第92話 女神って……

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 城の方へ向って大通りを歩きつつ、懐から赤いミカンのような果物を取り出す。

 実際には情報に変換して魂力に取り込んでいたものだけど。


「夜墨も食べる? 誤魔化せるでしょ」

「ああ、もらおう」


 魔法で浮かせたリンミの実を夜墨が美味しそうに齧る。他の人には、変わらずただの龍のようなマフラーに見えている筈だ。

 これを見破れるならそもそも私の人化も見破れるだろうし、仮に分かる人がいても変わらない。


 ん、もしかしてこの季節にマフラーしてるから変な目で見られてるのかな?

 たしかに夏場だけど、森の中は涼しいし、そういう種族もいるらしいから大丈夫だと思ったんだけど。


 まあいいか。

 そういう理由なら特に害は無いし。

 目立つのは、旅人でエルフじゃないって時点で今更だ。

 精霊もそれなりにいるけども、やっぱり殆どがエルフだから。


「なんかこれ、前に食べたのより美味しい気がする」

「奥の方で採ったのではないか?」


 そういう事かな?

 令奈さんにお土産で貰ったものだから、十分あり得る。

 あの家の者たちならそれくらいの力はあるだろう。


「お、見えて来たね。へぇ、城の前は広場になってるのか。噴水まである」


 ベンチが置かれていたり、時計があったり、憩いの場になってそう。

 それを回り込む形で段の広い階段があって、城門まで続いている。

 手前が開けているのは、兵を整列させる為なのかもしれない。


 木々に囲まれた広場、いいね。気持ちよさそう。


「ロードよ、注目される理由がわかったぞ」

「ん?」


 夜墨が見ているのは、噴水の中央にある像。

 珍しく石で作られていて、水はその周囲から噴き出す形だ。


「あれは、エルフの女王に、私と夜墨?」


 左側にエルフの女王が立ち、右側にある巨龍の鼻先の少し上に向かって両手を伸ばしている像だ。その龍の上には、着物姿で槍を持った私がいた。


 少し早足になって、像へ近づく。

 正面の足元に付けられたパネルには、『女王と龍神の慈悲』と書かれていた。


「ロードは龍神らしいぞ」

「あなたもね、夜墨」


 面白がったような色を覗かせて言うものだから、つい半目になって返してしまう。


 しかし、良い出来だ。

 ここまで精巧に作るとは。


「凄いでしょ、その像」


 急に声を掛けてきたのは、若草色の髪をしたエルフの少女だった。

 エルフの寿命と成長速度で今少女ってことは、あの当時中学生になってるかどうか位かな?


「始まりの聖戦で私たちを助けてくれた方と女王様の像だよ。本物はもっと凄くて綺麗なんだけど。女神様の方は配信もしてるんだけど、知ってる?」

「……ええ、まあ」


 本人ですから。

 当時小さかったとは言え、女神様かぁ。

 ずいぶん慕われたものだ。


「……ずっと気になってたんだけど、そのマフラー、黒龍神こくりゆうじん様にそっくりだよね。お姉さんも龍神様に助けられた?」


 やっぱりそうか。

 像がこれだけ精巧なんだ。この街のエルフなら夜墨の姿に見慣れているだろう。


「まあ、そんなところ」


 助けられてはいるよ、コーヒーとって貰ったりお茶とって貰ったり。

 あと早起きしたい時の目覚まし係。


「わぁ、やっぱり! 私たち一緒じゃん!」


 うん、距離感が近い。

 五十年だと、高校生くらいまでしか精神が成熟しないのかな。

 それかこの子がそうなだけか。


「ところで、両方龍神様なのにハロさんの方は女神様なのね」


 自分で自分の事名前で呼ぶの、少しむず痒い。


「ああ、分かりやすくそう言っただけで、普段は白龍神はくりゆうじん様って呼んでるよ」


 私は白龍神か。


「あ、お使いの途中だった! じゃあね、お姉さん!」


 少女はそう言って走っていく。

 なんていうか、嵐みたいな子だった。


「龍神、ねぇ。精霊たちと言い、そんな大層なものじゃないんだけどね」

「神の起こりなどそんなものだ。そも、ロードは古の神をも打ち倒していよう」

「まあ確かに」


 崇められる分には、適度に距離を取ってくれて良いかもしれないね。

 うん、そういう事にしておこう。


 そういう事にしたんだけども……。


「さすがに多すぎない?」

「完全に信仰だな」


 どこに行っても私と夜墨の何かしらがあるんだよ。

 像だったり絵だったり。


 なんなら何故かあるお土産物屋さんにも売ってた。

 しかも結構売れ行きが良いらしい。


 たまーに来る外の人も買っていくんだってさ。

 確かに、私のフィギュアとして完成度が高いかもしれないけども。


「なんで夜墨は楽しそうなのさ。自分も一緒に奉られてるのに」

「人間たちにどう思われようが、私には関係のない事だからな」


 く、寧ろ人間の感覚が残ってる私の方がおかしいのか?


 はぁ、まあいいか。

 女王の権威も私とソレなり以上の関わりがあるって点で補強されてるみたいだし。


 そんなものが無くても今の人たちは彼女を慕ってるんだけど、後の世ではどうなるか分からないからね。

 鬼秀と言い令奈さんと言い、強かなのが多いね、始祖は。


 気が付けば、周囲はかなり暗くなっていた。

 空はまだ青が多いけど、森の中だからか、暗くなるのが早い。


 私やエルフのように夜目の利く種族でなかったら、もう黄昏時と言っても良いくらいになっているだろう。

 まあ、明りはそれなりにあるから、困りはしないと思うけど。


「少し早いけど、そろそろ夕ご飯にしようか」

「ああ。飲食店が集まっているエリアがあると言っていたな」

「うん。そこで個室がある店を探そう」


 朝からリンミ一つしか食べてないからね。

 さすがにお腹が空いた。


 選んだお店は、件のエリアの大通りから少し脇道に入った所にあった大衆割烹とジビエのお店だ。

 主に樹海と迷宮に住む魔物や動物、果物などを使った料理を提供しているみたいで、落ち着いた雰囲気の店内は多くのエルフで賑わっていた。


 大声で騒いだり他の人を煽ったりするような下品な賑わいではないので、居心地としては良い方だろう。


 お一人様の一見ではあったけど、種族的にたくさん食べるからと奥の個室に通してもらう。

 壁がある分表の方より静かで、落ち着いて料理を楽しめそうだった。


 私たち龍の聴力なら、少し耳を澄ますだけで店内の会話くらいは拾えるし、良い席だね。


「適当に頼むけど、食べたいのがあれば言って」

「ああ。では、デザートはこの餡蜜を頼む」

「ほいほい」


 相変らず甘党だね。


 結局メニューの三分の二くらいを頼むことになったから、奥の席に通して貰って正解だね。

 提供はゆっくりでとお願いしたし、食べながら面白い情報は無いか聞いて居よう。


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