第150話 備えの時

150

 ところ変わって解放軍の拠点。全国にいくつかあるらしい中で一番近い場所に移動した。

 本当は迷宮の機能で転移しようと思ってたけど、第一、第二の両皇子がいるからやめた。とはいえ他の皇子や皇女が都に戻るまでって大まかなリミットはあるわけで。色々準備するのにも時間がかかるし、巨大なゴンドラをいくつか作って夜墨に運んでもらう形をとった。


 背に乗せるのは嫌そうだったんだよね。まあ、有象無象を気軽に乗せられるような気質の龍なんていないか。


 今、会議室には私と首元の夜墨の他、三人の皇子のみがいる。以前入った所と同様に洞窟を利用して作られたこの部屋には、大きくシンプルな木製テーブルが一つといくつかの椅子のみがあった。テーブルの上には中国全土の地図が広げてある。


「それで、何か計画はあるのかしら?」


 私が考えていることもあるけど、まずは彼らのものを聞いておかないとね。

 

「ハロ殿から物資を購入した上でこのまま攻め入るつもりであった。戦力の上では可能だろう?」

「ええ、可能ではあるわね」


 味方の皇子は九子の中では強い方だろうから、夜墨も協力すれば有象無象の邪魔が入らない状況は作れるだろう。それなら今の私でも、死闘の上でだけど、皇帝を殺せる。


「でも駄目ね」

 

 皇帝は殺せる。ただ、こちら側の死者数もかなり多くなるだろう。街の方にも被害が出るかもしれない。


 街の方にまで被害が出たら、実質的に痛み分けだ。帝位簒奪を目的にしている以上、そして虎憲フーシェン狴犴へいかんである以上、避けたいものになる。


 それに、この私が協力するのにそんな中途半端な勝利は認められない。


「余計な犠牲を出すつもりはないわ。そうならないよう、貴方たちを鍛えてあげる。私が本来の力を発揮できるようにするついでにだけれど」


 というわけで、すべきことをピックアップする。

 まずは兵たち。さすがに全ての兵を直接鍛える時間は無いから、雑兵にはsp稼ぎをしてもらおうかな。一部の精鋭には軽く指導をして、適当な迷宮に放り込む。雑兵たちから不満が出そうだけど、その時は精鋭たちに指導させれば良い。


 で、皇子たち。彼らはそれなりにしっかり指導する。そんで一緒に迷宮に潜る。攻略できればspも入るし、一石二鳥。配信して欲しいってリスナーが多そうな絵だね。


「物資はそうやって稼いだspで買い取ってもらうわ」

「それが、国外で活動できるようになる条件に関わるのだな?」

「そういうこと」


 まず魂力を支配できるようにならないとなんだけども。

 なんにせよ、兄弟たちを殺さずに無力化できる程度には強くなってもらう予定。


「それじゃあ、さっそく動きましょう。まずは精鋭たる兵を集めなさい。その指導をしている間に、このリストの作業を他の兵たちに割り振ること。良いわね?」

「ああ」


 リストの中身は、新時代の始まったころに日本で検証されたspの効率的な稼ぎ方だ。現在の状況にあったものだけを移動中に纏めた。この皇子たちなら、上手く使うだろう。


 そのリストを虎憲に手渡して、基地内の修練場へ向かう。元々天然の洞窟だったここにはいくつか大きな空間があって、そこを利用しているらしい。


 あ、ここだ。迷って違うところに来た可能性もあるけど、修練場っぽい匂いを辿ってきたから大丈夫、たぶん。

 んー、強度がちょっと心配。まあ、これからする指導程度なら問題ない、かな。


 どちらかというと、私のストレスの方が問題かもね。令奈とウィンテ以外の他人とこんなにしっかり関わるなんて、もう百年以上なかったから。


 あーあ、面倒くさい。誰にも関わらないようにのんびりやるにしても色々不自由するのを許容しないといけない。さっさと次の国に行くのは私を縛ろうとした皇帝を放置することになる。そんなの、龍としての本能が、矜持が許さない。

 つまりはひと時ばかり我慢するのがトータルで一番楽なわけだ。


 まったく、こんな状況を作り出してくれちゃってね。皇帝のことは、今でも嫌いではない。嫌いじゃないけど、恨みは抱いてしまった。

 だから殺す。


 それだけの話でもある。


「来たぞ。……抑えるのだぞ」

「うん、分かってるよ」


 程々にしないと、壊れちゃうから。


「本当、昔を思い出しちゃうよ」


 さて、とりあえず五十階層クラスくらいは単独攻略できるくらいになってもらわないとね。


 それから一か月ほど、皇子たちと精鋭兵を鍛えて迷宮に放り込む生活を続けた。仕上がりは、ぼちぼちかな。私が強化を掛けてあげれば万が一もないでしょう。今の私ならそれくらいの余裕はある。


 私自身については、八割ほどの制限を解除できた。必要物資を買い取ってもらうことでこの領域に由来するspを大量獲得する方法だったけど、上手くいって良かったよ。

 抜け道として考えてた私が譲渡したspを返して貰ってって方法は駄目だったけど。すぐに彼らの獲得spを超えちゃうから、この領域に由来したって条件部分がクリアできなくなっちゃったみたい。


 作戦決行は一週間後。それまで兵たちには、これまでのsp稼ぎを継続しつつ身体を休めてもらう。

 皇子たちは百五十階層クラスの迷宮に放り込んだ。今の彼らなら、特に問題なく攻略するだろう。


 で、私はどうするかっていうと、だ。


 大迷宮の奥底で伸びをして、大きく息を吐く。湿った花崗岩かこうがんに囲まれたこの洞は、自分自身の調整目的に潜っていた大迷宮だ。一か月の間、隙間時間に潜っては守護者を撃破している内に二百六十階層まで来てしまっていた。

 

 水の滴る音を聞きながら薄暗い岩屋を出て、次の階層へ入る。川の匂いと森の匂いの混ざったような空気が肺を満たして、降り注ぐ光が目を眩ませた。少し視線を上に向けると、なんだか雲の位置の近い、違和感のある空が見える。


 そこに人の気配はない。私と夜墨だけがいて、何とも言えない解放感がした。だからかな。つい、伸びをしてしまう。


「んーっ……ふぅ。やっぱり人と関わるのは疲れるね」

「ロードに人を辞めさせた理由だからな」

「まあね」


 心ばかりはあれるようには努力してるけど、ね。


「さて、さくっと攻略しようか、この大迷宮」

「ああ」


 広大な古代中国の空を眺める。

 出雲の大迷宮の時は年単位で最下層まで行って、そして返り討ちにあった。それからずっと強くなって、ようやく攻略できたのが百年くらい前だったかな。


 今、私が使える力は全力の八割ほど。それでも、当時、伊邪那美さんに『神』を引き継ぐと告げた時よりずっと強い。


「三日で最下層まで行こう」


 この自由な時間を限界まで謳歌してもいいんだけど、それより、一番根元にある枷をさっさと外してしまいたい。


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