第90話 並んで歩きたい

90

 白い羽毛は朱に染まり、聡明さを湛えた瞳が光を失う。

 長鳴鳥の巨躯はゆっくりと傾いて、始まりではなく、終わりを告げる。


「ふ、ふふふ、私の勝ち、です」


 同じく白衣を血に染めた少女は、その女王という位に相応しい美しい笑みを死にゆく神の獣へ向けた。

 

 その彼女へ巨鳥の影が伸び、隠そうとするけど、ウィンテさんは動かない。

 

「何してるのさ、もう」


 慌てて飛び出して影の外に連れ出すと、ウィンテさんは一転して可愛らしい、けど蠱惑的な笑みを私に向けてくる。


「うぇへへ、ハロさんのお姫様抱っこ、至福です」


 その上でそんなことを言うものだから、呆れる他ない。

 とは言え、動く気力も無さそうなので抱えたまま令奈さんの所に向かう。


「私、やりましたよ」

「そうね。よく頑張った」


 本当によくやったと思う。

 ちゃんと私のヒントを読み取って、魂力の支配を身につけた。


 まさか霧化した自分や血を介して広範囲の魂力を支配するとは思わなかったけど。


「これで、ハロさんの横に居られますか?」

「もちろん」

「ふふふ、そうですか」


 それだけの為にこんなボロボロになっちゃって。

 治るから良いって問題じゃないんだよ?


「良かったやんか、お姫様抱っこ」


 こちらに向かって来ていた令奈さんと合流して、コメント欄に目を向ける。

 途中、すっかり忘れていたけど、コメント欄にはウィンテさんを讃える声が溢れていた。


「羨ましいでしょ」

「ええから、先配信閉じて休み」

「うん」


 それが良い。

 ウィンテさんのリスナーも賛成みたい。

 

「そういう訳なので、私は先に——あ、はい。休みます。お疲れ様です」


『挨拶とか良いから早く休んで』

『お疲れ様です』

『凄かったですお疲れ様です!』

『早よ休んで』


 そして全員私か令奈さんの配信へ来る、と。


 ていうか、私はこのままな感じ?

 ウィンテさん、はもう寝てますね?


 あ、はい、このまま抱えてます。


「とは言っても、私たちもそろそろ配信終了かな」

「そうやな。ちょうど切りもええし」


『もう外暗いしな』

『良い子は寝る時間です』

『お疲れ様です!』

『ウィンテさん、改めてすごかた』

『百合スレの流れ凄い。鬼秀との三角関係で盛り上がってる』


 百合スレの話は見なかったことにしよう。

 その方が平和だ。


「それじゃ、お疲れ様。次の配信は、まあ、気が向いたら。十年後とかになったらごめん」

「私の方は、三日後くらいやな。しばらく頻度少ななるけど、堪忍な」


『おつはろー』

『おつせめはろー』

『お疲れ様です』

『おつおつ』

『おやすみなさい』


 ほい、配信終了っと。

 令奈さんの方も終わったみたいだね。


「ふぅ、お疲れ様」

「お疲れさん。配信中にあないな話、すまんなぁ」

「いや、いいよ。寧ろありがとう?」


 ウィンテさんが私に入れ込む理由が分かったから。

 それに、私もよく分かる話だったし。


「どうせ礼言うんなら疑問形にせんといて欲しいわ」

「それもそうだ。ん、ありがと、令奈さん」


 素直に言ったら、令奈さんは何か言いたげにこちらを見た後、そっぽを向いてしまった。

 ちょっぴり頬を赤らめてるのが可愛い。


 ふふ、照れ隠しって分かった上で言ったのは人が悪かったかな?


「さっさと帰るで。姫理ひめりの寝顔見とったらなんや、腹立ってきたわ」


 幸せそうに寝てるもんねぇ。


「その名前で呼んだらまた怒られるよ」

「知らん。どうせ聞こえてへん」


 可愛い狐ちゃんだね。


 結局、ウィンテさんが目を覚ましたのは令奈さんの屋敷に着いた頃だった。

 抱えている間ずっと眠ってしまっていたのを本人は悔しがっていたけど、調子に乗られても困るのでおかわりは却下した。

 まあ、何十年何百年と経つ間にもう一回くらい機会はあるんじゃないかな。


 なんだかんだで、充実した一日だったね。

 三人で入ったお風呂も気持ち良かったし、約束の晩御飯も大満足だったし。


 彼女たちとなら、またこうして遊ぶのも良いかもしれないね。

 そう頻繁には嫌だけど。


 何十年かに一回くらい?

 うん、それくらいなら、歓迎かな。


 そして夜が更けて、朝日が昇る。

 つまりは出発の時間で、別れの時。


「ありがとね、二人とも。楽しかったよ」


 砂利の敷かれた中庭で二人に挨拶する。

 令奈さんは当然として、ウィンテさんも用事で暫くここにいるんだって。

 

「私達もです!」

たちて。まあ、達でええんやけど」


 令奈さんが肘を抱えて、少し視線を逸らした。可愛い。


「その、なんや、良い経験なったわ。次すべき事も分かったしなぁ」


 私のよりも明るい金色の瞳が燃えている。

 彼女の次の目標は、魂力への干渉かな。

 妖狐として魂力を知覚できる彼女なら、すぐだろう。負けず嫌いな所あるし。


「私ももっと精進します! ハロさん、最初にハロさんと全力で遊ぶのは、私ですからね!」


 こっちはこっちで鬼秀に対抗心を燃やしてる、と。

 私としては嬉しいけどね。横に並ぼうとしてくれているの。


 孤独には慣れてるけど、慣れてるだけだから。


 それはそれとして、普段は一人の方が楽なんだけど。


「次は静岡側から北陸の方に行くんやったな」

「うん」


 エルフ達の様子も見たいから。


「そっちは今きな臭いさかい、なんや有ったら情報くれると助かるわ」


 戦争起きそうなんだっけ?

 まあ、食料の交換spも高騰してるし、領土欲のあるのもいるだろうし、そうなるのもおかしくは無い。

 寧ろよく五十年も平和が続いたなとすら思う。


 迷宮産のせいで質の平均値が上がったのが理由じゃないかって考えてるけど、まあそれはいいや。


「ん、了解。ていうか気を付けてじゃないんだ」

「いります?」

「要らないね?」


 私を襲ってくる身の程知らずは、まだ出てこないだろう。

 助力を求められる事はあるかもしれないけど。


 さて、あまりダラダラ話しても仕方ない。

 そろそろ行こうか。


「それじゃあね、二人とも。また配信で会おう」

「そやな」

「はい! また!」


 置物になってくれていた夜墨の頭上に跳び乗り、二人に手を振る。

 すぐに二人の姿は小さくなり始めて、数秒後には雲に囲まれていた。


「海岸に沿って行って、その後は樹海へ向おう」

「ああ、分かった。……ロードよ、世捨て人生活から少し遠ざかってしまったな」

「んー、そうかもね。でも、まあ、これくらいは誤差じゃない?」


 あの二人もどちらかと言えば引きこもり体質だし。


「そうか。ならば良い」


 夜墨は夜墨でなんか満足げ。

 私の部分からくる感情なのか、私じゃない部分からくる感情なのか。


 何となく両方な気がする。

 私じゃない部分は、私に一体何を望んでいるんだろうね。


 なんでもいいか。

 私が私の生きたいように生きられるなら、それで。


 ここからは小規模の集団がいくつも連なる地域。

 適当に立ち寄りながら、今の日本を見ていこう。

 いずれは他の国々がどうなってるかも見てみたいな。


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