何事も、完璧なものはないってことでは?」
サイスは驚いた顔をした後、肩をすくめて「かもな」と笑った。
「手間取らせて申し訳なかった。このカードは君に渡しても問題ないようだ。おめでとう。これから君は、我がギルドの一員だ」
「ありがとう。名前に泥を塗らないように過ごそう」
手を出すサイスに合わせ、俺も手を出し握手をした。
そして、ヘルメットを被ると背後に控えていた受付嬢からリュックを受け取ると、そのまま外へと案内された。
「疑いは晴れたと考えて良いのかな?」
「疑いなど。普段、見ることがないカードが出てきたので、私が慌ててギルド長に確認を取ってしまっただけです」
コツコツと俺の足音だけ響く階段を下りながら、受付嬢の旋毛を見る。
上がる時には気が付かなかったが、磨かれた木製の階段には一段一段、意味は分からないが人の目には見えない塗料で薄っすらと紋様が描かれている。
まだこの世界の知識には疎いが、こういった細かなところで外敵からの侵入を防いでいるのかもしれない。
「この後はどうされますか? 今からでも仕事の受注をすることができますが」
「それじゃあ、仕事の受注をお願いしたい」
「かしこまりました」
一階に下りると、それまでガヤガヤしていた野次馬たちが一気に静まり返った。
ギルド長に呼ばれた奴がどんな野郎か、気になってしょうがないみたいだ。
「一気に人気者ですね」
「勘弁してくれ」
その一翼を担った受付嬢は、自分は関係ないと言いたげな態度で笑った。
カウンターへ戻ると、ギルド長に呼ばれる前と同じ位置関係に戻った。
「ではこれから依頼受注について私、サリーナが受付させていただきます」
「頼んだ」
とは言っても、先の話によれば俺は魔力が無いことから戦闘職の仕事ができないはずだ。
残る仕事を考えて、少し面倒くさい気になってきた。
「基本的にギルドでは公的でも民間でも仕事は、全て一度、ギルド内で精査したものを朝一に壁に貼りだされます。なので、割のいい仕事は朝一に無くなりますのでご注意ください」
「なら、あそこに残っているのは、割の悪い仕事ってことか?」
親指で指す方は、依頼書が張り出されていると思わしき壁だ。
そこにはまだ何枚かの紙が残されているが、それを見ているのは駆け出しどころか子供と言える年齢か、老人くらいだった。
「割の良い悪いは個人の主観になりますが、残っている物は大体、通年出されている依頼か、依頼内容が面倒くさいか依頼料が少ないといったものですね」
見せてもらったのは、貼られている依頼書の原紙だろうか、崩れた文字で書かれた羊皮紙だった。
ヘルメットの翻訳機能を使っても、手癖で書かれているものは所々で翻訳できず読みづらい。
俺自身もここへ来る前に高速学習によって大体の言葉は覚えているが、さすがに読めないともなるとどうしようもない。
〈ルッカ。そっちで翻訳をかけられるか?〉
ルッカを呼び出すと、ホロディスプレイにすぐにルッカの姿が現れた。
〈なにこの汚い文字……。今まで集めた文字配列じゃ間に合わないじゃない〉
〈ギルドの依頼書だ。たぶん、市民が書いたものだろう〉
それだけならまだしも、何度も回し使いしている羊皮紙に至っては、毛羽立っており文字も二重三重に書かれており何が書いてあるかわかったもんじゃない。
時々出てくる綺麗な文字は、「代筆」と書かれているのでギルド職員が書いたものだろうが、それでも分かりにくくなっている。
それでも中には問題なく読める依頼書もあるもので、そういったのはだいたい薬草摘みだった。
「薬草摘みが多いな。やはり、怪我人が多いからだろうか?」
割の悪い仕事内容を確かめてみると、大体が、シュナハがやっていたような薬草摘みだった。
バックカメラを確認すると、こちらを見ている――しかし、初めよりもだいぶ減った――冒険者たちを見ていると、怪我をしている奴も多く見受けられた。
俺が知っている漫画では魔法を使っての回復があったはずだけど、あれは漫画の中の話だろうか?
「そうですね。薬は冒険者だけではなく市民も使うもので、冒険者自身の依頼の長期短期を問わず幾つかは持ち歩くものなので」
「そうか」
この会話の間にも、視覚カメラで依頼書を撮影していく。
文字の参考は、多ければ多いほど良い。
「先ほどのお詫びというわけではありませんが、もしよろしければオススメの依頼があるのですが、いかがでしょうか?」
参考となる文字を集めているのを、「依頼を決めあぐねている」と見たのか、サリーナがカウンターの内側から綺麗な文字で書かれた依頼書を取り出した。
「本来であれば、これは明日、貼りだされるものですが、マモル様にはご迷惑をおかけしたということで、特別にこの仕事をご紹介させていただきます」
渡された依頼書を見る。
上から読んでも下から読んでも、なんの変哲もない薬草摘みの依頼書だった。
ただ違うところがあるとすれば、自身で摘んでくるのではなく、薬草を摘む人が居て、その手伝いだということだ。
「子守が特別……?」
しかも、薬草を摘む人間はどう見ても子供と呼べる年齢だった。
「子守ではありません。我がギルドきっての薬草摘みのプロですよ? マモル様はそのプロに教えてもらえるんですよ?」
「薬草のこと、全て理解できていますか?」と煽る煽る。煽りよる。
〈いいじゃない。先遣隊が調べてくれたものもあるけど、情報は多ければ多いほど正義よ〉
〈そうだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよねぇ……〉
ホロディスプレイに表示されているルッカから目をそらし、カウンター越しのサリーナを見る。
「仕事内容は、その子について薬草を摘んでいけばいいのか?」
「基本的には荷物持ちですね。あとは、あまり森の深いところに入っていかないように、見守っておいてください」
『それを子守と言わないのだろうか?』と、心の中で小さく呟く。
「分かった。では、それを受注したい」
「かしこまりました」
受注の意思を示すと、それからはすぐにことは運んだ。
と言うか常にある依頼の様で、サリーナは俺に口頭で
〈ギルドカードとやらを作る時にはどうなるかと思ったけど、その後は思った以上にすんなりと運んだな〉
〈あんまりにも上手く行き過ぎて、怪しく感じちゃう?〉
〈まさか? 俺の実力さ〉
そんなつもりはないが、軽口の一環で適当に答えた。
「本日は、以上で終わりとなります。何か質問はございますか?」
「仕事についての質問は特にない。他のことで聞きたいのだが、ここでは宿泊所の斡旋はしているだろうか?」
「はい。ギルド提携のものとなりますが、お安い宿から高級宿までご紹介できますよ?」
「価格を教えてほしい」
サリーナの話によれば、町に出てくる人がギルドの紹介による宿で決めるのは正解らしい。
それは、安全性は元より虫や病気などが涌いてないかどうかも問題になってくるからそうだ。
パーティーを組んだ駆け出しの冒険者などは皆で一部屋借りたりするらしいが、ソロだと安宿にしか泊まれず病気や犯罪に巻き込まれることが多々あるらしい。
〈なかなかダーティな世界ね〉
〈俺の知らない世界だぜ……〉
いろいろ紹介してもらった内の一つ、銀葉亭という食事処と一緒になっている宿に決めることにした。
食事に関しては、まだこの世界の食事に慣れていないということで、
しかし、食事が無い宿と言うのは、ほとんどがあまり綺麗な宿ではないのが難しいところ。
「銀葉亭への行き方はこのようになっています。地図は必要ですか?」
「分かりやすい地図なので必要ない」
ギルド周辺の地図で説明してもらったものを撮影したので、順路は問題ない。
「かしこまりました。本日は、ギルドをご利用していただき、ありがとうございました」
こちらからも礼を言い、ギルドを後にする。
色々と不躾な視線を浴びせてくるような人間が多いギルド内だったので、誰かしら絡んでくると思ったが、外へ出てもそのような素振り一つなく拍子抜けしてしまった。
ギルドの建物を出てバイクを引いて、見せてもらった地図を航空写真に重ね合わせて銀葉亭へと向かう。
〈ずいぶんと馴染んでいるじゃない〉
〈そうか?〉
馬を引く人は多く居るが、バイクを引いている奴なんか俺しかいない。
〈資料を読んでみたけど、今のところ貴方が一番、行動力があるみたいよ〉
〈俺は外部の人間だからな。そこらへんは、多少、得意なのかもしれない〉
他愛ない話をしていると、銀葉亭へはすぐに着いた。
こちらはギルドとは違い、3階建ての木造建築だった。
一階は『銀葉亭』という看板が掲げられており、二階からは宿屋と表記がしてあった。
中へ入るとちょうど夕飯時なのか、屈強な男たちがガハハハと大きな笑い声をあげて食事と酒を楽しんでいた。
そこから数には劣るが、筋肉質な女性陣に魔法使いと思われる杖を携えた男女がちらほらと見て取れた。
しかし、その笑いも俺が入るまで。
異様――とこの世界で見える――な全身防具の俺が銀葉亭の入り口をくぐると、店内は一気に静まり返った。
「いらっしゃーい」
俺のようないでたちの人間になれているのか、それとも客商売だからか、店員は顔色一つ変えずに元気に挨拶をしてきた。
「好きな所に座ってねー」
店のシステムを理解してない俺が立ち呆けていると、席を探していると思った店員は開いている席を勧めてくれた。
「いや、今晩、泊まりたいんだが」
「あっ、泊りの人? じゃぁ、こっちに来てね」
奥の階段近くのテーブルに呼ばれると、キッチンから妙齢の女性が現れ店員がバトンタッチをした。
年齢から、キッチンに入っている男女が両親でホールを任されているのが娘といったところだろうか?
「ギルドに紹介されてやってきた。今晩、泊まりたいのだが」
「一晩だけでいいのかい?」
「そうだ」
「じゃ、こっちに名前を書いてもらえるかい?」
宿泊客名簿に名前を書き、宿泊料を払い今晩の宿が決まった。
「食事は今からするかい?」
「いや、食事は要らないんだ」
「食事は要らない? 困ったね。ウチは宿泊料に食事の料金も含まれているんだけど……」
「気にしないでくれ。こちらのわがままだ」
「そうかい?」
綺麗な宿は食事処と一緒になっている、ということしか聞いていなかったので、食事付きとは考えていなかったが仕方がない。
その後、カギを渡してもらい部屋番を確認し部屋へと向かう。
俺のせいで静かになってしまった銀葉亭は、またすぐに食事の喧騒を取り戻し、俺はその喧騒をBGMにギシギシと軋む階段を上がる。
貸し出された部屋は清掃が行き届いており、多少の埃っぽさはあるものの、木戸を開けて換気をすれば気にならない程度だろう。
まぁ、ヘルメットを被っているから空気が汚れていようが関係ないけど。
〈良い部屋じゃない〉
〈高いだけあるな〉
俺のカメラ映像を覗き見していたルッカは、優雅にコーヒーを飲んでいた。
〈そっちは?〉
〈24時間体制で、休みなく
〈了解。行動が早くて助かる〉
ゴロンとベッドに横になると、こちらも階段同様、ギシギシと今にも壊れそうな音を出す。
〈明日には、一階で寝ているかもしれないわね〉
〈さすがに、そんな間抜けじゃないさ〉
床が抜けるようなもろい作りでもないだろうし……。
もろくないよな……?
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