世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~

嘉神かろ

第1話 社会人生最後の日

 さっきまで良く見慣れた自室だった筈の、見慣れない白い部屋。その中央に鎮座していた宝玉に手を触れた瞬間、白を一層明るく染め上げる閃光が私を包む。

 何かが私の内側を探るような感触がして、気が付くと、私はそれまでと全く違う私として、そこに立っていた。


◇◆◇

 もし、現実逃避じみた妄想が現実になったなら。なんて考えたことのある人間は、意外に多いんじゃないかって思う。朝起きたら異世界に転生していないかとか、突然事件が起きて学校や仕事が休みにならないかとか、あわよくばチートな能力を手に入れたり事件を解決してヒーローになれたりしないか、みたいな。

 当然考えるばかりで、それが本当に現実になるだなんて思う人は稀だと思うけど。


 かく言う俺もライトノベルを読みながら、自分の家にダンジョンが出現したり魔物で溢れる世界になったりしないかななんて、時々考えたことがある。あるわけが無いけれど、って。


「それが現実になっちゃうんだからなぁ」


 思わず呟いた俺の足元には、白目を剥いて倒れる巨大な鼠。ヌートリアよりももっと大きな、ライオンぐらいありそうな鼠だ。その頭部は俺の持っている鉄パイプと同じ形に凹んでいて、頭蓋骨が砕けているのが分かる。


「十二SPエスピー。まだコップ一杯分の水くらいなら交換できるな」


 今までの日常とあまり変わらない光景の中にこれだけ巨大な生き物の死体が横たわっていると、なんだか奇妙な心地がする。襲い掛かってくるこの巨大鼠と戦うのには慣れてきたけれど、非日常感は否めない。怖いし。


 でも何より現実感が無いのは、今目の前に浮かんでいるこのステータス画面だろう。まるでゲームだ。

 右上に表示されているSPソウルポイントと引き換えに色んな物を交換できるあたり、余計に。

 まあ、インフラが死んだ今これのおかげで生きていられるんだから文句は無いけど。世界がこうなってから一週間くらいは大丈夫だったんだけどな。


「ログボと合わせたら今日の稼ぎは五十。貯金も含めて三百。おにぎり二つと水を交換したら、百spは残るか……」


 日付が切り替わるタイミングで三十sp貰えるのはログインボーナスみたいだって思ってそう呼んでいる。コップ一杯の水と不味い保存食に交換するのに少し足りない位のポイントだ。

 ただ、この交換ポイント、現在位置周辺での入手難度に合わせて増減するみたいで、いつまでも今と同じspで水や食料を得られるか分からない。十月だし、保存に関してはまだ大丈夫だが、今後を考えたらもう少し貯金した方がいいのかもしれないけど……。


「いや、今日は休息日にして帰ろう」


 保存食はまだある。体力がないんだから、無理をして体調を崩す方が危険だ。

 視線を右上のsp欄から左下に移すと俺の能力値が並んでいて、『体力』の文字の横には、Eというアルファベットが鎮座している。


「はぁ……」


 うん、体力が無いのは知っていたが、こうして評価として表されると正直凹む。他に知力、器用、魔力と並んでいるこの能力値、ネットが生きていた頃に調べたところ、Fが最低値なようだった。近所の友人知人とすり合わせた情報からしても間違いないと思う。つまり、Eは下から二番目だ。Fの評価が出ていたのは子どもや病人ばかりだったし、体力的には有利な男だって事を考えたら、実質最低値なんじゃないだろうか?

 筋力やら持久力やらの総合値と予想されていたけど、俺、そこまで貧弱か? 貧弱、なんだろうな……。まだ二十三歳なのに……。


 他の能力値は知力がB、器用がC、魔力がBとなっていた。これらはかなり良い数値、だと思う。ネット上だと、天才と言われてるような有名な科学者でさえ知力Bばかりで、Aは一人二人だった。魔力がよく分からないけど。


 魔法は、今のところ確認していない。世界がこうなった翌日にはもうネットが使えなくなっていたから、実際使えるようになった人がいても分からないけど。


 ちなみにレベルの概念もあって、三レベルに上がっているが、能力値に変化は見られない。


「とりあえず、明日は情報のすりあわせか。spの新しい獲得手段、何か分かるかな」


 料理を作るとか、実用性のある薬草を採取するとか、そんな事でもspは手に入るっていうことは分かっているけど、一ポイントや二ポイントで微々たるものだったから。結局こうして外に出て、化物、魔物って言われてる生き物を狩るのが一番効率良いっていうのが現状。正直しんどい。


 せっかく面倒な社会のしがらみから解放されるかもって正直期待してたけど、見事に裏切られたな。明日の集まり、面倒……。


 なんて考えてるうちに、もう家だ。東京二十三区内の外れの方にある何の変哲もないアパートで、落ち着いた街だし、便利だしで気に入っている。デパートや学校なんかに集まって共同生活してる人たちもいるって聞いたけど、今のところ自分の家から出るつもりはない。

 がちゃりと聞きなれた音を立てながら玄関の扉を開く。

 

 突然だった。家に入り、靴を脱ごうとした瞬間だった。


「ただい、まぁあ!?」


 地震とは違う、空間そのものが揺れているような、不思議な感覚。立っているのも難しくて、すぐ横にある筈の壁に手を突こうとする。


「うぇ!? 何で!?」


 けどそこに壁は無くて、預けようとした体重はそのまま地面に向かう。

 なんとか足を前に出して踏ん張った。足の裏に感じるのは覚えのあるタイルの床の感触では無くて、もっとすべすべの、石、そう大理石みたいな。


 不意に揺れが収まった。

 灯かり代わりに使っているアロマキャンドルの匂いがするから、自分の家のままなんだとは思う。

 けど、見える光景がそれを否定してくる。


 壁も床も天井も、真っ白で凹凸の無い立方体の中のような部屋だ。壁や天井そのものが光を発しているのか、眩しいくらいに明るくて、影がない。遠近感が狂いそうになる。

 その中央には円錐状の台座があって、ハンドボール程の大きさの宝玉が一つ、鎮座していた。


 後ろを見ても玄関の扉は無い。代わりに、上へと続く灰色の石の階段があった。


 唾を飲むごくりという音が嫌に大きく聞こえる。


 何が何だか分からない。けど、本能が、自分のすべきことを訴えていた。

 その感覚に従って宝玉に歩みより、手を伸ばす。右の手の平から伝わるのは水晶玉のような冷たい、すべすべとした感覚。


 直後、俺の視界は白よりも尚濃い白に染まった。


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