第29話 龍の在り方

 はい、やってきました渋谷迷宮前。

 朝日が眩しいね。


 ん-、今のところ絶影君の気配はなし。


 よし、それじゃあ配信開始っと。


「ハロハロ、八雲ハロだよ」


 カメラのある後ろへ向かって軽く手を振りながら、迷宮に向かって歩く。

 ここでダラダラやっても仕方ないしね。


『ハロハロ』

『おはようございます。早いですね』

『ハロちゃんちすちす』

『ハロハロ。昨日はありがとうございました!』


 お、渋谷の件でヘルプ出してた人。

 スレッドの方にもお礼の書き込みあったらしいけど、私は確認してないんだよね。


「気にしなくていいよー。あれから何も無かった?」


『はい! おかげさまで!』

『昨日? 何かあったん?』

『助かったマジで』

『絶影君イッパが魔人になって暴れてたんだよ。そこにハロさんが来てソッコーで解決してって』

『ほえー。さすハロ。サンガツ』


 ん、コメント欄がテンプレやり取り始めた。

 注意してもいいんだけど、こんな世の中だし好きにさせたげよう。

 どうせすぐ流れるし。


 なんて話してる間に転移陣のある隠し部屋に到着。


「そんじゃ、三十階層に飛ぶよ。面倒だし、守護者のあとスタートで」


『はーい』

『今日は蹂躙なしか』

『新しい魔物いるかな』


 もうすっかり慣れた操作で転移先を選ぶ。

 一瞬の視界暗転を挟めば、そこはもう地下深くの三十階層です。


 まあ、これも亜空間みたいなところに存在してるんだろうから、厳密には地下じゃないかもしれないけど。


 さー、気張って行こう!


『相変らずサクサク』

『たぶん、雑魚的もこんな紙防御じゃないよな』

『ああ ハロさんの攻撃力がおかしいだけ』

『次何階層だけ?』


「えーっと、四十階層かな」


 早いねー。

 なんか敵が少なかった気がするし、余計に。


 ちなみに新しい敵はハイエナ頭の人間でした。

 美味しい魔物はどこ?


「あ、四十だね。守護者の部屋の扉だ」


『もうボス戦かー』

『守護者はどんなハイエナさんだろう』

『ハイエナ確定なんだ』

『十中八九そうだろ』


 まあ、そうだろうね。


 さて、行きますか。

 今回はちょっと試したい事があるんだけど、いけるかなー?


「それじゃあ、ご開帳ー。あーそびましょっと」


 人間には少し重たそうな黒鉄の扉を押し開く。

 この観音開きの重厚な扉は、雰囲気があって割と好き。


 て、おろ?


『留守だな』

『留守ですね』

『留守じゃん』


「留守だね?』


 えー?

 そんな事ある?


 いつもの洞窟なんだけど、主不在。


「あ、リポップ」


 色々考えてたら守護者さん、再召喚された。

 へー、そんな感じで召喚されるんだ。


 なんか力が部屋の中央あたりに集まったと思ったら、魔法陣が形成された。

 夜墨を召喚するときに似ているけど、ちょっと違う。


 召喚というよりは、形成?


『やっぱりハイエナか』

『またゴツイな』

『ハイエナの頭に人間の体。うん、予想通り』

『ハイエナって英語でなんだ?』


「ハイエナじゃない?」


 観察もほどほどにコメントへ反応しておく。

 こいつの名前決めたいんだろうね。


『じゃあワーハイエナか』

『ワーハイエナ……、まあ、うん』

『分かりやすさ優先!』


 私としては何でもいいから、ワーハイエナでいいかな。


 あちらは待ちくたびれたのか、牙を剥きだしに唸りながら私が部屋に入ってくるのを待っている。

 そろそろ行ってあげようか。


「じゃ、行くよ。ワーハイエナ戦」


 今更アレに緊張感は感じない。

 散歩するくらいの気持ちで、彼の領域に侵入する。


 境界線は、扉のあったところ。

 そこを踏み越えた瞬間、ワーハイエナは飛び出した。


 ふーん、まずまずの速さ。

 けどまだ遅い。


 ひっかき気味に振り下ろされた腕を半歩横にズレて避け、鼻先にデコピン。

 ワーハイエナは大きく仰け反り、後ずさる。


 軽くしただけだけど、鼻先は基本的に哺乳類の弱点だからね。


 あ、怒った。


 ほー、これは。


『なんか画面越しでもやばそう』

『クラウチングスタート?』

『四つん這いって明らかに突進の構え』


 突進はそうなんだろうけど、脚に魔力が集中している。

 たぶん、彼の最大出力。


 これなら、私の肌を赤くするくらいの威力は出るだろう。

 内出血程度とは言えダメージはダメージだ。


 これが丁度いいかな。


「ちょっと試したい事あるから、あれ、受けるよ」


『マジか』

『でもハロさんなら平気な気がする不思議』

『分かる、安心感』

『龍だしなぁ・・・』


 そうそう、何の心配もいらない。

 あの攻撃に関してはだけど。


 試したい事はちょっと危険な可能性がある。


 使うのは、たっぷり保有しているsp。

 十万位でいいかな。


 前に絶影君が変な薬を使ってドーピングしてたけど、アレに近い。


 spは私たち龍が干渉する根源的な力、魂力の値だ。

 前にも説明したように、能力値は素の肉体の能力とこれによる強化分の合計。


 けど、普段交換に使うspは魂の器の外に保存された余剰分でしかない。

 余剰分と言っても器に保有できる魂力の総量には関わってくるらしいけど。


 兎も角、考えたんだ。

 元々の魂力の配分を弄るのが危険なら、余剰分を後付けするのみだったらどうだろうか。


「つっ……」


 根源的な力である魂力に干渉し、それを肉体に纏う。

 龍としての力が無いと出来ないから、リスナーたちに説明する気は無い。


 あちらさんも準備は万端か。

 さあ、どうかな?


「おいで」


 手の平を上にして招き、煽る。

 魔物である彼にこれが通じたかは分からないけど、直後、地面を蹴るのが分かった。


 スピードは、始めの倍ほど。

 それだけで威力が跳ね上がっているのが分かる。


 背をこちらに向けてきた。

 純粋なタックルだ。


 瞬きの間に私とワーハイエナの距離がゼロになって、衝突する。

 肉と肉のぶつかる音。


 中々の衝撃が伝わってくる。


 しっかり踏ん張ったから吹き飛びはしない。

 ビクともしなかった私に、ワーハイエナの目が見開かれる。


 あーあ、最低限の自我か。

 それは、ただの隙だよ。


 彼との間に挟み込んだ左腕を返して無理矢理掴み、地面に叩きつける。

 押さえつけたままで右手に魔力を籠め、振り下ろし。


 私の拳は彼の後頭部を捕えて、そのまま叩き潰した。


「ふぅ、終わった」


 コメント欄のねぎらいの言葉に返しつつタックルを受けた左腕を見る。


 真っ白なままの肌。

 赤さはない。


『で、試したい事の方はどうだったのさ』

『結局何を試したのか分からなかった』


「うん、成功したよ。けど、お蔵入りかな」


 思った以上に魂への負荷が大きかったらしい。

 私の奥底で軋む感覚がする。


 本当の本当に最終手段かな、これは。


 まあ、この感覚だけでも収穫だよ。

 魂を知覚出来た。


 そのうち何かの役に立つと思う。


「さーて、ちょっといつもより早いけど、今日の配信はこれで終わりかな」


『守護者倒したしな―』

『お疲れ様ー』

『今日もハロちゃん最強だった』

『おつはろー』


 次の配信はいつにしようかな。

 気が向いたらでいいか。


 あ、そうだ。

 一つ言っておかないとね。


「私は、まだまだ配信を続けていくし、戦闘に関しては隠すつもりがない。見せられる限りは見せるつもり。もし何か聞きたい事があったら、何でも聞いてね」


『はーい』

『よく分からんけど了解』

『たすかる』


 うん、彼ならこれで分かるよね。


 どうせ見ているんでしょ? 絶兄。

 智謀の限りを尽くした戦いも私好みではあるけど、今回はそうしない。


 情報はあげるよ。

 だから、君の出来得る限りの謀略で以て挑んでおいで。


 私はそのことごとくを力で以てねじ伏せるから。


 だって、私は龍。

 傲慢の象徴であり、絶対強者たる存在。


 さあ、たくさん遊ぼう。

 私に本気を出させてちょうだい。


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