第94話 火種見学に

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 エルフの国を発ち、まずは山梨の甲府へ。

 甲府ではお昼ご飯だけ食べてすぐに出発したんだけど、なるほど、確かに町全体がピリピリしているようだった。


 町の住民は噂程度にしか知らないようではあった。

 それでも不安を抱えており、行政側の兵はその噂が事実と知っていて備えているって感じ。

 樹海側から来たからまだ柔らかい対応だったけど、それでも色々と聞かれたよ。


「戦力としては正直イマイチだったね」

「ああ。だが地形は良い」


 空の上、北上を続けながら夜墨と話す。

 見下ろすと、三方を山に囲まれた地形が見えた。


「最悪はエルフに支援を仰ぐつもりみたいだったし、中野側の戦力次第では十分目があるか」


 まあ、私やエルフとしては甲府が落ちること自体に困る事は無い。

 私は関係ない話だし、エルフも樹海の道を閉じるだけで済む。


 ただ、そのまま戦火が広がって完全に閉じ籠ることになる事を女王は憂慮しているのだろう。

 まだ新時代の過渡期でしかない今、外界から取り残されるのはリスクが大きい。


「この辺も小さな集落は点在してるね。んー」

「どの集落にも同じような鎧の兵、か」

「つまりはそういう事、だね」


 手で日を遮りながら観察した結果見えたのが、彼らだ。

 ここらの集落や町は同じ勢力が支配しているって証。


 これが中野の長の勢力なら、立ち寄る意味はあまりない。


「あ、あれが中野か」


 なんか、無駄に立派な城がある。

 町並みは特筆すべきところは無いけど、城に見える兵たちの恰好はこれまで見てきた人たちと同じだった。


「下りるか?」

「いや、上からで十分かな」


 何かの形で巻き込まれたら面倒だし。


 早速魔法で音を……いや、ちょっと試してみよう。

 スレッドとか配信とかが魂力を介したやり取りなら、私、再現できるんじゃない?


 んー、こうかな?

 必要な情報を魂力に転写して、こっちで再現。


 むぅ、こっちまで伝えるのが難しい。

 かと言ってここら一帯の魂力全部を支配下に置いたら怪しまれるよねぇ。


 普段使ってるこれはどうやって伝達してるんだろう?


「これは、地脈経由? バケツリレーしてるのか」


 とすると、魂力の情報伝達は相当に早いね。

 ついでに神の領域で配信は出来るのにスレッドが使えない理由も分かった。

 情報密度の違いだ。


 密度が大きい分、干渉に必要なエネルギーが大きくなるんだ。

 伝達自体は魂力の性質で行われるから、使うエネルギーは比較的小さいし。


「さすがにここから地脈に干渉は無理だね。細ーく支配領域を広げてみる?」


 お、いけた。

 あとはこれを伝わらせてっと。


「あぁ、俺のウィンテちゃん、最近配信してないみたいだけど、どうしたのかなぁ。体調が悪いのかなぁ。俺は心配だよぉ……」


 うわ。

 なんかクネクネしてるゴリゴリのおっさんが映った。


 何が俺のウィンテちゃんなのか。


「この豚顔のが中野の長?」

「そのようだな」


 やばいね、普通に気持ち悪い。

 ポエムとか読みだしたんだけど。


「あぁ、それとも、あの卑しい吸血鬼どもにあーんなことやこーんなことでもされてるのかなぁ。……許せねぇ」


 ウィンテさんも吸血鬼だし、なんならこき使う側だけどね? 実際にしてるかは別として。


「おい、新兵の訓練はどうだ」

「ハッ、順調です! 既に五十階層クラスの迷宮であれば二パーティで攻略可能なレベルまで来ています!」


 ふむ。

 新兵って考えたら十分な戦力か。

 思ったより優秀なのかな。


「……よし。戦の用意だ。しっかり休ませて備えさせろ。新潟を落とし、愛しのウィンテちゃんを解放する。待っててね、ウィンテちゃーん!」


 いや、ギャップ。


 どうしよう。割と真面目に気持ち悪い。

 特にウィンテさんの話をしてる時の動き。


 それ以外は真面そうではあるんだけど。

 統治は、ちょっと抑圧気味だけど、目くじらを立てるほどでもない。

 戦前って考えたら、こんなものかもしれない。


「どうする、落としておくか?」

「いや、いいよ。私らがあまり干渉してもつまらない」


 ウィンテさん達からの返事は未だに無いけど、北陸に残ってる吸血鬼組に伝えておけば十分かな。

 確かに人間にしては大きな戦力を持っているけど、高位の吸血鬼たちや三魔蟲の相手ではない。

 アラニアと侯爵クラス一人で事足りる。


「第一目標は、やっぱりウィンテさんの家族か。ぶつぶつ言ってくれるの助かるー」


 友人知人は判別方出来たもの以外は無視、ね。

 既にスパイは送り込んで調べてあると。

 コメントや配信中の発言から特定した相手もいるんだね。


 本気じゃん。

 なんでそれだけ調べて、俺のウィンテちゃんだとか救い出すだとか言ってるんだろう……?

 

 まあ、これだけ吸血鬼たちに伝えたら十分かな。


「よし、それじゃあ新潟に向かおう。確か、長岡市って所の大学が拠点って言ってたね」


 本当に変な人がいるなぁ、世の中。

 ちゃちゃっと情報を伝えたら、新潟のお米とお魚を堪能しよう。


 絶対お米が美味しい迷宮あるでしょ。


 と思って、人化しないまま某大学にやってきたんだけど。


「ワンストーンさんもいないの?」

「ええ、すみません」


 案内された応接室で知る衝撃の事実。

 

 まあ、これは想定しえたね。

 京都の二人と連絡が付かない、つまりは大迷宮に潜ってるわけだから、ワンストーンさんも参加してるよね、そりゃ。

 元々令奈さんと彼で攻略してた場所だし。


「こちらでの仕事を終えて出発されたのが、コラボ配信の前日なので、もう暫くは帰って来ないかと」


 ふむ。

 侯爵の彼は申し訳なさそうに眉を下げているけど、別に謝られる事ではないよね。

 どちらかと言えば私の落ち度。


「仕方ないね。まあ、今の情報を活用するくらいは問題ないでしょ?」

「それはもちろん。女王の望まぬ結果には、決してさせません」


 ならばよし。


「忌々しき龍ヨ、貴様は手伝わないノカ」


 おっと、気配を感じて来たのか。

 三魔蟲ことアラニア、ベルゼア、オムカデアの魔族三匹組だ。

 

「いる?」

「フン、必要ナイ。主様のご家族、我々が傷つけさせナイ」


 ふーん?

 意外とちゃんと忠誠心あるんだ。


 けど隷属のきっかけになった私は忌々しいと。

 この子たちも難儀な性格してるねー。


 お茶うけに出してもらった菓子を齧りながら、つい半目を向けてしまう。

 何か言われるかと思ったけど、無言。


 自覚はあるのかな?


 それはそれとして、ベルゼアがじっとお菓子を見ているのが気になる。


「……いる?」

「イル」


 あら素直。

 コクコクしてるし。


 女郎蜘蛛もどきが頭痛そうにしてるけど知らない。

 ベルゼアに皿ごと差し出したら、蠅の集合体って正体を表して一瞬で平らげてしまった。


 なんか物足りなさそうだったのでリンミを出してあげる。


 うん、なんかこうして見ると可愛い。

 お腹にワームみたいな口のある蠅だけど。


「それじゃあ私は行くよ」

「次はどちらへ?」


 そうだなぁ。

 東北は魔物の領域になってるって言うけど、そこをどうするか。


 今回は良いか。

 人間の社会を見たい。


「適当にこの街をぶらっとしたら、北海道かな。そこの始祖たちが治める街を見たら、今回の旅行は終わり」

「東北はイカヌのカ?」


 ん、オムカデアか。

 この子は夜墨みたいな話し方をするね。

 オオムカデだから伝承的に私たち龍の天敵だけど。


「なんで?」

「其方かラ、時折同胞の気配スル」


 ほう?

 魔族の街かな?


「ふーん。ちょっと探してみようかな。ありがと」


 よし、予定変更。

 次は東北で魔族の街探しだ。


 上に待たせてる夜墨と合流して夕ご飯を済ませたら、東北だ。


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