第3話

「はい、チョコレート」

 バレンタインの朝、お母さんと姉ちゃんが1つずつチョコをくれた。

「サンキュー」

「本命より小さめにしておいたよ」

 出かける準備をしながら姉ちゃんがにやっと笑うけど、3年付き合っている状態だと、家族にも今さら言い返したりしない。2つ上の姉ちゃんは、本来なら受験生だ。でも推薦であっさり決まったから、入学前にと最近毎日教習所に通っている。

「優衣ちゃん、今年も手作りかな」

 お父さんははっきり言って俺のおこぼれなわけだが、それでも毎年優衣から貰うチョコを楽しみにしている。

「いってきます」

 俺は、普段通りに家を出た。


「おはよう」

 家から10分。優衣の自宅から真っ直ぐ進み、1つ角を曲がったところが朝の待ち合わせ場所だ。中学の時に、少しでも見えない場所、でも優衣があまり歩かなくていい場所という理由でここにした。はい、とチョコを渡される。手作りらしいシンプルなラッピング、が2つ。

「中身同じ?」

「うん。あとこれも」

 菓子パンが2つ位入ってそうな紙袋は、お母さんと姉ちゃん用だ。俺は苦笑してそれらを通学鞄の中に入れた。


「ホワイトデーにはお菓子じゃなくて、良いタイムをあげたいんだ」

 歩きながら、そう優衣に話し出した。優衣は黙って聞いている。

「最近フォームもおかしくなってて。でも今から頑張らないと、優衣や、皆が応援してくれてるのに」

 ぴた、と優衣が足を止めた。知らないうちに早足になっていたのか、と慌てて数歩戻る。優衣が、俺の目を見た。

「何に、頑張るの?」

 少し怒ったような、顔と声。

「何のために走ってるの?」

 優衣の顔が、哀しそうになった。

「私のためなら、走るのはやめて」


 立ち尽くす俺の横を、優衣が早足で通りすぎる。そうだ、優衣は一人で歩けるんだ。当たり前だが、今さらながらそんなことを考えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る