魔法図書館

宇佐見 恒木

 完全回復

「それでは当館の説明をさせて頂きます。」

「それはもうサイトで見た?」

「いえ、この説明が俺の仕事の8割なので。それに万が一見逃していた部分がありましたら困りますので。」

「この『魔法図書館』には人間が想像できる範囲の空想や実現不可な現象を現実に起こせる魔導書が所蔵されています。」

「そして魔導書を読むだけで人間は一つだけ魔法を得られます。」

「あー、皆さんそう聞くんですけど無理ですね。もし魔導書を二冊も読んだら負荷に耐えられなくて人間はすぐに死んでしまいます。」

「それでは、身につけたい魔導書がありましたら私に伝えてください。」

「良い魔導書を見つけれる事を願っていますヨ。」


「お決まりですか?それではまず貸出を、」


 ネットで予約をし男に案内してもらうと『魔法図書館』に行けるという噂がここ、木屈市を中心にあちこちに広まった。




 地下にあるため日差しが入らず本棚が所狭しにある為薄暗く、いかにも怪しげな雰囲気が漂う『魔法図書館』。

 その受付に高校の制服の上に緑のエプロンを身につけた一人の少年がいた。

「なぁ、館長さん。何でこんな栄えてもねぇ木屈市でこんなのやってるんだ。」

 俺はカウンター裏の館長室に向かってこのバイトの雇い主、『魔法図書館』館長にずっと不思議に思っていた事を聞いた。

「バイト君。君はここを面白味のない街だと思っているだろうが私は違う。これほど欲望が集まりやすい街はそうそう無いんだよ。おかげさまでレンタル料が、ぐへへへ。ジュルリ。」

 金庫の金をジャラジャラと数えながらいやらしく笑うのは『館長』。本名は知らない。年中焦げ茶のスーツに緑のエプロン。顔は黒のペストマスクで隠れて見えない。地下にずっと引きこもっているくせに黒のシルクハットを被っている。怪しさ全開な人(そもそも人なのか?)だ。

 

 そんな怪しい所だが仕事は利用者に魔導書の説明するのと一週間に一回くらいしか来ない予約の整理だけ!

 掃除は意味不明な黒や緑のワタゴミみたいな奴(意思があるのかは不明な生き物)がするし、館長は人前に出る事以外の仕事をやる。

 いい年なんだと思うし人見知り直したらいいのに。


 チーン。


 魔法図書館の出入り口になっている昔ながらのエレベーターから音がした。

 利用者が来た合図だ。

「よ、小僧。」

 ズガズガと大股で歩いてきたガタイのいいオッサンは昔からの館長との知り合いだ。いつも利用者をここまで案内してくれる。

「利用者連れてきたから案内してやってくれよ。俺は館長の方に用事があるから頼んだぞ。」

 『魔法陣』返却者が来た時のセリフを言って自分の家のようにスタスタと館長のいる部屋へ向かってしまった。

「館長といて何が楽しいのやら。それでは利用者さん返却処理をしますので、」

 先程までオッサンの背に隠れて見えないほど小柄な薄い水色のワンピースを着た女性の方に振り向いた俺はもう寝ていても言える説明をしようとした時だった。

「すみませんでした。」

 女性が突然頭を下げたのだ。

 俺に対して謝る人は一定数いる。

 なにも俺がいつも何か盗まれたとか怪我を負ったなどの損害が出ているわけではない。

「あー、えーと。もしかして《延滞》しました?」


 魔導書は読む事で魔法が使える便利な本。仕掛けとしては読む又は見ることで体に『魔法陣』という《異物》が刻まれ貸出が完了するのだ。(中身を理解しなくても良いのがオススメポイント。読書嫌いな方もぜひ。)そして人間は魔法を使えるようになる。

 ただし《異物》は最初、体と反発し合い馴染む事は無いが十五日目には《異物》は体に根付く。この段階で《異物》は人間の体から離れることは絶対にない。そして二十一日目の夜には《異物》に人間の全てが吸収され存在が消える。

 ちなみに除去の仕方は簡単だ。二週間以内に当館にお越しいただきもう一度魔導書を読んでもらう。そうすると魔導書に『魔法陣』が戻り返却が完了する。

 これを毎回貸出の際に説明するのだが館長の言う通り木屈市には欲深い人が集まるので半数の利用者が延滞し、消えていく。

 まぁ月に四人くらいしか利用者は来ないし、木屈市以外から来る利用者もいるから木屈市の住民が必ずそうだとは言えないけど。


「ごめんなさい。ごめんなさい。」

 女性は下を俯いたまま呪詛のように繰り返し謝っていた。

「あー。謝らなくて良いですよ。まだ体が消えてないなら返却はギリ可能ですので。お名前を伺ってもいいですか?」

「佐藤映菜です。映画の“映”に菜の花の“菜”です」

 サトウエナっと。

 パソコンで利用者検索すると二十日前に【完全治癒】の魔法を借りている履歴があった。


 スゥ...ヤバいな。残り時間があと五時間しかない。

 

 『魔法陣』によって消え方はそれぞれ異なる。映菜さんの場合は無意識に【完全治癒】を自身の体に使っているおかげでまだ立っていられるが、他の『魔法陣』だったらもう体の半分が消え、手足の感覚がなくなっているはずだ。

「息子が...ようやく治ったんです。まだ息子の生きている様子を見たいんです。虫の良い事を言っていることはわかって、」

 サトウさんは涙をポロポロと溢しながら語り出した。

「あー良いよ。その言葉は。」

 このバイトを始めて何回も似たようなセリフを聞いた。初めは同情もしたけど今はその気持ちも湧かなくなった。慣れって怖いね。

「館長〜。延滞者です。今からそちらに連れて行きますけど良いですかぁ〜。」

 大声で館長室に向かって叫ぶと受付のパソコンに一通のメールが届いた。

『わかりました。館長室に案内してください。今日は予約もないですしバイト君はもう帰って大丈夫です。タイムカードはこちらでいつも通りの時間に押しておきます。』

 

 それぐらい声に出して言えばいいじゃないか。


 いつも《延滞者》が来ると館長は何故だか知らないが俺を早上がりさせようとする。まぁ、俺はさっさと帰ってゲームができるから嬉しいんだけどね。

「佐藤さん。魔法陣の事は館長ではないと詳しいことがわかりませんのでカウンター裏の黒い扉見えますか。この部屋に入れば館長はいますので、そちらで対応させていただきます。」

 若干早口気味に説明した俺はカウンター下に置いてあったリュックを背負い、いそいそと帰る支度をした。

 こういう時ってなんか早く帰りたくなるよね。なんでだろ?

 ちなみに俺は館長室出禁なのでこれからのことは何も知らないのだ。別に何か悪さをした訳でもなく『バイト君だから。』という意味わからん理由でだ。

「それでは、あとは頑張ってください。」


 チーン。


 俺を乗せたエレベーターの扉が閉まった。



(え、私一人?)

 佐藤映菜はバイトの少年が乗ったエレベーターをただ呆然と眺めながら思った。

 たださえ恐ろしくて怖い図書館なのに、あの館長と二人っきりなんて怖いよ。

 映菜は全身に鳥肌が立ち、震えた。

 利用者は必ず館長と会う。彼女も二十日前【完全治癒】を借りた際に出会った。

 

 二年前。現代の医療では治せないと言われた息子を救う為些細な希望さえあればすぐにそれらを調べて息子に有効かどうかチェックした。

 幸いにも私には沢山の金があった。

 時には詐欺だったり金目当ての宗教だったりと嘘吐き共が寄ってきたこともあった。

 けれどもこの世にいないと思っていた神は私を見離さなかった。

 きっかけは息子を救う方法を探して二年が経った日、木屈市に住む妹の旦那、理人さんが急に動画投稿サイトで大バズりしたのだ。

 最初は気にしなかった。でも一週間経つとテレビやラジオ、他の人の動画にも引っ張りだこになった。理人さんの声が聞こえなくなる日は来ないくらいに。

 それである事を思い付いた。動画で息子の命を救える医者はいないか募集をさせてもらおうと。

 すぐさま私は理人さんに電話をかけた。

 すると意外な返事をもらった。

『実は人気になったのは僕の力だけじゃないんだ。木屈市にある魔法図書館で【属性変化(人)】の魔導書を読んで人気者にならせてもらったんだ。明日にでも魔法図書館で病を治せる魔法がないか聞いてみよう。』

 周りの人にはあまり迷惑をかけたく無い。その気持ちで二年間走って来た。でも結局は身近な人達が頼りになる事を改めて知った。

 そして理人さんに案内されて来たのがここだった。

 そして私は館長立ち会いの下【完全治癒】の魔法を手に入れた。

 その時の館長はペストマスクからでもわかる赤く光る冷徹な眼で私を見ていた。


 フゥー。

 一回深呼吸をし館長室と札がある扉を開けた。

 中は立派な机と来客用のソファが二つ、その間に低めの机だけだった。一応図書館なんだから本棚が壁にぎっしりと詰まっているだろうと思ったがそんな事はなかった。

「いらっしゃい。こちらにどうぞ。」

 ソファに座っていた男の人は先程私を案内してくれた人物や館長でもなく、ヒョロっとした優しそうな人だった。

「初めまして。副館長の髙橋です。今館長が不在でして、お菓子でも食べながら一緒に待ちませんか?」

 副館長は佐藤に座る様に勧めるとお茶や煎餅、大福などを立派な机から出した。

(机の中全てお菓子だったら面白いな。)

 佐藤がチラッと机の方を見ながら座ると、

「ハハっ。あの机不思議でしょ。実はあれ館長が『仕事関連のものだけじゃ嫌だ!』とか駄々を言って収納の半分はお菓子なんですよ。」

 館長の声を聞いた事は無いがあまり似ていなさそうな声真似に映菜はクスっと笑ってしまった。

「お、緊張が少し解けましたかな。ささっ館長が来る前に食べちゃってください。」

 映菜は不思議と副館長に他人には言わないようなこれまでの努力やこれからの悩みについて話せた。そしていつの間にか意識を失っていった。


〜数十分後〜


 キィ。

 おそらく眠っているであろう佐藤さんを起こさないようにゆっくりと館長室の扉を開けた人物がいた。

「館長、準備完了しましたよ。」 

 館長室では佐藤さんを案内したガタイのいいオッサンと館長の思い通り、ソファの上で寝てしまった佐藤さんの二人がいた。

「流石髙橋君。人の警戒心を解くのが上手いんだから。いや、今の姿は田中か。」

 今にでも拍手をして讃えそうなテンションで館長が入って来た。

 館長の言葉にガタイのいいオッサン−田中は自慢げにニヤッと笑うと

「いい加減名前覚えてくれよ、館長。」

「いやいや君が【変幻自在】で何百の見た目に変わるせいだからね。その都度名前を覚えさせられる身にもなってみなさいよ。」

「しょうがないだろ。何千年も同じ見た目で生きているのがバレたら互いに困るだろ。−よっこいしょ。それじゃ回収してくるわ。」

「ああ、よろしく。」

 バタン。

 田中が館長室から出ると先程まで可愛らしかった佐藤さんの寝息が呻き声に変わっていった。

(薬が効いて来たな。)

 館長は深い深呼吸をすると

館長室に【空間拡大】。館長自身に【鋼鉄化】【俊敏化】【筋力増加】等々の支援魔法を行使し仕上げに【状態固定】で魔法の持続時間を気にしないで戦える様にした。

 ん?何と戦うのかって?


 【完全回復】の魔獣さ。


 説明しよう!

 副館長が佐藤さんに勧めたお菓子には【魔獣化】の魔法薬が混ぜられていた。

 一応彼らの弁明しておくけど、館長や副館長には何も変なことをするつもりはない。ただ利用者には珍しい善人を救おうとしているだけだ。


 そもそも魔獣とは何か。

 【魔法陣】に順応するように進化した生物のことである。

 大体の魔獣は魔法が数種類使え、人間よりも殺傷能力が高いが、知性が低く、近くにいる生命体にすぐ襲うという欠点もあるのが一部の常識だ。


 そして『魔獣は魔法が数種類使える』に目をつけ、延滞者への救済に使えるのではと考えたのが館長だった。

 人間の体に魔法陣が根付いたら一生人間の体から離れる事は無い。だが、人間ではなく魔獣の体に無理矢理変化させ、【魔法譲渡】を覚えさせ【催眠】で魔導書に魔法陣を移させ人間の体に戻せば解決するのではと。


 ただ何事も思い通りにはいかなかった。

 まず、魔獣は体に根づいた魔法陣を無意識に使って襲ってくる点。次に魔獣を殺すのでもなく行動不能にさせなくてはいけない点。そして【魔法譲渡】という大罪魔法の隠し方だ。

 最初の二点は館長自身の努力次第でどうにでもなる...というかできるようにした。

 だが大罪魔法は...


「GYUUUUUU。」

(お、佐藤さんの変化が完了したな。今回は人型か。)

 佐藤さんは目が赤く、すべすべのだった肌からあちこちに赤い亀裂が入り髪も重力を逆らって宙に浮いている。幸か不幸か服は破れていない。

(とりあえず、【重力操作】【拘束】っと。あとは【魔法譲渡】の配達待ちだな。田中の奴遅いなぁ)

 館長はいつも魔獣相手に行使するコンボ魔法を繰り出した。

 【重力操作】によって重力を何十倍も強くし魔獣を床に少しめり込まさせる形で固定。更に【拘束】で金属製の鎖を四方八方から出し手足を縛り上げる。

 ちなみに【重力操作】の影響で鎖がちぎれないように調節してある。

 大体はこれで魔獣は動けなくなり、【魔法譲渡】の魔導書を読ませるだけだが...


 ブチ。ブチブチ。


 魔獣は【重力操作】の影響でグシャグシャになりかけていた腕を勢いよく振ると鎖を破壊。

(は!?)

(どういうことだ。意味がわからん。回復系統の魔法にはそんな能力なんてない。俺は何の【完全回復】を貸し出した。)


 一つの魔法を起こすにも様々な種類がある。例えば【俊敏化】。

 簡単なものだと体の処理速度向上と筋力向上を組み合わせた魔法。最大規模の物だと全世界の時の流れを極限まで遅くさせ自身から半径2cmのみ対象外という魔法もある。


(時間系の完全回復なら体が悪くなる前に戻すだけでこんな急激な筋力増加はありえない。免疫力強化系の完全回復なら息子さんの病状にはベストマッチしないと言って俺が却下させた。一旦俺は何を貸し出したんだっけ?)

 思考に脳のリソースを割いたせいで魔獣の初動を館長は見逃した。

 魔獣は重力が通常よりも何十倍も強い場所を脱し、館長に詰め寄ると人型で回復系魔法と戦闘向けのスタイルでは無いのにも関わらず、有り得ない速度と威力のキックが館長の腹にクリーンヒットした。


ドゴォーン。


 館長は咄嗟に後ろに飛び威力を僅かに減らし、【鋼鉄化】のバフもあった事で部屋の壁にめり込みながらも背骨と肋骨が何本か折れただけで済んだ。

(【回復】っ。)

 魔獣はすぐさま再び館長に詰め寄ると館長の顔面めがけてもう一度蹴ろうとするが、

「【透過ァ】。」

 館長は奇跡的に間に合い魔法を発動。魔獣の蹴りが空振りとなり、館長の真後ろの壁に突き刺さった。

 魔獣は咄嗟に脚を抜き追撃をしようとするが

「【金属操作ァ】」

 魔獣の脚を壁に固定化。もって数分だろうがそれだけでもやれることはある。

 すぐに館長はその場を離れ、館長室を出て受付のパソコンで貸し出し履歴を検索した。


(こんな事なら下調べしとくんだった。佐藤映菜っと。あった。あー創造系のか。悪い箇所を破壊しすぐさま新しい臓器などを作り出す...超パワーも筋肉をあえて壊してより強い筋肉に置き換えていたからだな。めんどくせぇ〜。過去の自分を殴ろうかな。)


 調べ終わった館長は魔獣が館長室から逃げ出さないようにすぐさま戻ると魔獣は壁に刺さった足を無理矢理切断し、新たな足を回復しているところだった。

(セーフ。間に合った。それでは創造系の【完全回復】だとわかったしあとはもう...)

「簡単だ。」

 タネも仕掛けもわかった館長はペストマスクをしていてもわかる子供みたいな邪悪な笑みを浮かべると魔法を繰り出した。

「【時空操作】」

 館長は魔獣を中心に半径二メートルの時間の流れを止めた。

(結局、創造系にはこれくらいしか対処法ねぇんだよなぁ〜。あとはリズムゲーか。)

 

 館長がこの魔法を始めから使わなかったのには理由がある。

 この状態では魔導書を読ませる事ができないのだ。時間を止めるという事は光が進むのも止まり魔獣の目には同じ光が当たり続けている。つまり魔獣の目には同じ映像が写し続けられているため『魔導書を見る又は読む』という魔法陣を貸出するのに必須条件をクリアできないのだ。

 

「終わったかぁ〜?」

 呑気な声で館長室にやって来た田中は背に人形のように動かないバイト君を背負っている。

 今はガタイのいいオッサンに変化しているせいか誘拐事件のようにも見える。

「バイト君連れてくるのに何分かかってるんだよ。」

「館長と魔獣さんのバトルに巻き込まれたくないんでね。ほら、『バイト君』をわざわざ取ってきたんだからさっさと【魔法譲渡】取り出してくれよ。」

「わかってるよ。」

 田中が床にバイト君を寝かせると館長はバイト君のワイシャツをめくりお腹のケースを開けた。

「テッテレー。大罪魔法【魔法譲渡】の魔導書ぉ〜。」

 館長はとりあえず猫型ロボットの真似をしたが誰も笑ってくれなかった。


 大罪魔法とは。全世界で起こった大事件の軸として行使されていた魔法のことである。

 【魔法譲渡】は皮肉なことにある一人の魔法使いが今館長が行おうとしている方法で魔法使いから『魔法陣』を強奪しおよそ六万の魔法を同時に行使したことで世界を滅ぼした。

 が、当時の魔法協会会長が世界を再生させた後、【魔法譲渡】の魔法陣を細かく分解し協会の全ての魔導書に封印させた。

 その後何千年も経ち世界が一度滅亡したことを誰もが忘れ大罪魔法【魔法譲渡】の名だけが残った。その結果魔法図書館が誕生し世界中の魔導書が一つの場に集まり【魔法譲渡】の封印が解けてしまった。

 館長はもちろん焦った。魔法協会にこのことがバレたら即魔法図書館取り潰しげ決定になるからだ。

 そこで自律思考型魔法封印人形−通称『バイト君』を作成。普段は彼の体内にしまうことにした。

 ちなみに見た目が高校生なのだが知能は平均的な小学生一年生と同じで、自身の正体については知らされていない。

 また魔法図書館を出ると自動的に電源が切られ、副館長室に転送される。

 この方法以外に電源は絶対に切れず、魔導書を取り出すのには電源が切られている状態が必須条件という防犯プログラムが館長によって組み込まれている。 

 そのため館長は【魔法譲渡】が必要な延滞者が来館すると必ず『バイト君』を帰らせようとしているのだ。

 

「田中君、鈴木君の姿になって魔導書を魔獣に向けて見せておいてくれないか。」

「えぇッ。嫌に決まってるだろ。確かに鈴木は一番防御力が高いけどな。知ってるか?俺はただのなの。」

「大丈夫。【時空操作】で魔獣の周りごと止めてるから。解除した瞬間に本来届くはずだった光が届くから眼がオシャカになると思うし。そして再び目を開けたら、」

「鈴木が目の前にいて魔導書も見えると。ああ゛もうわかりましたよ。」

 ガタイのいいオッサンの姿から人間卒業レベルのマッチョになった鈴木は魔獣の前に立つと魔導書を開いた。

「準備OK。」 

 実はこの作戦一つ欠点がある。目を瞑ったまま魔獣が攻撃してくる可能性だ。創造系の【完全回復】だから新たに丈夫な目を創造し視覚を取り戻した万全な状態で攻撃するとは思うが、そこは賭けだ。

「3、2、1、【解除】。」

「GYUUUA。」

 魔獣は手で目を押さえるとすぐさま回復したての眼をカッと開いた。

「ほら、魔獣さんよ。これを見ろ。」

 鈴木が魔獣にわざと位置を知らせると魔獣は素直にそちらを向いた。

「GYUA!?」

 魔獣が目を開いた瞬間赤く目が光った。

「館長ォ、【魔法譲渡】貸し出し完了ォ!!」

 鈴木のセリフと魔獣が襲い掛かろうと一歩踏み出したのは同時だった。

「よし来た。【催眠】【魔獣、その場を動くな】」

 魔獣の蹴りが鈴木の体に当たる直前に館長の【催眠】が当たり、魔獣は彫刻のように動かなくなった。

「危なっ。館長〜。あとはもう流れ作業かぁ。」

「そうだね。【魔獣、魔法譲渡で完全回復をこの魔導書に渡しなさい。】」

 館長は空間から何も書かれていない魔導書を出すと魔獣の前に広げた。魔獣も魔導書に手を差し出すと青い光が魔導書を包み、【完全回復(創造)】と題名が記載された。

「これで命の危険はなしっと。それじゃぁ、【魔獣、魔法譲渡で魔法譲渡を鈴木が手にしている魔導書に戻しなさい。その後にこのクッキーを食べなさい。】」

 魔獣が先程と同じ行動をし、館長からクッキーを取り食べると寝てしまった。

「フィー。これで一時間後にはお肌ツルツル、肩こり、筋肉痛が一切ないただの人間に戻ってるから。田中君になって家まで送迎しておいて。」

「人使いの粗い上司だな。」

 鈴木はボソッと愚痴をこぼすと、鈴木から田中になり佐藤さんを担ぎ館長室を出ようとしたが、振り向き

「館長、『バイト君』そろそろ知能上げといた方がいいぞ。今日だって佐藤映菜の漢字わかってなかったからな。」

 まるで親戚のおじさんのような言葉を言うと、駐車場に向かって出て行った。


(それもそうだな。高校の宿題と認識させて小学生用のドリル買ってあげるか。)

 館長は自身の支援魔法と館長室にかけた【空間拡大】を解き、『バイト君』を受付のカウンターの上に乗せ【魔法譲渡】をしまうと駅前の書店に向かった。



〰️一ヶ月後〰️

「館長ぉ〜。学校の宿題むずいんだけどぉ〜。答え教えてぇ〜。」

 バイト君の悲痛な叫びが館内に響いた。

「全く、三角形の公式を覚えているかい。それをだね...」

 佐藤さんから【完全回復】を除去して一ヶ月。バイト君は高校の宿題だと思っている小学四年生のドリルを解いている。

(一ヶ月前は小学二年生のドリルでヒィヒィ言っていたのにこの子天才では!?)

 親バカ思考になっている館長であった。


チーン。


 昔ながらのエレベーターのベルの音が鳴った。

「お、勉強している所悪いんだが、予約の利用者連れてきたから案内してやってくれよ。俺は館長の方に用事があるから頼んだぞ。」

 いつものガタイのいいオッサンがやって来た。後ろには五、六十代の男性の方がいた。

「館長、俺案内...いない、ったくいい加減治してくださいよぉ〜。」

 館長室に向かって叫ぶとパソコンに「うるさい」とメールが届いた。

(小学生かよ。まぁお仕事始めますか。)

「御予約の関さんですね。それでは当館の説明をさせていただきます...」

 

 

 


 

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