第107話 特訓開始!

107

 石のブロックを積み上げられた、バカみたいに広い謁見の間のような空間。

 そこにあるのは、四つの影。

 その一つはこの部屋すら埋め尽くす程の巨大さだ。


「二人とも、ありがとね」


 再生した左手をヒラヒラ振って、先ほど招き入れたばかりの二人に感謝を伝える。

 手に合わせて揺れる黒い袖は、新しく交換したいつもの着物のものだ。


「いえいえ、いつでも呼んでください!」

「ちょうど手ぇ空いた時やったから、気にせんでええ」


 ウィンテは、まあ基本引き篭って暇してるだけから良いとして。

 令奈れいなに関しては当主としての仕事もあるから、本当にありがたい。


「なんか酷い事考えてません?」

「気のせい気のせい」


 訝しみつつ膨れるウィンテが可愛い。

 呆れる令奈も可愛い。

 まあ、可愛いだけじゃないから手伝ってもらうんだけども。


「そんで、特訓て何するん? えらい気合い入ってはるみたいやけど」

「いきなり通されたのが最終階層の守護者の間ですからねー」


 そりゃあ、相手は末代とは言え神代七代かみよななよ一柱ひとはしら伊邪那美いざなみさんですから。

 その上、天照さんなんかを含む天津神あまつかみの中でも更に特別な別天津神ことあまつかみまで控えてるとなると、多少無茶はしないとね。


「やる事自体は簡単。私対あなた達三人で全力の陣取り合戦をするだけ。皆は攻撃も有り」

「確かに簡単ですね。全力となるとかなり大変ですが」

「まあ、あれはそれ位せんといけんやろなぁ」


 もっと良い方法もあるかもしれないけどね。


「ところでコレ、ご褒美とか無いんですか?」

「ご褒美?」

「はい。タダするだけでは面白く無いじゃないですか」


 ふむ、確かに?

 ご褒美かー。

 何が良いかな?


「そやなぁ、その日負けた数の多い方が相手のゆう事一つ聞くんはどうや?」

「あっ! それ良いです! それで行きましょう!」

「ん、じゃあそれで」


 ていうか、継続的に来てくれるのは確定なのね。

 その都度頼もうと思ってたんだけども。


「そらそうや。私らの鍛錬にもなるしなぁ」

「ふふ、令奈ももう完全にハロさんの心読めるね!」


 あ、そっぽ向いて照れる令奈可愛い。

 ははは、睨まない睨まない。

 うん、現実逃避だが?


 それは置いておいて。


「負け判定は、手の届く範囲より内側まで支配されたら、かな」


 令奈とウィンテが頷く。

 私が距離をとって槍を取り出すのに合わせて、二人も戦闘態勢をとった。


「夜墨、ウィンテ、令奈、準備は良いね。それじゃあ、第一ラウンド開始だ」


 私が告げるのと同時に、全員が一気に魂力の支配域を広げる。

 強度としては、ちょうどさっき名前を呼んだ順って感じかな。

 一日の長がそのまま現れてるっぽい。

 夜墨に関しては一日どころじゃないか。


 それにしては令奈の練度が高いから、流石って所。


「しかし、分かってはいたけど、しんどいね……!」

 

 私の支配領域は、だいたい二、三割か。

 一瞬でも気を抜くと一気に持ってかれそう。


 魂力の支配は自分の意思の及ぶ範囲の拡張。

 意思を声に置き換えるなら、意思の力で無理矢理防音室を押し広げる作業だ。


 感覚的には風船を膨らませてる感じ。

 つまり現状は、三人から風船を押さえ付けられながら息を吹き込んでる状況なわけで。


「これ、三人で合わせるの難しいですね」

「いっそ別方向から攻めた方が良いんやない?」

「そうだね。夜墨さん、はもう合わせてくれてますね」


 そりゃ夜墨は普段私のお世話をしてるからね。

 気の利く有能従者です。


 て言えたら良いけど、余裕ない。

 作戦変更でまた幾らか押し込まれたし。


 でも、まあ、まだ伊邪那美さん程じゃない。


「んー、まだ笑みが緩い。令奈、ハロさんまだ余裕ありそうだよ」

「みたいやなぁ。ほな、妨害もしていこか」


 令奈が扇子を一振りする、と同時に十メートル先に魔法の気配がうまれた。

 術式は、使っていない。

 魂力の性質のみを使った魔法だから内容が分からない。


 今マトモにくらったら負け確定。

 確実に回避しようと魔法の発動地点を凝視する。


 直後、閃光が奔った。

 極光に目を焼かれ、視力を失う。


 それでも支配域に感じた熱だけは阻害して、私まで届かせない。


「目ぇが良すぎるんも考えものやなぁ」


 令奈の声も気配も遠い。

 けど令奈なら私の龍の感覚も誤魔化せるからアテにならない。


 その前に、ウィンテ!


 キンっと音を立てたのは、私の槍とウィンテの大鎌だ。

 風切り音と気配を頼りに防いだそれが、手前に引かれる。

 合わせて私も前に出て、蹴りを――


「あっ、ハロさんは攻撃無しですよ!」


 おっとそうだった。

 慌てて上に跳び、鎌をやり過ごす。


 一旦距離をとって支配領域を広げないと。

 今のでかなり持っていかれた。


「横がお留守やで?」


 声は、右から。

 だけどたぶんブラフ!


 左に槍を一振りすると、案の定何かを切り払った感覚があった。


「なんで分かるん?」


 勘って答えたいけど、余裕は無い。

 ウィンテの追撃を捌きつつ、魔法発動の予兆だけで牽制してくる夜墨に注意を払う。


 そうしてる間にも支配域はジリジリと奪われて、もう槍の届く範囲ほども無い。


 令奈の最初の魔法が痛かった。

 マグネシウムでも燃やしたのか。

 ようやく視力が回復したけど、ちょっと遅すぎた。

 流れを完全にもっていかれていて、押し返せない。


「くぅっ……!」


 四方八方からの魔法を槍で払い、躱し、情報を吸い出して無効化する。


 手の届く範囲まで、もう拳分ほども無い。


 悔しいなぁ。

 思った以上にしんどい。


 やりようはある気がするけど、ちょっと実験する余裕がない。

 むしろ瞬殺されても良いから実験すべき?


 そうかも、そうしよう。


 ぶっちゃけ、お願いを一つ聞くくらいは良い。

 本気で嫌なことは頼んでこないだろうし。


 でも、どうせなら勝ちたいよね。

 この二人と、本気で競えるだろう二人と勝負するんだから。


 最初の数勝はあげる。

 けど、トータルでは負けない。


 まだ勝負は始まったばかりだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る