片想い中の可愛いゲーム厨女子が、俺に(おとなの)おもちゃの製品レビューを頼んでくる件

遠都衣(とお とい)

第1話 恋しちゃってたんだ、多分。ていうか気付いてたけど。

 成瀬 環なるせたまき。25歳。女。


 大学のサークルで知り合ったこいつは、女のくせにエロゲ厨で、当時サークルにいた男どもがそろいもそろってその可憐な容姿に惹かれたにもかかわらず、男も引くぐらいエロゲをやり込んでいたと言う黒歴史を持つ。


「エロは世界を救う!」


 そんな意味不明なキャッチコピーを掲げる環は、強度のゲーム厨でもあり、サークル内の並いる猛者もさをあらゆるゲームでりにしたという経緯をあわせ持ち、誰もが一目置いているのに誰も手を出せないという、不可侵の存在であった。


 そんな女が。

 社会人になった今。

 俺の家のリビングで、はばかる事なくあぐらをかきながら新作のアクションゲームをプレイしていた。


「どう、環?」

「グラフィック良いー。動きめっちゃヌルヌルしてる」


 環は目線をテレビ画面から動かさないまま、物凄い勢いでコントローラーを操作していた。

 反射神経や空間把握能力が高いのか、こいつの能力は特にアクションゲームや格闘ゲームで発揮される。


「これな〜。これ、新しく入ったモーションデザイナーの人がすごくてさ……」


 ゲームの趣味が合って、なんとなく仲良くなって。

 社会人になった今も、こうやって定期的にうちに来ては、俺の勤務先のゲームのレビューをしてもらったりしている。


「いや、いいんじゃない。売れると思うよ、マジで」

「そっか。まあ確かに、できがいいもんな、コレ」


 そもそもの始まりは、環イチオシの同人エロゲに俺もかつてハマっており、そこで意気投合して環に気に入られたことがそもそもの発端だった。ニッチなゲームすぎて他にプレイヤーがあまりいなかったのだ。


 確かに、グラフィックは残念なところが多々あったが、ストーリーは非常に良かった。技術で足りないところを熱意で補えているところもグッときた。「俺もそのゲームは好きだ」と打ち明けたら、その日は環に夜通し語られた。こんなに喋ることができるやつなんだとその時初めて思ったことを覚えている。


 それから、なんだかんだとつるむようになっての今である。


 好きが高じてゲーム会社に就職し、しかしエンジニアにはならず広報という部署に携わる俺は、目新しい新作が出るとこうやって環を呼び出し、レビュー評価をつけてもらう。まあ、一種の口実ではあるのだが。

 ただし、交換条件とはよく言ったもので、俺が環に頼む代わりに、俺も環に頼まれていることがある。


湯原ゆはら。これ、レビュー急ぐ?」


 アンケート用紙をふりふり揺らしながら、環が言う。


「いや、来週にもらえればいいや」

「了解。……じゃ、私も」


 言って、環もバッグの中からを取り出す。そう、


「はいコレ」


 そう言って環は、バッグの中からとりだしたオナホを、ニコニコと俺に差し出す。


「今回のはね、すごいよ! 中の材質が新しいんだけど、フィット感が半端ないの!」

「……ほー」

「味しめちゃったら女の子に戻れないって。……ほんとなのかな?」


 無邪気な顔でオナホをしげしげと見つめる環。


 そう。

 環は大学卒業後、エロゲ好きが高じてエロゲ声優を目指した……のだが、途中で自分が隠キャであったことを思い出し、さらに『好きなものはプレイヤーのままの方が良かった!』ということを思い出し、エロゲ声優の道を早々にドロップアウトした。その結果、めでたく就職したのが、大手アダルトグッズメーカーなのであった。


 いわく、「エロが好きだから道具も極めてしかるべきだと思った」らしい。


 そんな環は、俺の知る限り、これまでに男がいたことがなければ、経験もない、はずだ。おそらく。


「はいコレ。アンケート用紙ね。できればなるべく早めだと嬉しい」

「……おう」

「なんなら、いま抜いてきてもいいよ?」


 にこにこと無邪気な顔でのたまう。


 ……こいつ。

 ほんとどんな育ち方したらこうなるんだろうな?

 親の顔が見てみたい。


「アホか。いいわ」

「えー、遠慮しなくていいのに」

「……。……遠慮してねーし……」


 つーかこいつ、男はオナホがあればいつでもどこでも臨戦体制に入れると思っているのだろーか。君が思っているより男子はデリケートなんですけどね。わかってるのかな、そこのとこ。


「でも私さぁ、今度カップル向けの製品担当することになるかも知んないんだけど。私、友達にカップルってあんまりいないから困ってんだよね」

「カップル向け?」

「うん。結構需要あるんだって。世の中まだまだ未知のことが多いよね」

「へえ……」

「まあでも、アダルトグッズって奥深いよ! 基本オナニーのためのものかと思ったけど、そんなわけないよね! めちゃ勉強になるし……。いずれエロゲを自主制作するときに役に立つんじゃないかって思うわけ」


 何言っとんねん、という気持ちをぐっと押し隠す。

 というか自主制作の夢なんてあったんかい。


「ね。湯原いま彼女いないの?」

「え、おれ?」

「そう。そういえば最近そういう話聞かないなーと思って」

「いやいないし。悪いけど」

「そっかぁ……」

「……ていうかさ。そういうのって、企業でモニター雇ったりしてるもんなんじゃないの? 環がそんな頑張ることなくね?」

「そうなんだけどさあ〜。なんてゆーか……、もっとリアルな声を聞きたいじゃん。事件は現場で起きてるんだし」

「事件て」


 お台場の警察じゃねんだからよ。

 ま〜、こいつのこういう方向音痴な一生懸命さとかも可愛いと思うんだけれども……。


「本当は自分で試すのが一番手っ取り早いんだけど」

「……は?」

「カップルのはさ。一人じゃできないからさぁ……」

「…………まあな」

「だから、なんかてきとーにセフレを作ってみてもいいんじゃないかなぁって思ったりもするわけ! てか私だって自分の体で体感して追求したいんだよ!」


 え、こいつ何言ってんの?


「おま……、彼氏もいたことねーじゃねーか!」


 セフレどころか、年齢=彼氏いない歴のゴールド処女バージンのくせに何言ってんだ!


「でもなんかさ、もう一周回って彼氏作るよりセフレ作る方が楽な気がしない?」

「は?」

「マッチングアプリとかさ、結構いるらしいし。そういうひと」

「……ヤリモク探すってこと?」

「てか、言ってしまえば私もヤリモクだし」


 ね? とか小首傾げてかわいこぶるんじゃねー! かわいこぶっても言ってることえげつねーし!

 まじこいつの思考回路どうなってんの? しかも、言ってるだけじゃなくほっとくと本当に行動に起こしそうで怖いんだよ……! 超難関大卒のくせに、エロゲ声優のために就活捨てて声優養成所行ったくらいだし。


「その方がめんどくさくなくていい気もするんだよね〜」


 めんどくさくないってどういうことだ。

 確かに、こいつの見た目と性格だと、仮に正式にだれかと付き合ったとしても、変な男に執着されて消耗するか、突飛な性格をうるさく是正ぜせいされて疲弊する未来しか見えない。が。


「じゃあ、俺は?」

「え」

「……俺はどうなんだ……?」

「……」

「俺は、だめ?」

「……え、でも……。私、湯原のタイプじゃないじゃん……」

「なんでそういうことになってんだよ」

「や、だって。私、湯原の歴代彼女知ってるし」


 環の言う通り。

 確かに俺には、大学時代に付き合っていた女の子が何人かいた。

 そしてそれは環に指摘された通り、環とは全く正反対の、しっかりした、綺麗系の落ち着いた女の子が多かった。

 間違ってもエロゲを俺に熱く語ってくるようなタイプではなかった。


「それに、湯原とは……。そういうの、……いやじゃん」


 そういうのってどういうのだ?

 セフレのことか?

 恋愛関係に発展すること?

 戸惑うような表情でもじもじしている環の真意が、困惑なのか恥じらいなのか。

 ……というかダイレクトに嫌と言われたことに地味に傷つく。


「……あ〜、ごめん。私、帰る」

「ちょ、待てよ」


 時代外れのトレンディドラマのセリフみたいな言葉で、バッグを持って立ち上がろうとする環の腕を掴み引き止める。ここで帰したらいけない。はっきりとした理由は見つからないが、頭の中で警鐘が鳴りひびく。


「……俺、ちょっと今、頭の整理つかないんだけど」

「いや、こっちこそごめん。私が変なこと言った」


 至近距離で、うつむいた環のつむじが視界に入る。


「……やー……」


 確かに俺には、大学時代、他に付き合っている女の子がいた。

 大学に入ったばかりの頃は、高校の時から付き合っていた彼女がいたし。

 でもそれも、大学で遠距離恋愛になった途端に自然消滅し。

 その後も、告白されて付き合った子はいたが、最終的にいつも『成瀬さんと私、どっちが大事なの?』という論争になり、うまく答えられなかった俺が振られて終わる。


 そうして、その頃になって。

 ようやく自分が環にガチ恋しているのだと自覚した時には、もはや俺の中では、環は無くてはならない存在になっていた。


 つまりは――、下手に告白して、せっかく築いた関係が壊れるのを恐れたのだ。


 それでなくても環は、出会った当初から下心を持って近付いてくる男に対する警戒心が強く。

 俺が環とすんなり仲良くなれたのも、最初っからそんな下心がなく、単に一緒にいて面白いやつだと思って話していたからだ。


 そうして、居心地の良い、一緒にいて楽しい友達、というポジションを確立した後に恋心に気付き。


 ――身動きが取れなくなって今に至る。


「てか俺……、どー考えても環にセフレいるのとかやだし」

「……」

「つか、なんで俺だめなん?」


 つかんだ環の腕を引き寄せ、必死の思いでささやく。


「あの、ごめん。ほんと変なこと言った……」

「俺だって別に、セフレじゃなくて、環がよければ付き合いたいし」

「……」

「環が、新しい環境とか仕事頑張ってんのみて、我慢して黙ってたけど」

「……って」

「ん?」

「だって……、付き合ったら、湯原絶対私のこと嫌いになるし……」

「なんでだよ」


 こっちは相当こじらせてんですけど!?

 こじらせまくってこんなことになってるんだけど!?

 嫌いになるとかありえねーし!


「わたし別に、湯原の好きな綺麗系じゃないし…、女子味じょしみないし…」

「そもそもお前にそんなん求めてないし」

「だからでしょ! ……湯原のタイプじゃないし」

「……」

「だったら……、ずっとこのままでいた方がずっと一緒にいられていいじゃん…」


 観念したのか、本音をポロリとこぼした環の、こころなしか潤んだ瞳をとらえて。

 その瞬間、我慢できずに思わず抱きしめてしまった。


 正直、大学時代。

 俺が誰と付き合おうとも、環の心が揺れることはないんだろうなとクサっていたこともあった。環を失わないために、恋心を忘れるために、他に本気になれる女の子がいたらと思っていたこともあった。


 やりかたは違えど、お互い、ずっと一緒にいられるための手段をとっていたというわけだ。

 まあ、自分のやり方が多少下衆げすい自覚はあるが。

 それでも、恋心を自覚してからは、環との関係が築けたこともあって無駄に他の女の子と付き合うことをやめた。


「……俺、散々フリーダムなお前みてきて、それでも大丈夫だって思ってんだけど。つーか、好きな女子からオナホ渡されてサンプルとりたいとか言われて、それでもお前のこと好きだって言ってくれる奇特な男なんて俺の他に絶対いないと思うんですけど」

「……!」


 腕の中で、環が身じろぐ気配がした。


「言っとくけど、ここが分岐点だからな。2択しかないんだからな。わかってるよな」


 付き合って関係を続けるか、付き合わないで関係を終わらせるか。

 ただそれだけの2択。


「お……、おどしじゃん……!」

「そう取るんだったらもう選択肢はひとつしかないんじゃね?」

「……!!」

 

 腕の中でなにやら環が騒いでいるが、もはや気にしない。

 答えはすでに出たのだ。

 愛おしくなって、環を抱きしめる腕をさらに強める。


 我ながらこじらせてると思うし、執着もひどい。

 だけどまあ、それはお互い様だろう。

 進むと決めたのなら、後はやり通すだけだ。

 自慢じゃないが、持久力と粘り強さには自信がある。


「環は俺と付き合う。今日から、お前の彼氏は俺。わかった?」

「……」


 俺の腕の中で。

 うつむいたまま、小さくコクリとうなづく環。


「……返事がないならキスするけど」

「わかった! つきっ……、つきあう! 付き合います!」


 とっさにこっちを見上げてきた環の顔は、真っ赤に染まっていた。


「わかればよろしい」


 そう言って、環のおでこにキスをした。

 途端、「ひゃっ……」と言う声とともに、環が俺の胸にもたれかかってきた。

 どうやら、キャパオーバーしたらしい。



 さて。こうして、ひょんなことから念願かなって意中の人と付き合うことができた俺なのだったが。


 一連の衝撃で腰が抜けて帰れないと言い出した環を、理性を総動員してタクシーに押し込むというドタバタがあったのは――、また別の話である。

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