第62話 根の先端

62

 八岐大蛇討伐から早一年半。

 スタンピード対策を始めてからは二年と十ヶ月が経った。

 もう、タイムリミットが近い。


 今いるのは二百五十九階層。

 気がつけば洞窟に姿を変えていた迷宮を進んでいる。


 百八十階層以降の守護者は、予想通り八岐大蛇より弱かった。

 権能を見るに、根の国から伊弉諾命いざなぎのみことを追った八の雷神。


 神と名につくだけあって強力な特殊能力を有し、普通に倒しても殺せない奴らだった。

 殺すなら、魂力に干渉する必要のある敵だ。


 百階層台に入る時、魂力の注連縄しめなわを切らなければいけない理由が分かったよ。


 まあ、それでも八岐大蛇よりは弱い。

 私の皮膚に焦げ目を付けるのが精一杯で、一撃で吹き飛ばす力も、雷を跳ね返す強靭さも、持ち合わせて居ないやつらだ。


 問題は、そいつらが居たって事。


黄泉軍よもついくさは、道中の雑魚。守護者が雷神たち。これさ、そういう事だよね?」


 洞窟を進む迷宮に変わって、力の流れを辿れるようになった。

 その分ペースは上がると思いきや、雑魚戦にかける時間が増えたのでこれまでの湿地を進む時以外と大差ない。


『そういう事、だな』

『ハロさん、健闘を祈る……』

『よく分からんけどがんば?』

『え、なになにどういう事?』

『ま、まだ強いって決まった訳じゃないですし!』


 他のリスナーさんが分からない人向けに説明してくれてるのを横目に見ながら、先へ進む。

 私がそういう説明を面倒くさがる節があるのはもうバレてるから、楽で良いね。


 定期的に現れる亡者や鬼、黄泉醜女よもつしこめなんかの相手をしつつ、数時間。

 ついに二百六十階層へ続く階段を発見した。


 正直、進んで良いか不安だ。

 この先にいるであろう存在は、流石の私でも戦いになるか怪しい。


 迷宮の更に深い所へ繋がる岩の階段を前にして、一度立ち止まる。


 こっそり深呼吸をして、そこへ足を踏み入れた。

 と同時に感じた悪寒。

 自身を包む気配に、嫌な汗が流れる。


「どうしようか、これ」


 階層を繋ぐ階段の、最上段にまで届く気配。

 それは、私に明確に死を連想させるものだ。


「勝てる気がしない」


 あまりにも、強大すぎる。

 悍ましい。


 アレに比べれば、私なんて生まれたての赤子同然だろう。

 幾ら傲慢な龍たる私だって、手を出そうと思えない。


 その筈なんだけど。


『言ってる事と表情が一致してないんだが?』

『めっちゃ口角吊り上げてんなぁ』

『知 っ て た』

『とりあえず死なないでくだはいね?』

『まあ、魔力を削るだけなら守護者を倒さなくても良いしな』


 だって、見てみたいじゃん。

 この世の最高峰を。


 好奇心がこれでもかって位に刺激される。

 猫をも殺すそれは、果たして龍も殺せるのかな?


 震える足を無理矢理に、一歩一歩進ませる。

 ああ、この階段は、これ程までに長かっただろうか?


 こんなにも、暗かっただろうか。


 ふふ、まさか人龍になってもこんな状態になる事が有るなんてね。


 いつの間にやら岩の洞は腐りかけた木造の屋内に変わっている。

 壁も柱も水を吸って濃い茶となっているが、元々は百階層までの守護者の間のような白木だったのだろう。


 足を踏み出すたびにギィギィと音が鳴り、ここまで踏み抜いていないのが不思議なくらいだ。


 どれ程の時間、暗い階段を降りていたかな。

 その扉は不意に現れた。


 壮麗で荘厳。

 巨大な一枚板で作られた白木の観音扉は、この先にいるのがどういう存在なのかを示している。


 不自然な程の美麗さは、ここまでの全てがボロボロだったのとは対照的だ。


 リスナー達には見えていないだろうけど、扉には紙垂しでの下がった注連縄が掛けられている。

 まるで、その先にいる者を封印するかのように。


「開けるよ」


 ドクドクとなる心臓や脳内で鳴り響く警笛が煩い。

 分かってるよ、自殺行為だって。


 それでも私は、見たい。

 だから、耳を痛めるそれら無視して、両手を扉へかける。


 大きく息を吐き、力を込めれば、最下層のものと思われる扉は静かに開いていく。

 暗い扉の内へ、ぼんやりとした光が差し込む。


 目が合った。

 落ち窪んだ伽藍堂がらんどうが私をじっと見る。


「っ⁉︎」


 気がつけば私はその場を飛び退いていた。

 直後、ゴウっと音がして、扉の先を暗紫に染める。


 この世ならざる闇の炎だ。

 込められている魔力は、八岐大蛇と相打った私のブレスと遜色ない。


 それを殆どノータイムで放ってきたのだ。


 私を容易く殺せる一撃。

 それなのに、いつ攻撃したのかすら分からない。


 やはりこの注連縄は封印だったんだ。

 ソレが輝き、私の死を受け止めている。


 もしこれが無かったなら、私は確実に迷宮の養分となっていた。


 顳顬こめかみを冷や汗が流れる。


「はは、想像以上にヤバいね」


 笑っているのに、震えが止まらない。

 これが、神か。


 伊邪那美命か!


「うん、これは無理だ」


 今の私じゃ。

 

 封印の扉が閉まるのを見つめながら、腕を抱え、自らに爪を立てる。


 ふふふ、一つ、目標が出来てしまった。

 いつか、アレを倒す。

 倒せるほどに、強くなる。


 どれくらいかかるか分からないけど、やってみせるよ。

 

「撤収!」


 踵を返し、上階へ向かう。

 今は、やるべき事をしよう。


「まだ無理だけど、必ず倒すよ。先にスタンピードをどうにかする」


 コメント欄の応援に目を細め、燃え上がった闘志を一度胸の奥に収める。


「さあ、ここからは乱獲だ。二百五十階層の魔法陣まで戻りながら、兎に角沢山狩る」


 外に出る頃には、もしかしたら魔物が溢れる迷宮が出てくるかもね。

 

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