ダンジョンに行こう〜この世で最も不思議な奴隷生活〜

どこかのたいちょー

施設

この場所は

 塗装もされていない全てがコンクリート貼りの建物を中心として広がる大きな施設。

 コンクリートの壁で覆われた敷地。


 私はこの場所で生まれ育ってきた。


 ここに居るのは15歳に満たないような子供たちが殆ど。

 そして先生、教員と呼ばれる大人たち。


 最後に私みたいな居残り者。


 この場所で育った子供たちは年齢等に関係なくいきなり"卒業"を迎えていき、殆どが15歳になる前にここから去っていく。


 一人、また一人と。


 どれだけ仲がよく、それが先生に認知されていようとも一緒に卒業することも、卒業した彼らを引き止めることもできなかった。

 



 人間の性能を上げる為だけの学習指針と毎日の死と目を合わせる様な訓練。

 これらを処理するだけのいつもの一日。

 それらを終えた後の自由時間、ここに残っている唯一の家族との時間だけを生き甲斐に私は過ごしている。


――『ねぇラヴィ。ダンジョンって知ってる?そこにはさ、不思議がいっぱいあるんだって』


 こんな言葉とともに一冊の本をくれた私の家族。


 陽気で、たくさんの物を知っていて、私に好奇心をくれた人。

 ずっと笑っていて、いつも私を励ましてくれる。



「ラヴィ……!」


 今日もまた私の部屋に彼がやってきた。


 しかしこの日の彼――ノイアはどうも普段と様子が違う。

 息を切らせ、焦ったように、瞳孔は開き、何かに怯えているような。

 その表情は普段のような明るい笑みではなく、暗く、こわばっていた。

 涙を浮かべ、縋るように私になだれかかってくる。

 

 初めて見る表情。行動。

 あまりにもおかしなその様子に驚いた。


「ノイア?どうしたの?」


 彼からその焦りや恐怖が移ってくる様な感覚。


「ラヴィ。早く、早くここから逃げなきゃいけない」


 尋ねる私に彼は必死にそう言いながらいきなり一枚の紙を私に見せてきた。


「何これ。ほんとにどうしたの?」

「良いから読んで!」


 そうまくしたてる彼におされ手渡された紙に目を通す。


 曰く、

『発注表:以下性別問わず。

 五歳以下100名――

 十歳以下100名――

 十五歳以下50名――

 十六歳以上10名――』

 

 一体何に使うんだろう。


 そこには人間の発注票と思しき内容が書かれていた。


「発注票……?うそ、私達が商品として出荷されてるってこと?」

「そう。そしてこの対象に、ラヴィも入ってる」


 確かにそこには私の名前があった。


 でも、そんなこといきなり言われても信じられなかった。いや、受け入れられなかっただけなのかもしれない。


「きっと何かの間違いだよ。これだって他の子のいたずらだったりするんじゃないの?」

「事実なんだ。僕はこの目で見た。昨晩、この間ここを出ていったはずの上級生が拘束された状態で地下室に居るのを。しかも化け物になってたんだ!」

「……なにかの間違いでしょ?」


 そんなはず無い。それじゃあ今まで出ていった皆はどうなるの?

 きっとまた何か変な本を読んだんだろう。


「笑ってないで良いから見て!」


 私の目の前に彼はペンダントのような物を突きつけ、開く。

 するとペンダントから光が広がっていき、私の目に映る光を塗り替えていく――




 ――不思議な感覚に包まれた。

  空気に触れる感覚はある。鼓膜が捉える揺れもいつもと変わらない。あっちに行こうという意識に従い、進むこともできた。だが何故か体を動かす感覚だけがあまり無い。どうしてなのだろう。


 ここはどこなんだろう。

 眼の前には毎日見る無機質な冷たい一面コンクリートの階段が伸びている。


 ただ、不気味で空間全体の温度がどんどん下がっていくかのよう。

 その空気の冷たさに震えながらも進んでいく。


 下った先には広い空間が広がっていた。

 依然としてコンクリートで覆われているのは変わらない。

 ただ、施設の他の場所とは明確に違う。

 護送車両がたくさん並んでいたのだ。


 時折一部の車両の中から何かが転がるような音が聞こえてくる。


 興味本位からか車両に近づき、覗き込んだ。


――ああ、これがノイアの言っていたことなのか。


 ノイアの言葉を受け入れざるを得なかった。


 中には見知った特徴を持つ人物が拘束具と目隠しをされて座っていた。

 それだけならまだ、まだ良かった。


 彼らの衣服は荒れ果て、上腕部には筋繊維らしきものが露出し、鉄の匂いがしていた。

 硬いはずの拘束具は歪み、それが腕と接触している部分は赤茶色の何かが滲んでいる。

 それだけではない。彼らは転がる肉塊――体中至る所が欠けている子供――に群がりその肉に顔を埋めていた。


 グチャグチャと嫌な音が聞こえてくる。 


 胃が裏返りそうになる。


 やっとこの施設の生活について普段疑問に思っていたことが腑に落ちた。

 死者が出るような訓練を小さな子供にさえ強いていたあの環境はつまりはこういうことだったのだ。


 良質な実験体の生産。そんな言葉が頭をよぎった。


 早くここから離れないと。


 とっさにその場から動こうとしても足が付いてこなかった。

 震えている。


 怖い。どうしよう。


 どうにか足を動かして、その場から離れていく。


 ここで周りの景色がある一点に吸い込まれていき――




――辺りを映し出す光が再び自室のものへと変わった。


「ノイア。私嫌だよ。ノイアと離れたくない。いや……」

 

 彼は震える私の肩を掴み、口角を必死に抑えながら精一杯の笑顔で言う。


「大丈夫。大丈夫だから」


 震える声で言う。


「ねぇラヴィ。一緒にこの施設から逃げ出そう。それでさ、一緒に旅をしよう。行きたいって言ってたダンジョンにも行こう。一緒に冒険をして一緒に不思議なものをいっぱい見ようよ……どうかな?」

 


 そうして私達の脱走計画が始まった。



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