第53話 神代(かみよ)の故郷

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 数日後、四十階層の守護者である体高三メートル以上ある大猪を倒して、四十一階層へ。

 階段の繋がった先の小さな社から出ると、先ほどと同じ山エリアで、思わずため息が漏れる。


『なぜに溜息?』

『飛んでいけないからじゃね?』

『また山か』


「湿地帯が良かったなぁ」


 日本酒を飲んでて思いだしたんだけど、この辺って新潟に並ぶ米どころなんだよ。

 有名な魚沼以上の環境条件で作られた米、奥出雲の仁多米は、食味ランキングで特Aを獲得するくらいに美味しい。

 東の魚沼コシヒカリ、西の仁多米なんて言い方もあるんだって。


 ついでに言えば、出雲は日本酒発祥の地。

 今の奈良県に十世紀末に建てられた正暦寺で作られたのが発祥ってする人もいるけど、その二百年以上前に編纂された出雲国風土記に、出雲が日本酒発祥の地って示す記述があるんだよ。


 そうでなくたって、日本酒の有名どころは島根の蔵で作られているものが多い。


 そんな場所に出来た迷宮だ。

 湿地帯に、稲が無いわけがない。


 湿地帯でなくても川があれば、可能性はある。


 どうする?

 戻る?

 いや、流石にそんな時間があるかは怪しい。


 二百階を超えるのは確実で、このペースで探索速度が落ちていったとしたら、割とぎりぎりの可能性もある。


 ぐぬぬ、悩ましい……!


『これ、ハロさん何を悩んでるんだ?』

『めちゃくちゃ唸ってるから悩んでるのは分かるけどな』

『こういう時は、あれだ。教えて! 夜墨センセー!』

『おおかた、湿地帯に米を採りに戻るかを悩んでいるのだろう』

『ホントに返事があるとは思わなかった。ありがとうございますセンセー』

『ありがとうございます!』


 ん-、まあ、最悪全部終わった後にまた来ればいいんだし、今は先に進もう。

 この先にまた湿地帯が無いとも限らないんだし。


「よし! どんどん行くよ」


 結局、五十階層にたどり着いたのは二週間以上が経過した頃だった。

 四十階層台では大型の狼も出るようになったから何となく予想はついていたけど、守護者は一つ前の猪と同じくらい大きな狼だったよ。


 人の倍近い背丈で動きも素早く、力も強いって中々凶悪だったね。

 人間たちがこのレベルを相手できるようになるのには何十年必要なのか。


 私の相手は、まだ務まらなかったんだけども。


 しかし、ひと月でようやく五十階層か。

 このまま行くと、百階層に辿り着くのは七、八か月あとになるかもなぁ。

 間に合うかなぁ?


 最悪、百階層台で乱獲しよう。

 数さえこなせれば何とかなる可能性はある。


 それでもダメなら、外で待ち構えるほかないね。


 なんて考えながら入った五十階層台には、小さな川が幾つも流れていた。

 敵で言えば、暫く姿を見ていなかった蜥蜴男や蛙がまた姿を見せるようになった他は蛇が増えたくらいかな。


 あ、六十階層の守護者は蛇だったので、美味しくいただきました。

 

 この十階層分は、順調ではあったと思う。

 それでもひと月近くかかってしまった。

 

 迷宮の外はもう、雪解けの時期だろう。

 花見の季節になっているかもしれない。


 各地の様子はコメント欄で何となく分かってはいるけど、自分の目でも見ておきたい。


 ん-、百階層で一度出るつもりだったけど、次の守護者を倒したらにしようか?

 うん、そうしよう。


「ハロハロ。今日から六十階層台の攻略だよ。ここが終わったら一度外に出るから、数日配信おやすみ。ひと月ごと彼の話にはなると思うけどね」


『ほーい』

『りょ。ハロさんでも二か月で六十階層か。俺たちがここまで来るのに何年かかるやら』

『ここまで来る前に死ぬだろ。頑張って二十階層台じゃね?』

『山は少なくとも無理だな』

『分かりました、頑張ってください』


 昨晩の宿、六十階層の守護者の部屋から次の階層に出る。

 また、山の階層だ。


 けど川が大きくなっている。

 土地柄を考えると、斐伊川かな?


「良い砂鉄がとれそうだね」


『出雲で川で砂鉄って言ったらアレか、ヤマタノオロチのモデル』

『斐伊川だな』

『たたら製鉄してそう』

『思ったけど、なんかまだ生きてる人のエリアって感じ』

『つまり、根の国にはまだ入ってすらいないと』


 私も同感。

 まだまだ生者の世界だ。


 けど、神話の世界には入ってそうだね。

 空にも魔物の影が見える。


「飛んでるねー。あれは、まだ蛇かな」


『龍蛇ではないと』

『まだなんだ』

『龍蛇ってなんて読むん?』

『りゅうじゃ、それかりゅうだ。どっちもある』


「そうだね。龍蛇ですらない」


 翼は生えてるけど、龍蛇りゆうだにはなっていない。

 いつかの竜人たちみたいに風を翼で受けて飛んでいる。

 私たちみたいに、そこらを漂う魂力に干渉しているわけではない。

 

 彼らより、川で泳ぐ鯉たちの方が余程私たちに近づいているね。

 

 まあ、それでもまだまだ遠い。


「行こうか」


 そろそろ素手で一撃って訳にはいかなくなってきそう。

 槍を振るえば一刀両断だけど。


 それはそれとして、お米があると良いなぁ……。

 酒の湧く泉でも可。


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