第5話 ぼくんちは幽霊屋敷
数日後、お父さんの就職が決まった。結局、田舎は給料が安いからって、東京の会社へ勤めることになった。でも、土日だけは田舎に戻ってきて、ぼくたちと一緒にすごすんだって。こんなことなら会社を辞めなければよかったとお父さんはずっとグチグチ言っていた。
「お父さんだけ逃げるなんてズルいよ、私も東京に住みたい!」
お姉ちゃんは、とても怒っていた。
「逃げるわけじゃないよ。来年高校に受かったらお父さんと一緒に住めばいいじゃないか。もうすこしの我慢だろ」
「お姉ちゃんばかりずるいよ!」
今度はぼくが怒ると、お母さんも不安そうな声でお父さんを責めた。
「ミソラが東京に行ったら、この家はリュウタとおじいちゃんと私の3人になっちゃうじゃない。それじゃあ寂しすぎない? 怖いし……」
「そんなこと言っても仕方ないだろ……」
いつのまにか、家族全員がこの家のことを嫌いになっていた。いや、おじいちゃんはそうでもないかもしれないけど。
一週間後、お父さんの初出勤の日が来た。これでもう来週までお父さんは帰ってこない。久しぶりのスーツ姿のお父さんをお母さんが車で駅まで送って行こうと家を出ようとした時だった。なぜか道路に出る直前で車は停まり、お母さんが困った顔をして運転席から降りてきた。ちょうどミツナリくんが一緒に学校へ行こうとぼくの家の玄関のところまで来ていたから、その様子をぼくたちは二人で見ていた。
「ねえ、リュウタ。おばさんの車、途中で止まっちゃったよ?」
「そうだね、どうしたんだろう……」
ミツナリくんと一緒に車のところまで走って行くと、お母さんは道路の真ん中に転がったタヌキの死骸を見て呆然と立ちつくしていた。
「よりによって、ウチの前で死ぬなんて……」
お父さんも車から降りて、お母さんの横に並んだ。
「このタヌキ、かわいそうに、トラックにでも轢かれたのかな……。でも、まいったな、これじゃ車が出せないよ」
「ねえ、おじさん! 市役所に電話すると片付けてくれるよ!」
ミツナリくんが笑顔でお父さんに声をかけた。
「おぉ、そうなのか、ありがとう。ミツナリくんは物知りだね。でも、市役所の人を待ってたら会社に遅刻しちゃうなあ……」
お父さんは家からゴム手袋を持ってくるようお母さんに言った。手袋をしてタヌキの死骸を道の端に寄せるんだって。お母さんは「見てないで学校に行きなさい」と言って物置へ駆けて行った。
今日はお父さんが新しい会社に行く日なのに、朝からタヌキの死骸を見るなんてツイてないにもほどがある。これもきっと悪霊のしわざだ。リュウセイくんも、ことあるごとにぼくをからかったり意地悪をしてくるし、先生もぼくのことを助けてくれない。全部、呪われた家に住む悪霊のしわざだ。これから何年もこの呪われた家に住まなければならないと考えたら、朝から気分が暗くなった。うつむきながら歩いていると、ミツナリくんが心配そうに声をかけてくれた。
「暗い顔してるけど、今日はどうしたの?」
家族以外でぼくのことを気遣ってくれるのはミツナリくんだけだ。
「ここに引っ越してきてからイヤなことばかり起こるんだ……」
「やっぱり……」
「えっ、やっぱりってどういうこと?」
ミツナリくんを問いただすと、ぼくの家が幽霊屋敷と呼ばれていることを知っていたようだ。
「知ってたなら最初から教えてよ……」
「ごめん、お母さんが絶対に言っちゃだめだって言うから……」
きっと、この家で自殺があったことを全く知らないか、または、よほどの経済的事情があるはずだから、他人がくちをはさんじゃだめだってミツナリくんは家族から言われていたらしい。
ミツナリくんの話を聞いてショックだった。ミツナリくんが悪いわけじゃないけど、周りの人たちは、ぼくのことを幽霊屋敷の子だと思っているんだ。かわいそうな子って思われているのかもしれない。この学校の何人くらいの子が、ぼくの家のことを知っているんだろう。そのうちリュウセイくんたちに「幽霊屋敷の子」と言われてバカにされるんじゃないかと不安になった。
お昼休みにミツナリくんがサッカーをしようとぼくの席へ誘いにきた。朝のこともあって、外で遊ぶ元気が出ずに迷っていたときだった。とつぜんリュウセイくんがぼくの机までやってきて、みんなに聞こえるような大きな声で言った。
「リュウタ、おまえ幽霊屋敷に住んでるんだって? 聞いたぞ!」
恐れていたことが起こった。一番知られたくないリュウセイくんの耳にまで幽霊屋敷の話が届いてしまった。誰かが学校で言いふらしたんだ。
「誰から聞いた?」
「ミツナリ」
ぼくの心臓に何かがグサッと突き刺さった。でも、すぐには信じられなかった。
「うそだ!」
「本当だよ、オバケリュウター!」
ミツナリくんがリュウセイくんに話したなんてうそに決まっている。ふと横を見ると、ミツナリくんは顔を真っ赤にしていた。
「リュウセイ、うそつくな! ぼくがそんなこと言うわけないよ!」
こころなしかミツナリくんの言い方が、どこかぎこちなく感じた。ミツナリくんは言ってないというから信じてあげたいけど、朝に幽霊屋敷の話をした直後に、リュウセイくんにそのことをからかわれたのは妙だ。もしかして、ミツナリくんが別の友達に話したことが、人づてにリュウセイくんまで伝わったなんてこともあるかもしれない。そんなことを考えていたら、本当にミツナリくんを信じていいのか自信がなくなってきた。
「リュウタ、どうして黙ってるの? ぼくじゃないよ、信じてくれリュウタ! きっとリュウセイは二人の仲を悪くさせようって思ってるんだ!」
ぼくがずっと黙っていると、ミツナリくんは悲しそうな顔をして、ほかの友達と校庭へサッカーをしに行ってしまった。リュウセイくんは、休み時間の間ずっと席の周りで「オバケリュウタ」と言ってぼくをバカにした。無視して黙っていると、まるで幽霊みたいだと笑った。この前の田んぼの仕返しをするかのように、授業が終わって帰る時間になってもぼくにまとわりついてからかってきた。ついに悔しくて涙が出てきてしまった。
「先生! リュウセイがリュウタを泣かした!」
女子がコテハシ先生を呼ぶ声が聞こえた。すると、職員室に行こうとしていたコテハシ先生はすぐさま引き返して、リュウセイくんを呼びつけて叱った。もっと叱られればいいのにと思って見ていたけど、思ったよりもすぐにリュウセイくんは解放された。しかも、笑いながらいつもの二人と帰って行った。
「リュウタ、泣くな」
コテハシ先生がぼくのところに来て厳しい口調で言った。ぼくは黙っていた。
「おまえ、この前リュウセイを田んぼに落としたこと、ちゃんとやまったか?」
ぼくは小さくうなづいた。田んぼに落ちたリュウセイくんを引き上げる時に、ちゃんと「ごめんね」って言ったことを覚えている。
「うそをつけ。先生言っただろ。月曜日にちゃんと教室であやまれよって」
確かに教室で謝ってはいない。でも、どうして二度も謝らないといけないんだろう。リュウセイくんがぼくを突き飛ばして田んぼに落としたときは一度だってぼくに謝ってないのに。
ずっと黙っていると、コテハシ先生はますます厳しい口調になって、ぼくのことを叱った。
「リュウタ、おまえのそういう態度が良くないぞ。田舎だからってバカにしてるのかもしれないけど……。東京の学校ではそれでよかったかもしれないけど、田舎の学校には田舎の学校のやり方があるんだ。ちゃんと相手と向かい合うことがだいじなんだぞ」
悪いのはリュウセイくんなのに、今日もまたぼくが叱られた。悔しくて、リュウセイくんに悪口を言われた時よりもたくさんの涙が目にあふれてきた。一通り話し終わると、コテハシ先生は近くで心配そうに見ていたミツナリくんに、一緒に家まで帰ってやりなさいと言って、肩をポンと叩いた。
家への帰り道、ぼくはシュンとしたまま何もしゃべらずにミツナリくんのうしろを歩いた。ミツナリくんは、ぼくを励まそうとして、野球やゲーム、いろんな話をしてくれた。おかげで気持ちが晴れてきて、だんだんと笑顔で話せるようになった。
「今日、リュウタんち寄って、一緒にゲームやっていい?」
ミツナリくんは笑顔でぼくを見た。前から約束していたことだったけど、転校してきたばかりで気持ちに余裕が無かったり、土日は家庭菜園を手伝ったりで、なかなか二人で遊ぶ機会がなかった。だから、とてもうれしかった。でも、寄り道して怒られないか心配だった。
「今日は寄り道したって大丈夫だよ、だって先生に家まで送ってやれって言われたんだから!」
「そうか、じゃあ、お母さんにも言い訳ができるね!」
「うん!」
はじめて友達と一緒に家で遊ぶことができるんだと思ったらウキウキとした気分になって、さっきまでのいやなことを全部忘れてしまった。
でも、もうひとつだけ心配なことがあった。それは、ぼくの家は幽霊屋敷と呼ばれているだけでなく、本当に幽霊が住んでいるということだ。それも、白い顔をした女の子の悪霊だ。ミツナリくんの前に幽霊があらわれたら、もう二度と遊んでくれなくなるかもしれない。
不安を抱えたまま家に着くと、庭でひなたぼっこをしていたおじいちゃんが「よく来たね」とミツナリくんを歓迎した。玄関に入ってお母さんを呼ぶと、お母さんも笑顔でミツナリくんを家の中へ迎え入れてくれた。これから居間でゲームをして遊ぶんだと伝えると、お母さんの顔がこころなしか引きつっているように見えた。
さっそくゲームをはじめると、5分くらいしてお母さんがオレンジジュースを2つ持ってきた。
「学校帰りに寄り道して大丈夫?」
お母さんがやさしくたずねると、ミツナリくんはわき目も振らずにゲームをしながら答えた。
「うん、コテハシ先生がリュウタくんを家まで送ってくれって言ったから大丈夫」
「へえ、そうなの。でも、どうして今日に限って?」
ミツナリくんは、いったんゲームを中断しようと言って、手に持っていたコントローラーをテーブルに置いた。ぼくたちは出されたオレンジジュースを手にとって口にした。ミツナリくんが「話していい?」と聞くので「いいよ」と返した。
ミツナリくんは、クラスにリュウセイくんという意地悪な子がいて、ぼくとケンカしたことや、そのあと先生に悪くないのに怒られたことをお母さんに話した。
「まあ、そんなことが? リュウセイくんってどこの子かしら?」
「リュウセイくんは、お父さんがすごく怖い人なんだよ!」
「まあ、それって、まさか、ヤ……」
「町長さんの次の次くらいに町でえらい人だって、うちのお母さんが言ってた」
「あぁ……、ということは議員さんとかやってるのかしらね?」
「あと、家を建てたり売ったりして、外車にも乗ってる!」
話を聞くかぎり、リュウセイくんのお父さんはすごい人のようだ。ぼくは驚いてミツナリくんに聞き返した。
「そうなの? ほんとうに? どうして教えてくれなかったの?」
「どうしてって、聞かれなかったから……」
ミツナリくんは普段はあまりしゃべらないけど、いろいろなことを知っていた。そのあと、二人でゲームをしながらリュウセイくんのむかしの話をたくさん聞いた。小学1年生のときから威張っていたこと。小学5年生の時には担任の若い女の先生を泣かしたこと。むかしからリュウセイくんはやんちゃな子だったんだ。
ところが、それだけリュウセイくんのいやなところを知っているミツナリくんが、とつぜん意外なことを話し出した。リュウセイくんと仲よくしたほうがいいよと言うんだ。どうしてって聞くと、帰り道でジュースをおごってくれたり、公園で別の小学校の子に意地悪された時、追い払ってくれたりしたこともあったからなんだって。ふだんは意地悪したり、からかってきたりするけれど、たまにやさしいときもあるみたいだ。
でも、ミツナリくんの言い分はちょっとおかしい。
「いくらジュースをおごってくれるからって、ぼくは意地悪してくるやつは大嫌いだ!」
強い口調で言うと、ミツナリくんの表情が曇った。
「でも、お母さんがリュウセイと仲よくしろっていうんだ……」
リュウセイくんのお父さんは町の偉い人で、将来はリュウセイくんがその仕事を継いで偉い人になるらしい。だから、ミツナリくんはお母さんに「仲良くしなさい」って言われているみたいだ。しかも、このあたりの人は、たいていリュウセイくんのお父さんの会社に家を建ててもらったみたいで、台風や災害のあとに家を直してもらったりしてくれるから感謝してるんだって。
「それにリュウセイのお父さん、土地とか山も買い取ってくれるんだよ。だから、おじいちゃんにも仲良くしておけって言われてるんだ!」
「それはちがうよ! だったら仲良くしないといけないのはリュウセイのお父さんだ! リュウセイは意地悪だから、仲良くなんかできないよ!」
さっきよりも強い口調で言うと、ミツナリくんはついに怒り出した。
「なんだよ、教えてくれって言うから色々教えてあげたのに!」
ミツナリくんはゲームのコントローラーを投げ捨てて、ぼくのことをにらんだ。すると、隣の部屋からガタンという大きな音がして、ぼくらは二人して「わっ」と声を出して驚いた。また神棚が落ちたみたいだ。なにがあったのと不安げにたずねるミツナリくんに、どんな説明をしようかと迷っていると、今度は居間の窓をコンコンとノックする音が聞こえた。もちろん窓の外には誰もいない。深夜のビデオ映像に映った白い顔をした女の子のことが頭をよぎると、ぼくは思わず「うわあーっ」と大きな声で叫んでしまった。
ぼくの声に驚いたミツナリくんは、おびえた顔で「帰る」と言って逃げるように家から出ていった。庭で家庭菜園の世話をしていたお母さんが、家から走り去っていくミツナリくんを見て、驚いて居間までやって来た。しかし、ぼくに事情をたずねる前に、「あぁ、またこれのせいね」と言って畳の上に散らばった神棚とお札を見てため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます