第50話 龍の宣告

 ウィンテさんと会ってひと月が経過した。

 あの日から三日の内に話をしたのが、白神山地のエルフ、北海道南部の獣人、北部の巨人の三人の始祖たち。

 彼らも始祖ゆえにか、ソレなり以上に話が出来たので助かった。

 あの人魚が例外だっただけみたいだね。


 残念な事にそのまま帰宅とはいかず、人間に頼らなければいけない地域の観察に移行。

 その地の人間たちを纏めるに相応しい王を見定めた。


 皆スレッドで色んな話をしていたから、その辺も参考にさせてもらったよ。


 そうして王と認めた人間たちに王権を授け終えたのが、昨日の朝だ。

 王の証として与えた装飾品たちのデザインは割と自信作だよ。

 観察をしている間、割と暇だったからね。


 杖だったり首飾りだったり、色々と作ったけど、折角なので長く受け継いでいってほしい。


 それは兎も角、だ。


「さて、一番の大仕事を片付けようか」


 夜墨の背に乗り、首都上空へ向う。

 これから行うのは、龍としての宣告。


 まだ一部の者しか知らないスタンピードの危機を、全ての人間に伝える。


 混乱も起きるだろうけど、そこは各地の指導者に頑張って欲しい。

 始祖や王たちにだけ先に伝えたのは、その為でもあるんだから。


 よし、この辺でいいかな。

 小道具として槍を取り出し、夜墨に認識阻害を解いてもらう。


 途端、首都圏を影が覆った。

 漆黒の巨龍が空に蜷局とぐろを巻き、星のように輝く金色の瞳が地上を睥睨へいげいする。


「じゃあ、始めようか」


 いつものように気負う事なく、配信を開始する。

 カメラは正面から。


 地上を睨むのと同じ金の双眸が、不気味なほどに白い髪を背景にして画面の向こうを見据える。


『ハロハロ』

『ひと月振りか。こんちゃ』

『ハロさんこんにちは。今日なんか雰囲気違いますね?』

『ハロハロー。今日は空の上?』


 普段なら挨拶を返す所だけど、今日はただ静かに、視聴者数が増えるのを待つ。

 コメント欄で不思議がる声が上がり始めたけど、気にしない。


 もういいか。


「聞け、人の子らよ」


 拡声の魔法を使って周辺一帯に声を届ける。

 静かに、しかし力強い声で、これからの話の重要性を伝える。


「人ならざる龍として告げる。今日より、およそ三年ののち、あらゆる迷宮から魔物たちが溢れ、地上を襲う」


 コメント欄を通じて人々が混乱する様子が分かる。

 無理もない。

 外にいれば安全だと思っていた迷宮が、急に脅威となると言われたんだから。


「防ぐならば、迷宮内の魔物を狩り、迷宮の内に蓄えられた魔力を発散させなければならない」


 始めはただ事実だけを伝える。

 既に必要な事をスレッドに書き出している者もいるようだ。


「ひとたび魔物が溢れれば、瞬く間に汝らは殺され、地上が魔物たちの楽園となろう」


 迷宮の支配から放たれた魔物たちには、食料が必要だから。

 弱く数の多い人間なんて、恰好の餌だ。


「死にたくなければ、守りたいモノがあるのならば、抗え、人の子らよ。私の見定めた長たる者たちは、既に準備を始めている」


 魔法を使って各地の始祖や王の顔、名前、率いる地域を映し出す。


「この者たちの下で手を取り合い、明日を掴みとるのだ!」


 伝えるべき事は、全て伝えた。

 あとは人間たちの反応次第。


 コメント欄に目を通し、確認する。


『あ、この人知ってる』

『まじか、やるしかないか・・・』

『この一か月ってもしかしてハロさん準備してくれてた?』

『あー、納得。この人に任せるならうちは安心だな』


 概ねは大丈夫そうか。

 この数か月で平和ボケした日本人も意識が変わったのだろう。

 

『戦うの怖い』

『後方支援もあるから大丈夫』

『無理無理無理無理』

『守ってくれよハロさんメチャクチャ強いんだから出来るだろ!』

『なんで俺たちがそんな危ない事しなきゃいけないんだよ強い奴がやれよ!!!!』

『お前が全部すればいいだろ?』


「……は?」


 凪いでいた心に、波が生まれた。

 

 荒れ狂う。

 私の胸の内を示すように、保有する魔力が爆発する。


 さながら火山の噴火だ。

 吹き出した魔力が衝撃波となって周囲の雲を吹き飛ばす。


 怒りの波動が、日本の南北東西の端にまで届き、覆う。


「貴様らは私に、貴様らの奴隷になれと言うか? 縋り付けば助けてくれる、都合の良い神擬きになれと言うか?」


 より低く、重くなった声が、意思が魔力に乗って地上を抑えつける。


『そ、そうは言ってないだろ!』

『ただ助けてくれって!』


「自惚れるな、顔も知らぬ愚者よ。何故私が、自ら生きようとしない者を救わねばならない?」


 更に増した圧力に、大地が悲鳴をあげる。


 ああ、ダメだ。

 抑えないと。

 恐怖政治は、効率が悪い。


 未だに喚く愚かな甘えん坊どもはブロックする。


 言葉を一度切り、細めた目を伏せ、そして見開く。


「剣を取れ、人の子らよ! 己が守りたいモノの為に!」


 声を張り、放出した魔力に作用して人々の心を奮わせる魔法を発動する。


「自ら未来を勝ち取らんと手を伸ばすならば、この槍と龍の誇りに賭け、その手を掴もう!」


 白く輝く愛槍を水平に握り、突き出す。

 そして一振り。

 

「臆せず踏み出しなさい、勇気秘めし者たちよ。人の未来は、その先にのみある」


 静かに、しかし強い声で告げ、私は配信を終了した。


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