第1章 来訪者
鏡を見れば自分の姿を見ることはできる。慣れた面だ。いやしかしだな、鏡に映る虚像と実物とではインパクトが違うね。常人なら錯乱してもおかしくはない状況なのだろうが、何の因果かこの手の事態に耐性ができてしまっている俺(喜んでいいことなのかどうなのかはわからない)。実際、自分の姿を外から見るのも初めてではないしな。
───で、ドッペルゲンガーよ。お前は異世界の俺か? それとも俺のクローンか? はたまた……
「俺は今から1週間後からやってきた。つまり未来のお前だ」
「ほう」
さすが俺だ、話が早い。ということはこれは朝比奈さんがらみの事件だろうか……?
一緒に来てるのか?
「朝比奈さんに連れてきてもらったのは間違いないが、彼女には外で待ってもらってる。俺個人の用件で来たんでな」
「お前個人の用件?」
はて、そんなことが可能なのだろうか? 朝比奈さん解説によれば、時間移動には、禁則事項やら規定事項やら許可申請やら、意味不明ワード&ルールがテンコ盛りだった様な気がするんだが。
「朝比奈さんの上司の許可はもらってないし、これがいわゆる規定事項かどうかすらもわからん」
「は?」
「朝比奈さんにはいままで色々と仕事を手伝ったりして貸しを作っただろ? それを盾に取って、拝み倒してこの時間に連れて来てもらったんだ」
おいおいおい、俺の天使に何て真似しやがるんだ。こいつ、ほんとに俺か? 朝比奈さんに迷惑掛けやがって……
「仕方なかったんだ!」
急に大声出すな。家族が寝てるんだぞ。
「スマン……状況はかなり切羽詰まっててな。もう過去に飛んで歴史を変えるしか、手は無いと思って……」
「そんな大事なのか? ……いったい何があった?」
「一週間前の市内探索で、ハルヒと大喧嘩したんだ。お前からすると明日の話だが」
…………アホだこいつ。あ、俺か。
「きっかけはくだらねえんだが、探索中にいつもの口喧嘩になってな……何故か今回はお互いヒートしちまって、売り言葉に買い言葉で、あいつの事ボロクソに……」
ふーん、あっそう、へー。そりゃタイヘンでしたね。
「真面目に聞いてくれ……もう1週間も口を聞いてくれないんだぞ……ガン無視だ」
ふーん……口喧嘩も初めてではないが、それはわりと長引いてるな。
「ああ。散々謝ったし、団の皆にも、谷口や国木田にまでフォローを入れてもらったんだが、まるで聞く耳なしだ。最近じゃ俺が部室に入ったら、とっとと帰っちまう始末でな……もう、正直言って限界に近い……」
まあまあ、冷静になれよ。そんな震え声で言わなくともだな……
「このままハルヒと喧嘩別れなんざ、断固拒否だ! 耐えられん!」
お前、もうちょい静かにだな……それになんか話が変な方向に行ってないか?
「こんな状況になってやっと俺は気づいたよ……俺はあいつのことが……」
おいおいおい、ちょっと待てって。お前何を言ってんだ? いっぺん正気に戻ってだな……
言いかけた俺の両肩を掴む未来の俺。
顔が近ぇよ、離せ! 自分の顔がどアップなのは正直気味悪いんだよ!
「お前こそいい加減に韜晦するのは止せ! 自分の気持ちにはもう気付いてるはずだ! いいか、俺はお前なんだぞ! 自分自身に嘘はつけない! 去年の冬、あいつを失ったときの気持ちを忘れたか!」
……えー、あーその何だ、まぁ、それは……その……
黙りこむ俺。真剣な目で俺を見つめる未来の俺。
……くそ、何も言い返せん。
じっと俺を見据える俺に、俺はボソボソと答えた。
「……わ、解ったよ。要は明日ハルヒと喧嘩しなけりゃいいんだな」
「ああ、頼む」
「何とかするさ」
「スマンな」
「そう謝るなよ。お前は俺なんだし」
「そうだな……うん、じゃあ俺、帰るわ……」
「朝比奈さんにちゃんと謝っておくんだぞ」
「ああ」
「あと、未来、変わってるといいな」
「……ああ、じゃあな」
……なんだかなあ。そんな表情を見せられたり、速攻で削除したくなるような妄念を『俺』自身にぶっちゃけられた『俺』。
これ、ホントどうしたらいいんだろうな? まあ、いいや明日考えよう、何とかなるだろ。
そうして気弱げな未来の俺が部屋から出ようとしたその時、
カチャリ
とドアが開く音がした。
「「!!」」
マズイ! 部屋の中に『俺』が二人。もしこの異常事態を家族の誰かに見られたら……! かか隠れいやもう遅
「よっ、お前ら」
「……」
「……」
……入ってきたのは俺だった。今度はうってかわって笑顔満開の。
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