第2話筋肉男、有名女性配信者を助ける

「キャァァァ!」


 ”おいおいどうした?”

 ”様子が変だぞ”

 ”何があった?”

 ”ピナちゃん大丈夫?”


「あ……あ……ワイバーン……何で……?」


 ピナッピはその場で恐怖で腰を抜かしてしまった。

 ワイバーンが目の前に現れたからだ。


 竜の頭、蝙蝠の羽、蛇の尾といった見た目の飛竜。

 彼女は普段、雑魚モンスターと戦っているだけで、この様なモンスターと戦ったことがない。


 上層にワイバーンが出現することなどまずあり得ない。

 イレギュラーな場面だ。


 さらにタイミングが悪いことに先程のスライム戦で、魔力を使い果たしてしまっていた。

 上層でしか配信を行わないので、レベルが上昇していない弊害がここで出た。


 ”ワイバーン!”

 ”なんで上層なんかに!?”

 ”おい誰か近くにいないのか?”

 ”やばいって”

 ”誰かいたら助けてくれよ!”


(あ……怖くて声が出ない……それに体も動かない……)


 ピナッピは恐慌状態で声を出せず、体も動かせないでいた。


(でもこんなところで死ぬわけにはいかない。弟や妹を守らないと)


 ピナッピは貧しい出自だった。

 ダンジョン配信者として人気になり、弟や妹の生活を支えている。


(誰か助けて……)


 助けを呼ぼうにも声が出なかった。

 他の配信者が助けに来てくれる可能性も低い。


 現在の一般配信者たちの活動拠点は中層である。

 だが、上層にも人はいる。


 普段は。

 初心者たちの活動拠点だからだ。


 現在はタイミング悪く、人がいなかった。

 ピナッピのリスナーが事態を拡散してくれているが、緊急の状況なので助けは間に合わない。

 いたとしても、さらに被害が拡大してしまうが。


 一人を除いて。






「鳥肉です! これも違うな……」


 筋肉盛造は、さらに決め台詞と決めポーズを試行錯誤するもしっくりこず、うわの空でダンジョン内を歩いていた。


「はぁ、全然決まらないな……」


「キャァァァ!」


 ピナッピが襲われている場所に近づいてきたが、筋肉盛造の頭の中は決め台詞と決めポーズのことだけだった。

 そのため、彼は全く彼女のことを認識できていない。


 だが、ワイバーンは筋肉盛造に気付いた。


 ワイバーンはピナッピという獲物を見つけて、襲い掛かろうとしている。

 しかし、その場に現れた筋肉盛造がワイバーンのことなど歯牙にもかけない様子だったので、強者としてのプライドが傷つけられた。


 ワイバーンは筋肉盛造にターゲットを変えた。

 そして、彼に襲い掛かってきた。


 筋肉盛造はうわの空で、ワイバーンが襲い掛かってきていることに気付いていない。


「グオオオオ!」


 ワイバーンの鳴き声はダンジョン内に響き渡るものだったが、筋肉盛造はそれでも気づかない。


 その時だった。

 筋肉盛造は何か閃いた様子だった。


「筋肉です!」


 という台詞とともに、ボディビルのダブルバイセップスのポーズをとった。


 それが、タイミング良くというか、ワイバーンにとっては悪く、アッパーカットの様な形になり、ワイバーンは一瞬で爆散し絶命した。


 だが、筋肉盛造の頭の中は決め台詞と決めポーズが決まったことで一杯で、ワイバーンのことなど全く気付いていなかった。


「これだ! そうだよ、僕にはこれがある、筋肉だ」


 筋肉盛造は何らかの手ごたえがあったらしくご満悦のようだ。


 ”は?”

 ”は?”

 ”は?”

 ”は?”

 ”今何が起こった?”

 ”わからんけど、ワイバーンがいなくなった”

 ”ピナちゃん助かった?”

 ”まだ油断しない方がいい”

 ”ピナちゃんの目の前にいる男は何?”

 ”恰好やばくない?”

 ”ほんとだ” 

 ”新手の変態?”

 ”筋肉ムキムキ” 

 ”こいつがワイバーン倒した?”

 ”んなアホな”

 ”本当に何者?”


 コメント欄は混乱していた。

 ワイバーンが突如消え去り、ピナッピの目の前に上裸の筋肉男が現れたからだ。


「あ……あ……何が……?」


 ピナッピも混乱していた。

 現状認識ができていなかった。


 ワイバーンに襲われていたと思っていたら、突如眼前に上裸の筋肉男が現れたからだ。

 ワイバーンが消えてしまったから、恐らく助けてもらったということはわかる。


 だが、筋肉盛造の攻撃が速すぎて、ピナッピはワイバーンが倒される瞬間は確認できていなかった。


 ピナッピは頭の中では助けてもらった目の前にいる筋肉男に礼を言わなければならないことはわかっているが、先程の危機的状況が頭から離れず恐怖で言葉が出てこなかった。


 そして、筋肉盛造はやっとピナッピに気付いた。


「あ、こんにちは。筋肉盛造と申します」


 ピナッピが危機的状況にあったことなど知らない筋肉盛造は、何事もなかったかのように彼女に挨拶した。


「へ……」


「へ?」


「へんた~い!」


 ダンジョン内で上裸の筋肉男に遭遇した女性は、その場から逃げ出してしまった。


 


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