月について

ノーネーム

第1話 Moon River

これは、月に憑りつかれた男の、回顧録である。


2017年、4月14日。金曜日。16歳の春の夜。

その日、私は日中エナジードリンクを何本か飲んでいた。

そのせいか、その時の私の頭は一種の興奮状態にあったのかもしれない。

夕飯は、麻婆豆腐であった。それを平らげ、食後にアイスを食べていた頃。

外から、かなり大きな音で、救急車か、パトカーか、消防車か。

とかくなんらかの緊急車両のサイレンが聞こえてきた。

その時、私はなぜか居ても立っても居られなくなって、外に出た。

外に出ると、焦げ臭いにおいがした。

私はサイレンの音を追いかけて、見知った街中を歩いていった。

ある所で、小学生くらいの男子二人組が、片方は足で走って、片方はキックボードで走っていた。

彼らもサイレンを追っかけているのだろうか。

そう思いながら、私はなおもサイレンを辿っていった。

そして田畑の混じる住宅街に辿り着いた頃、サイレンの主は消防車のものだと、

向こうを通り過ぎる赤い車両を見て理解した。

徐々にサイレンは、私の住む地域より遠くへ過ぎていった。

これ以上追いかけても、無駄だと悟った。

私は目的を失った。だが、その日私は、謎の興奮状態にあったため、目的地を変えた。

近くの大きな公園へと。田園で、空を見上げた。そこには月があった。

巨大な「赤い月」が。

私は、公園への道を辿る道すがら、完全に妄想に憑りつかれていた。

現在、この「赤い月」では、「月面戦争」が行われているなどといった妄想。

歩く最中。その時、私の脳にひとつのフレーズが去来した。

「その日、月が爆発した。」

と。そんな言葉が私の脳に充満した。やがて公園に辿り着く。

公園の駐車場でふらつきながら、月を見る。

公園には、その時、山上に桜がライトアップされており、

誘蛾灯に誘われる虫のように、私は桜の元へと吸い寄せられていった。

山を登り、桜を見る。そこには、存在しないはずの「少女」が立っていた。

桜の花びらが、ひらひらと舞う中。そこには確かに、「少女」がいた。

山から見える湖畔に映る街明かりは、かの水上都市。

私の住む街には水が満ちている。

山から降りる。その時、私は完全に「やられて」いた。

脳内には、6点透視ほどの世界。空に、箒に乗った少女が見える。湖畔は割れ、

中から地下世界が出現する。

月は赤い。私は数年前、自閉(ひきこもること)によって失われたかつての

感受性を、その夜だけ取り戻していた。

すべてが美しく見えた。「惑星」のスケール感を、肌で感じていた。

「惑乱」していた。

壮大な世界を感じながら、私は帰路についた。やけに、月がリアルに、

鮮明に見えた。そんな夜だった。

数日後、雨の日。私は、あるバンドの、「夢灯籠」という曲をコピーしていた。

そしてその深夜、ある病状が出現した。それ以来、私の感受性は地に落ちた。

とにもかくにも、あんな感覚になったのは、あの日だけだった。

もし、人に「一生触れられない夜」というものがあるのなら、

私は、人生で一度だけ、その夜に「触れた」。タッチした。

つまりは、私の「創作」とは、「あの夜の感覚の再現」なのかもしれない。

もう一度、あの夜を再現するため、私は求め続ける。作り続ける。

私の一生は、かつての「感受性」を取り戻すための、永い戦いだ。

それ故に、過去にとらわれ続ける私を、今宵も月が照らす。

そんな、月についての話でした。

以上です。さようなら。

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