第10話 新しい魔道具の製作1
芽吹きの季節から成長の季節に変わるころには、エミーからの最初の手紙が届いていた。
俺の住所は分からないから、孤児院のシスター長に俺の奉公先に届けて欲しいと頼んだらしい。
最初の手紙には、領主館の皆さんはとても良くしてくれて毎日が楽しいこと。
魔術師の指導には宮廷魔導士さまが来てくれたこと。
自分には治癒魔法に必要な水魔法と土魔法の資質が強いことが判ったこと。
ミラはといえば火魔法と風魔法の資質が強く出ていて、彼女も毎日楽しそうに訓練に励んでいること。
そんな事が便箋に所狭しと書かれてあった。
それからは1つの季節をまたぐ頃に、エミーからの手紙は定期的に送られてきた。
その後も、何属性の初級魔法が何とか発動できるようになったとか、魔力量が増えていることだったり、手紙が着く毎に魔術師として必要な技術を着実にマスターしているのが良く分かった。
こちらからは、自分はルナの町の魔道具屋に奉公に出たこと。
魔道具屋で魔道具の修理や勉強が楽しくやっていること。
見習い騎士養成所の入所試験に、ジムがとてもいい成績で合格したことなどを手紙に書いて送っている。
マルコさんの家に来てから早いもので、もうすぐ1年になろうとしている。
エミーたちも頑張っているようだし、俺も何か新しい開発品を手掛けたいなと考え始めていた。
二人の娘さんは相変わらず、俺にチョッカイを出してくる。
「あのね、アルお兄ちゃん。ティナは来週で8歳になるんだよ」
もうすぐ誕生日らしい。
(ちゃんと誕生日があるのは羨ましいな。誕生日のお祝いに何か美味しいものを作ってあげるかな)
俺は日本の知識をもとに、たまにお菓子類を作ったりしている。
エレノアさんには、俺に台所も食材も自由に使っていいと許可ももらった。
最初に作った小麦粉を使ったクッキーを気に入ってくれて、それからというもの、何か珍しいものを作ってくれないかと期待されている訳だ。
(砂糖は結構高いのに……)
ティナちゃんの誕生日には、プリンを作ってみることにした。
この国に生クリームは無いけれど、近隣の酪農家が毎朝牛乳を搾って市場に売りに来ている。これが結構濃厚なので生クリームの代用になるんじゃないかと思う。
卵も同様に、近隣の農家が野菜などと一緒に売りに来ているのでこれらを購入できる。
ティナちゃんの誕生日の当日、エレノアさんに材料を揃えて貰った俺はプリン作りに挑戦しているが、ちょっと失敗もあった。
砂糖でカラメルを作る際、火が強くて黒っぽくなってしまったのだ。
(これじゃあ、少し苦くないか?)
そう思ったのだが、この国では砂糖は貴重品のため、作り直すわけにはいかない。
この国のコンロは薪を入れて燃やすタイプだから、火加減の調整がなかなかうまくいかないのだ。
牛乳の生地の臭みは、樹液を使って臭いをとる。良い匂いがする樹液も数種類あって料理用に使われている物を使った。
何とかプリンを完成させたのだが、カラメルがちょっと苦くなってしまった。みんなは喜んでくれたが、俺はティナちゃんに申し訳ない気持ちだ。
「お兄ちゃんが私の誕生日に作ってくれたぷりん? とっても美味しかったよー。私、一生忘れないよ!」
「お姉ちゃんだけずるいー、リサの誕生日にも作ってよねー」
リサちゃんの誕生日はというと、だいぶ前に済んでいる。その頃はまだここに来たばかりで余裕がなく、彼女の誕生日には何も出来ていないのだ。
「じゃあ、次のリサちゃんの誕生日には、もっと美味しく出来るように考えてみるよ」
そのためには、コンロを何とかして火力調整ができるようにしたい。俺は日本の技術者の知識を借りて、魔道コンロの製作を決意するのだった。
早速次の日、俺はマルコさんに相談を持ち掛けた。
「魔道コンロかあ、これが設計図だね」
発火の魔道具の原理を使えば、コンロも出来る筈だと思ったので、外側のケースの製作を鉄板加工が得意な鍛冶屋さんに頼めないかを相談しているのだ。
「これは凄いな! いいかもしれないよアル君! 早速知り合いの鍛冶屋に頼んでみよう。君は内部の組込みの部分をどうするか考えればいいと思うよ」
主要なプログラムというか、魔法陣はほぼ完成済みだ。
外側のケース部分が出来上がったら、魔石をどの様に組み込むかや、火力の調整をどの様に行うかなどを考えて詳細に設計していく。
1週間後、鍛冶屋のガレットさんが魔道コンロのケースを持ち込んでくれた。
(仕事が速いな)
五徳も2つ用意されていて、うまく取り付けられるようになっている。見た目は地球のガスコンロそのものだ。
「マルコさんや、設計図の通りに作ったが、いったいこれは何をする物かの?」
「これは、厨房に置くコンロですね。薪を使わなくても鍋やフライパンを乗せれば下から炎が出てくるように設計されている。このコンロの設計はこの子がやってくれたんですよ」
「やはりそうか、しかしなんと! この子が、これを設計したというのか! ……こんな子供がこの図面を書いたとは到底思えんぞい」
鍛冶屋のガレットさんは長い顎ひげを左手でなぞりながら、不思議そうに俺と設計図を交互に見ている。
「これで何とかなりそうです。中身の魔道回路と魔法陣は大体できていますから、これから組み込んでみたいと思います」
俺は自分の部屋で完成させていた中身を持ち出して来て、それをケースの中に組み込んでいった。
あとは加工された魔石を、魔石入れの中にセットするだけだ。
「魔石の種類と大きさはこれでいいかい?」
魔石は魔物から採れる。しかし、その種類と大きさは様々だ。どのような魔物なのかで色も違っている。
また、魔物から取り出した魔石は、そのままでは魔道具に組み込むことができない。魔石の加工職人に頼んで加工をする事で、やっと魔道具に使えるようになる。
地球の電池みたいに、大きさが決まってるのだ。
「はい、それでいいと思います。でも魔石代が俺にはまだ用意できなくて……」
「大丈夫だよアル君、こんな凄い発明品の開発に携われるんだ、先行投資だと思っているさ」
気前よくマルコさんは魔石を手渡してくれた。有難い。
1時間くらいかかって魔道コンロの組付けが完了した。次は試運転だ。
「では、試しに動かしてみますね」
回転レバーを一旦右に戻してから、左側へ回す。
「カチッ」と音がして、ガスコンロと同じ青白い炎が複数の穴から噴き出した。実は「カチッ」という音は要らないが、地球時代の知識が無性に『音を出せ』と言っているのだ。
「おお! これはよいぞ! 炎も安定しておるし、大発明ではないか!」
ガレットさんも、自分が作った物が一体どのようになるのか興味津々の様子で、ずっと見守ってくれていた。
「アル君! これは売れるよ! 早速明日には商業ギルドに行って、発明権の登録に行かなきゃなんないよ」
この世界には特許権みたいなものがある様なのだ。
発明権の登録をした魔道具と、同じ原理のものを無断では作れない。もし作ってしまうと、処罰の対象となる。
マルコさんの話では、商品が売れるごとに特許料みたいなものが入るという。
黙っていてもお金が入るなんて、なんていい仕組みなんだろうか。
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