第5話 初めてのお掃除
⑤
自動ドアを手で開けても、チャイムはならない。
「嫌、やめて……!」
「そう嫌がんなって。気持ちよくしてやるからよ」
店の奥から聞こえてくる。
棚が多いし薄暗いピンクの照明だし、狭いしで歩きづらい。
さっき見えた男は最低四人。ぱっと見は真面目そうなのもいた。
「ついでにspも五百くらい貰えんだぜ? お互い得じゃねぇか」
へぇ。思わぬ情報。でも要らない情報。
「誰か、嫌、助けて……」
「ちっ」
肉を叩く音。龍の耳にはよく聞こえる。
殴ったか。
「無駄だって分かんねぇのか。大人しくしてたらお互い気持ちよくて、spも大量に手に入るんだ。黙って足開いてたらいいんだよ」
ああ、うん、ダメだ。
その感情を自覚するのと同時に棚同士がぶつかって拉げる大きな音が響く、
あんまりにイラっとしたから、力任せに払いのけてしまった。女の子も巻き込むかもしれないからと素直に棚を避けていたけど、無理。
「な、何だ!?」
魔物が入ってきたと思ったのか、慌てた様な声が聞こえる。その前に姿を現して、感情を殺した視線を下半身を露出している彼らに向けた。
「四人だけ?」
「あん? 何だてめぇ?」
少し広くなった辺りから訝し気に、けど安心したような視線を向けてくる男たち。その後ろで服を破かれた女の子がコクコクと頷いている。
まだ手は出されて無さそう。高校生か、大学に上がりたてか、それくらい。男たちも大学生くらいかな。
「あんだ? 一人でこんな所に来て、お姉さんもそういう目的か?」
さっきとは別の男が下卑た笑みとねっとりとした視線を向けてくる。足から顔に、そして胸へ。気色悪い。
まずは女の子を逃がしてあげないと。
適当な服を交換して、と。
「着替えか? いいね、乗り気じゃん。どうせなら顔も見せてくれよ」
これでよし。
何か
無言の私に気圧されたのか、女の前にいたのが横に避けた。
「行っていいよ。これ、あげる」
服を渡すと、女の子は訳が分からなそうに私と腕の内の着替えとを交互に見る。
まあ、混乱するよね。こんな状況で、いきなり現れた仮面の知らない女に服を渡されて。
「おいおい、勝手に話を進めるんじゃねぇよ。その女も喜んで身体を差し出してるんだ」
「そうは見えないけど?」
「これからそうなるんだよ」
何言ってるの? この人。話が通じそうなのは見た目だけ?
「なんせ、こいつらが今生きていけるのは俺たちのお情けだからなぁ。しかもヤルことすればspまで貰えるんだぜ?」
「……馬鹿でしょ?」
「あ?」
おっと、思わず。
せめて日本語くらいは正しく使ってほしい。
とりあえず、女の子の腕を掴んで引っ張り上げ、立たせる。
「私は大丈夫」
「ち、人が下手に出てりゃ舐めやがって!」
こいつ、言葉の意味わかってるの?
問答をしても無駄ね。あちらも銃やナイフを出して、完全にその気。なるほどね、ヤの付く人たちに良いように使われて増長してるお猿さんってわけか。
「ひっ……」
「お前ら、ころす――」
「邪魔」
「――ぶべるぁ!?」
よし、尻尾アタック顔面にクリーンヒット。見た目だけ真面目君が吹き飛んで棚にぶつかって、また大きな音が鳴る。
「ほら、じゃあね」
ゴミたちを睨みつけながら女の子は背を押し出すと、そのまま入口の方に走っていく。
「あの、ありがとうございます!」
これでミッションコンプリート、なんだけど。うーん……。
「くっ、そ……」
あの見た目真面目君、意外と丈夫。沢山魔物を倒したのかな。
そうすると、これからもドンドン強くなるんだろう。
「こんなゴミどもが、ね……」
うん、決めた。
「お掃除しよう」
言い終わるのと同時に槍を取り出し、一番手近にいた男の間抜け顔を袈裟の向きに斬る。周囲の棚も纏めて切ってしまったが、どうせもう使われない。
「は?」
続けて空いた手で二人目の心臓を貫いた。手刀を抜くと同時に血があふれて、私の白い肌を伝う。
良かった、黒い服で。返り血が目立たない。
「な、なん……」
恐怖で上手く声が出ないらしい。
知らないけど。
魔力を消費して念じると、男の足元から白い火柱が立ち昇った。彼は悲鳴を上げる間もなく一瞬で燃え尽きて、炭になる。ゴミはゴミでも燃えるゴミだったみたい。
あ、商品に燃え移っちゃった。まあいっか。
火の手はすぐに回って、私と生き残った見た目だけ真面目君を囲む。常人ならすぐに酸欠になるか、熱に肺を焼かれてしまいそうな勢いだ。
実際彼はだらだらと汗を流しているけれど、私は特に何とも感じない。
「くそ、せっかく、こんなとこで、くそっ! 道連れにしてやる……!」
彼が銃口をこちらに向け引き金を引こうとしているけれど、敢えて無視。なんとなく、確信があったのだ。
破裂音がなり、薬莢から放たれた銃弾が迫ってくるのが見える。
思った通り、相当な動体視力。体力と知力、両方が関わっているのかな。
私の心臓があるだろう辺りに突き進むそれに、私は一切の恐怖を感じられない。
つまりはそういう事なんだろうけど、一応、槍を持たない血濡れの左手を前に出した。
弾頭は手の平に当たり、そして鈍い音と共に弾かれる。うん、やっぱり。銃では龍の鱗は貫けない。
「ばけ、ものめ……!」
「女性に向って失礼ね。そんなんだから、モテないんだよ」
私の言葉がちゃんと届いたのかは知らない。言い終わる前に尾が心臓を貫いたから。心臓を撃たれても一分くらいは意識があるらしいから、届いたんじゃないかな。
まあ、どうでもいいか。
尾に吊るされる生ごみを火にくべて、店の入口へ向かう。ここで何があったかを知るのは、もうあの女の子だけ。
変な人間関係は出来ないでしょう。
良かった。これで心置きなく、迷宮配信が出来る。
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