第130話 変わらぬ鬼

130

 とは言っても、予感したほど楽しいことにはならないだろう。

 だって、鬼秀は魂力を支配できないから。


 昔は期待してたし、実際、当時はウィンテよりも鬼秀の方が強かった。戦闘の才能もあった。

 けど、私たちが強くなりすぎてしまったんだ。


 まあ、会って話すくらいは構わないんだけどね。あんまり合わせなくてもストレスない程度には、まともに会話成立するから。


「いくぜ」


 鬼秀が地を蹴り、肉薄してくる。

 相変わらず早い。


 私の身体能力自体は、二百年前に手合わせした時からそんなに変わっていない。Sの下限付近のまま。もっと下の方のランクなら一つ二つ変わっててもおかしくない上り幅ではあるけど、私たちのレベルなら誤差の範疇だ。


 魔力の増え方も幾分か緩やかになったし、ステータスで表されるような表面的な能力で言えば、彼と私の差は縮まってるように見える。


 けど、実際は違う。


 振り下ろされる手刀を槍の柄で受けると、凄まじい衝撃波が生まれ、地上の数百倍は頑丈なはずの地面が陥没した。


 相変わらず凄い力だ。腕で受けたら、無傷じゃすまない。

 前は、このまま拮抗していた。


「ふっ!」

「うおっ!?」


 鋭く息を吐き、魔力と力を込める。

 それだけで、あっさりと鬼秀の腕を押し返すのに成功する。


 鬼秀が驚いているのも当然だ。私の魔力増加量から予測される出力の増加割合からは、考えられないほどの強化率だろうから。

 魔力の増加量は緩やかになって、身体的な変化は誤差の範囲。それだけ見たら、彼が私に勝つ可能性も十分にあっただろう。


 でもね、この二百年で私が一番伸ばした力は、魂力を扱う技術力なんだ。


 ステータスにおける魔力は魂力に意思を伝える力の総量。つまりは魔力の増加による威力の増加は、足し算に過ぎない。

 対して魂力を扱う技術は、意志の伝達効率。言い換えれば、現象への変換効率であり、その向上による威力の増加量は乗算で表現できる。

 支配域の広さもその効率に直結するわけで、だからこそ私たちは、その支配域を奪い合う戦いをする。


 以前は、魂力の支配が出来なかった頃は、体力の差と魔力の差が打ち消し合って、ちょうど互角に近い戦いができた。

 彼の体力や魔力の上り幅は、私のそれよりも大きいだろう。魔力の値も、Sには届いていそうだ。

 それ故に勝機があると踏んだのかもしれないけど、残念ながら、その考えは甘い。


 槍を押し込んだ勢いのまま、一歩前に踏み出し、回し蹴りを叩き込む。当然のようにガードされたけど、距離は離れた。


 さっさと終わらせよう。残念だけど。

 私にはこの後配信するって予定があるんだ。海外旅行も行きたいし。


 だから、この領域の魂力、その全てに私の意識を及ぼす。全てを支配する。


「っ!」


 鬼秀が警戒するのが伝わってきた。魂力を認知するすべはなくとも、危険を感じ取ったかな。


 ……ん、鬼秀の周囲数十センチだけ支配できない。あれか、鬼の神通力。鬼秀のそれは完全な反魔法だった。私もそれを参考に、魂力支配による魔法の防御を覚えたんだ。

 つまりは、権能による魂力の完全支配、か。


 まあ、高々体表数十センチだ。この広大な空間からすれば、誤差でしかない。


「悪いけど、サクッと勝たせてもらうよ」


 鬼秀の返事が来るよりも先に、魔法を発動する。

 降り注ぐ雷や炎、氷の礫。集中豪雨の様を見せる暴威に、鬼秀も動く様子は無い。


 途絶えるまで耐え忍ぶつもりかな? 無駄だけど。


 普通なら内包する魔力量の減少により、出力も落ちていくんだけど、魂力に直接干渉できる私たちにはそれがない。

 普通は自分が魔力の形で保有する魂力を現象に変換するけど、私たちは周囲に満ちる魂力を現象に変換するから。

 

 消費するのは、伝達の際に漏れだす僅かな分だけ。それも自然回復の方が多い程度のもの。

 つまりは永遠にこの状態を保てるわけで。


「降参、する?」


 魔法で声を届ける。

 意識はあるだろう。

 反魔法の威力減衰と、彼のもう一つの神通力、超回復があるから。


「降参?」


 疑問を孕んだ声。まだ元気そうだね。


「する理由なんざ、どこにある?」

「どこって、そりゃ――」


 言いかけた次の瞬間、拳が視界を覆った。

 上体を逸らし、辛うじて避ける。


 油断した。まさかあの中を突っ切ってくるなんて。

 いや、それよりこの体勢はマズい!


 地面を蹴り、バク転の形で距離をとるが、鬼秀はすぐに詰めてくる。

 コンパクトな動きで繰り出される連撃を躱しつつ、少しずつ下がるが、完全に主導権を握られた。

 

 無理矢理どうにか出来なくはないけど、服を多少犠牲にしないといけないかもしれない。

 一瞬で直せるとは言え、配信前に直すのは少し面倒だ。


 どうにか服が安全な反撃の隙を伺うが、綻びらしきものは無い。和服の袖にすら……うん?


 いや待て、おかしい。

 超回復で治るにしても、肉体だけの筈だ。服にまではその効果は及ばないと、以前に彼自身が言っていた。

 にも拘わらず、無傷。


 ……なるほどね。どうやら、表面的なものに騙されていたのは、私の方だったらしい。


「ごめんね、鬼秀。見誤ってたよ」


 口の端が吊り上がるのが分かる。

 鬼秀の笑みも深まった。けど、冷や汗も流してるらしい。


 人の笑顔を見て冷や汗流すなんて、失礼だね。でも、許すよ。


「やっぱりあなたと遊ぶのは、面白い」


 牽制目的のジャブに敢えて飛び込み、左腕で受ける。袖は吹き飛んで骨も砕けた。けど気にしない。

 そのまま、ほんの一瞬の溜めから、ブレス。


 白い魔力の奔流が私の腕ごと鬼秀を飲み込んだ。

 腕の焼ける痛みが、その威力の確かさを伝える。


 そこへ、全力の掌底。

 人の身体と近しいけど、その数百倍は固い感触。入った。

 鬼秀の体が浮き、距離が開く。後ろに飛んで威力を流されたみたいだけど、それも見越した一撃だ。


 ブレスの光が途切れ、鳩尾の辺りを抑える鬼秀の姿が見えた。

 服は、焦げ跡一つない。ブレスのダメージは一切ないらしい。


「凄いね。その力、ここまで昇華させてたなんて」

「お前を楽しませるにゃ、これくらいできねぇとだろ?」

「ふふ、そうだね」


 魔法による現象の完全無効化だ。私ですら、今の鬼秀に魔法を通すことはできない。

 厳密にいえば、三十秒以上溜めたブレスなら有効打を与えられるだろうけど、そんな隙をくれる相手じゃないからね。


「あなたと接近戦を強要されるとか、本当に酷い嫌がらせ」


 治した腕で槍を構えなおすと、彼は自身の魂力から小さな何かを取り出して、握った。

 

「誉め言葉として受け取っとく、ぜ!」


 投げる動作。飛んできたのは、魔力で頑丈に強化された礫だ。

 彼の力で投げられたら、私の鱗だっていくらかは貫くかな。


 大人しくよけ、接近してきた鬼秀に槍の切っ先を突きつける。

 当然これも避けられるけど、一瞬の間を潰すには十分。


 槍を中心に攻め、時折尾でも狙うけど、それでも何度かは彼の距離まで入られてしまった。近接戦ではやはり彼の方が上らしい。

 幸い自己強化の魔法までは打ち消されなかったから、刃は通る。


 槍を、拳を、互いが振るう度に、鮮血が舞う。

 いつかと同じだ。過剰な攻撃力が、互いの防御を容易く穿つ。


 けれどもそれ以上に異常な回復力が、決着を許さない。


「ふふっ」

「ハッ!」


 ああ、楽しい。思ったよりずっと。

 もう今日は配信はいいや。

 このまま、遊んでいたい。


 久方ぶりの、本気だ。

 魔法は封じられていて、頭もフル稼働させないと簡単にやられる。


 これでこそだよ!

 暴力も、知力も、己の持つ全てをさらけ出せないと、楽しくない!


 この時間がずっと続けばいいのに。

 そんな願いは、残念ながら叶わない。

 三時間以上にもわたって続いた激闘も、不意に終わる。


 腕の関節を狙った私の尾を鬼秀が掴み、引き千切った。

 ほんの一瞬の油断。鬼秀のそれを、見逃す私じゃない。


 痛みを無視して槍を振るい、彼の左腕を切り飛ばす。

 重量物を失ってバランスを崩す一瞬に、右腕も宙へ。


 繋げ直した尾で足を払い、そして、後ろへ倒れた鬼秀の喉元へ、白刃を振り下ろした。


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