第105話 百五十年ぶりだね
105
魔物については杞憂に終わり、無事日本の領域まで戻ってこれた。
気怠さが薄まるのと同時に普段通り魂力に干渉できるようになったから、すぐに分かったよ。
今は海から退避して、雲上で暖を取り中。
多少の代謝はしているとはいえ、変温動物に近いレベルだからね。
意図的に温かくしないとすぐ活動停止しちゃう。
「いやー、焦ったね。知らなかった?」
「一応知ってはいたが、想定以上の影響であった」
なるほどね。
しかし、今の私ですら殆ど一切抵抗出来ないレベルの支配とは。
恐れ入ったよ。
このままじゃ、海外旅行なんて無理だなぁ。
行くだけなら何とかなるだろうけど、自由に動けないのはダメだ。
気になる事はもう一つ。
「日本も同じ、であってる?」
「ああ」
やっぱりそっか。
一回
この日本の魂力も、
私たちは、
「私を縛ってる訳か……」
なんか、嫌だね。
腹が立つ。
「誰?」
「今の私にはその名を呼ぶことすら許されぬ」
「了解」
夜墨が私に聞かれて答えられなかった。
十分な情報だ。
その上、この言い方。
夜墨の元の存在が
少なくとも確証はない。
これだけ情報があれば、相手がかなり高位の神だって事は分かる。
高位の古き神……。
「
夜墨は何も反応を見せない。
確率としては伊邪那美さんより上の存在の方が高いか。
ふーむ。
まあ、兎も角、私が自由になるにはその神を
令奈とウィンテに報告した後、何処までも続く青と白の境をぼんやり見ながら考える。
百五十年前に決めた目標を、そろそろ達成する時なんじゃないだろうか。
その為に出来る事をしてきた。
寿命の分のんびり構えてはいたけど、それでも修行は欠かさないようにしていた。
強くなればなる程に認識できるようになった力の差も、そろそろ埋まっているんじゃないだろうか?
だって私は生きていて、彼女は死んでいる。
死して歩めなくなった者と歩み続ける者じゃあ、当然、いつかは歩み続ける者が先を行く。
私も、悠久の存在であるんだし。
「……まあ、行ってみようかな」
どうせ、確かめないといけない。
魔力の回復を待って、翌日、早速出雲の大迷宮に向かう。
道はもう分かっているとはいえ、大迷宮だ。
ひと月少々かけて最下層の入り口へ。
何回か迷ったなんて事は決してない。
無いったらない。
夜墨は、出雲上空で待機中。
ここは私だけで攻略するって決めてるから。
「んー、これは、違う」
相変らずの悍ましい気配に身震いしながら、確信する。
日本全体を支配している存在は、
近くはあるけど、こっちの方がどろどろしてる。
つまり、私を縛るのはもっと上の存在。
「伊邪那美さんには勝てないと、だね」
二百五十九階層から二百六十階層に続く岩の階段に足を踏み入れる。
この先の存在は私を、否、あらゆる存在を否定し拒絶している。
入口の戸に施された封印すら貫通する拒絶の気配に、正直、未だ勝てる気はしない。
勝てる気はしないけど、通過点なんだよね、これ。
例え
「よし、やりますか」
何にせよ、迷宮の守護者に挑むんだ。
配信をつけないとね。
カメラは正面からで、配信開始っと。
「ハロハロー。八雲ハロだよ」
『ハロハロ!』
『お久しぶりです!』
『ハロハロ! く、思ったより早かった!』
『こんちゃー。今回は勝った!』
『はろはろ。私が学生だった頃以来ですね』
集まりは、まあボチボチ。
初期に比べたら桁がいくつも落ちてるけど、仕方ない。
配信頻度もあるし、もう寿命で死んじゃってる人たちも少なくないから。
「七年ぶりだね。勝ったって、何、あの賭けスレッドってまだ動いてるの?」
皆物好きだね。
私の次の配信までの期間だとかを賭けてるらしいけど、けっこう前からある筈だよ。
「まあいいや。それよりこの場所、覚えてる人は、どれくらい残ってるかな?」
『うわ、懐かしい。ついに?』
『何ここ凄い。後ろのって神社の入口?』
『やっとか』
『先に寿命が来るんじゃないかってヒヤヒヤしたけど、とうとう!』
『ちょっとじいいちゃん呼んできます!』
『まさか……?』
あー、やっぱり昔からいる人は待ってたよね。
見れずに終わった人も多いだろうし、なんかちょっと罪悪感があるような気がしないでもない。
「うん、挑むよ。伊邪那美に」
『待ってました!』
『遅いハロさん俺もう寝た切り!』
『あの戦い思いだすなぁ』
あ、この人、久しぶりにコメントくれた。
そっか、寝たきりかぁ。
「寝たきりって、そんな状態で見に来てくれたのね。ありがとう。正直まだ勝てる気がしてないんだけど、これは頑張らないとね」
せめて今見られる人たちには、私の勝つところを見せてあげないとね。
それじゃ、行きますか。
カメラの位置を後ろに回してから深呼吸を一つし、只人には見えない縄のかかった、白木の扉を押し開く。
直後視界を埋め尽くした黒い炎に、届かないはずの熱を感じて
それが収まるのと同時に、無数の蠟燭の火ばかりが照らす扉の内へ入る。
出雲の大迷宮の最下層、守護者の間は、広い、果てしなく広い、湿った岩の洞だった。
唯一中央に板張りの
木彫りの面を被っていて顔は見えないけど、黒紫の光が面の目に当たる部分から洩れている。
よくよく見れば着物には赤黒い染みがいくつもあって、それは内側から滲んでいるように見えた。
『不気味だな やっぱ』
『怖い』
『けどなんか綺麗なんだよな』
『頑張れハロさん!』
「応援ありがと。まあ、やれるだけやるよ」
魂力の支配は、私の周囲数メートルが限界か。
せいぜい、今だした槍の届く範囲。
それでも突然ゼロ距離から攻撃されないだけマシだね。
近づくと分からないけど。
ははは、怖いって思ったのは、いつ以来かな。
下手したらアッサリ死ぬよ、これは。
まあ、気楽にやろう。
こいつはあくまでも、通過点なんだから。
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