第61話 人で龍

61

 とりあえず今しようとしていた動作を続けてみる。

 樽の両側をしっかり掴み、持ち上げ、グイッと。


 うん、やっぱり美味しい。


 じゃなくて。

 私、しっかり持ってるね?

 両腕で。


 んー?

 最高クラスのポーションでも数日かかるって話じゃなかった?


 夜墨から聞いた理屈を思い返してみる。


 身体が欠けた時、同時に全身を満たし同じ形をとっている魂力も欠けた状態になる。

 肉体だけを再生させる事も出来るが、この場合そこに魂力は存在していない。


 ステータス画面に表示される能力値はこの魂力による強化分も含まれる為、仮に肉体だけを再生したとしても殆ど力を発揮できない。

 私は元々強靭な龍だからまだマシだけど、それでも能力値換算で体力Dくらいかな。


 切り落とした方の大蛇の首を簡単に焼き払えた理由の半分はこれ。

 本当なら消費される度に補充される筈の魂力が、寧ろ傷口から霧散していっていた。

 あとは単純に自発的な強化が行き届いていなかったから。


 当然、魂力だけを再生させても物理的な干渉力を持たないし、器となる肉体が無ければ直ぐに霧散してしまう。

 私たち龍のように魂力に干渉できたら違うけど、まあ例外。


 じゃあ肉体だけ先に再生したらどうか。

 

 腕なんて一本あるかないかで利便性は大幅に変わるから、非力だとしても先に再生した方が良いと思える。

 けど残念、それが許されるのは能力値の低い者だけだ。


 仮に魂力の再生が追いついていなかったとしても、脳は魂力で強化された状態を基準に命令を出す。

 つまり本来肉体に備わっているブレーキ機能が働かない。

 

 限界を超えた力で何かをすれば、また直ぐに骨は砕け、筋肉が引きちぎれる。

 筋肉なんて、魂力の強化が残っている部分とも繋がっているんだから当然だ。


 要するに私は、肉体と魂力、その両方を同時に修復する必要があるわけだ。


 けど、保有する魔力が大きい程この密度が大きい為、再生に必要な魔力量も大きくなる。

 ポーションは肉体の再生の魔法的現象を起こしつつ、魂力を再生させる魔力の補充を行うものだから、魂力の再生に必要な魔力を補充できた所までしか再生させられない。


 私の場合、最高クラスのポーションで欠けた腕の一割弱くらい。

 だから沢山飲みつつ時間をかけなきゃなーってなってた訳なんだけど。


「あるなぁ……。ぶっ壊れる様子もないし……」


 なんで?

 って、考えられる原因は一つしか無いんだよねぇ。


 この酒、だよねぇ?


 まあ、元が奇稲田姫くしなだひめの両親、足名椎あしなづち手名椎てなづちによって用意された酒だ。

 この夫婦の親は、伊邪那美命いざなみのみこと伊奘諾命いざなぎのみことの子である大津見神おおやまつみのかみ

 

 夫婦の神階は知らないけど、割と高位でもおかしく無い。


 という事は、この酒はかなり高い位の神酒という訳で。

 魂力を補う魔力は豊富であり、薬の一面を持つ酒でもあるからでして……。


「それはこうなるよねぇ……?」


 再生された己の左手を握ったり開いたりしながら、少し引いた目で見る。


 もうビックリだよ。


 そうなると、魔力が増えたのもこの酒のお陰かな?

 魔力が一定値増えた事で、伏せられていた称号の龍の字が現れた。


 若しくはその逆か。

 神酒によって称号の封印が少し解け、それに伴って封じられていた魔力が少し戻った。


 んー、どっちだろ?

 分からん。


 分からんけど、悪いことでは無い筈。

 素直に喜んでおこう。


 何ならこの魂力の理屈から魔法という現象の原理を解き明かせそうだ。


 とりあえず、新しい着物が必要だね。

 袖が焼かれて肩丸出しだし。


 これまで着てたのは、五万spで交換したシンプルなデザインのもの。

 黒基調なのは変えないつもりだけど、デザインは少し変えても良いかな。


 ランクは当然上げる。


 よし、これにしよう。


 使用したspは一千と二百万。

 これまでと同じく、動きやすい作りになった黒の着物で、雲の模様があしらわれている。


 当然尻尾の穴は有り。

 丈夫さはこれまでの比じゃないよ。

 そして可愛い。


 うむうむ、良きかな。

 これなら全力全開のブレスを着物の強化無しに撃っても、弾け飛んだりしないんじゃないかな?


 流石に配信中に裸はまずい。

 これでも一応、外見年齢二十歳くらいの女の子なので。

 鱗とか尻尾とか角とかあるけど。


 精神は、どうなんだろう?

 元の男のものとも違う気がする。

 性的欲求もあるのかイマイチ分からないし。


 性別的な云々以外で言えば、別物にかなり近いんだけどね。

 私が私を自由にさせない性分の殆どを夜墨が持っていってくれたから。


 今回はその残り滓がちょいちょい悪さしてるけども。

 完全な世捨て人生活はいつになったら出来るやら。


 本当に、嫌なことに気づいちゃったよ。

 スタンピードの件に気づいてしまった事で、何人かとは繋がってしまった。


 一番取り込まれたくない社会の外には居られるだろうけど、これから先、気に入った人の為に動いてしまう事もあるだろう。

 それで自分の時間を取られるのは嫌いな筈なのに。


 かつての私が人間らしく居ようとした弊害、かな。

 幼い頃から人と大きく違う点を自覚していたが為に被った仮面が、いつしか貼り付いて、離れなくなって、私の素顔の一部になった。

 実の親に人形みたいって言われたのもあるだろうね。


 人型の龍になったのは、それが理由だと思う。

 人外の道を望みながら、人としてあろうと願った矛盾。


 もうどう頑張っても打たれない程に飛び出た杭になれたんだから、人に拘る必要はないのにな。


 ああ、そうか。

 配信を続けるのもそこか。


 配信無しでも悠々自適に暮らせるのに、配信を続ける理由。

 私は、完全な孤独になるのを恐れているんだ。


 偶像になることで、全てから恐れられる道を避けようとしている。


 はは、人間だなぁ。

 こんなに矛盾を孕んで。


 どう見ても人間だよ。

 良かったじゃん、私。


 貴女は、化け物であると同時に人間だよ。

 どうしようも無く、ね。


 うん、感傷に浸るのはこの辺にしておこう。

 傲慢で少しお茶目な龍、八雲ハロには似合わない。


 そろそろ配信を始めないといけないしね。


 今日も私は、人であり続ける為に配信をするよ。

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