【謎報】筋肉系底辺ダンジョン配信者、決め台詞と決めポーズを考えていただけなのに有名配信者を助けてしまう~おまけに剣や魔法ではなく、自らの筋肉が最強だと証明してしまい、うっかり無双してバズってしまう~

新条優里

第1話筋肉男、現る

「焼肉です! 違うな……」


 ダンジョンの上層を闊歩する男。

 彼の顔面は途轍もなく整っていた。


 艶やかな金髪、涼し気な目元、長い睫毛、高く通った鼻梁。

 そんな顔面とは似つかわしくない彼の名前は――筋肉盛造きんにくもりぞう


 涼し気な顔とは違い、肉体は鍛え抜かれている。


 彼は現在、決め台詞と決めポーズを考えていた。

 だが、どれも納得がいく様子ではない。


 彼が考えた人気配信者になる戦略として、印象的な決め台詞と決めポーズをリスナーに覚えてもらうということだった。


 現在、その試行錯誤の途中だった。






 ダンジョンが世界に出現してから早数十年。

 ダンジョンに眠る希少素材を求めて、ダンジョンに潜る者たちが現れた。

 彼らをダンジョン探索者と呼んだ。


 そして、探索者の中でもモンスターとの戦闘を配信する者たちをダンジョン配信者と呼んだ。

 また彼らはダンチューブというアプリを使用したことから、ダンチューバーとも呼ばれた。


 当初は危険だという声もあったダンジョン配信だったが、将来性に目を付けた者たちが我先にと挑戦した。


 成功したものは人気者になり、ダンジョン配信というコンテンツは瞬く間に人気になった。

 ダンチューバーに憧れる者の中には、広告収益や投げ銭で裕福になりたいという考えの者もいた。


 だが、筋肉盛造は違った。


 鍛え抜かれた自らの肉体を披露したい。

 自己承認欲求ならぬ、筋肉承認欲求を抱えた男だった。


 ダンチューバーの中でも筋肉盛造は底辺配信者だ。

 チャンネル登録者は百人程度、同時接続数は時間帯にもよるが、チャンネル登録者のそれを下回る。


 百人を多いと思う者もいれば、少ないと思う者もいると思うが、実質零人といっても差支えない。


 その登録者数は

 家族ではなく、


 忖度や気遣いで登録しているだけで、心の底から登録している者はいないのである。


「牛肉です! これも違うな……」


 何度も決め台詞や決めポーズを試行錯誤しているが、どうしても納得いかない。


「ふう……イツメンが見てくれるのはありがたいが、この肉体をさらにたくさんの人に見て欲しい……」





 筋肉盛造が人気がない理由。

 それは、彼の普段の活動場所にある。


 深層配信。

 現在の一般配信者のメインの活動場所は中層である。


 ダンジョンは上層が一番易しく、中層、下層と進んでいく毎に難易度が跳ね上がる。

 トップ配信者は下層で配信する者もいるが、それは極稀で、深層配信などする者などいないのだ。


 筋肉盛造が【本日深層配信】とうタイトルをつけて配信しても、


 ”釣り乙”


 としかコメントがこないのである。

 それもそうだろう。


 だれも深層の景色など見たことがないから、本当に深層で配信しているかわからないのである。

 実際は検証する方法がないわけではないが、冷やかしで見にきたリスナーがそこまで労力を割くわけがなかった。


 場所だけでなく、筋肉盛造の強さにも原因があった。

 出てきたモンスターを瞬殺してしまうので、ただ筋肉盛造がモンスターに遭遇せず、歩いているだけにしか見えなかったからである。


 ”フェイクか。深層でモンスターに遭遇しないわけねえだろ”


 と捨てコメントを残し、去っていくのである。





 彼の服装は上半身は白いワイシャツだけで、その下にインナーシャツは着ておらず、下はチェックのスラックスだが、その白いワイシャツには袖に腕を通しただけで前ボタンを留めていなかった。


 そのせいで彼の大胸筋と腹筋は露わになっていた。


「豚肉です! これも違うな……」


 さらに決め台詞と決めポーズを試すが、どれもしっくりこない。

 彼の配信活動は、決め台詞と決めポーズを試行錯誤するだけになっていた。


 チャンネル登録者を増やして、筋肉を見て欲しい欲求はあるが、それが叶えられてはいない現状だ。


「ふう……この筋肉を見てもらいたい……」


 知らない人が聞けば、ただの変態の呟きである。





 同時刻、同フロア、ダンジョンを進む人影があった。

 彼女はダンジョンネームピナッピ、本名綾城雛莉あやしろひなり


 ダンジョン配信者は身バレを防ぐためにダンジョンネームを使用するのが一般的である。

 彼女もその例に漏れず、ダンジョンネームを使用していた。


 ピナッピはチャンネル登録者数百万を誇る人気配信者である。

 彼女は現在、ダンジョンの上層で攻略配信を行っていた。


 ”こんピナ~”

 ”ピナちゃん今日もカワイイ”

 ”楽しみにしてたよ~”


 ピナッピのファンは彼女を温かく見守っていた。

 その理由としては、彼女のチャンネルのコンセプトとして、楽しい配信を心がけるということがあった。


 上層の雑魚モンスターしか相手にせず、中層以降には進まないと明言していた。

 他チャンネルのリスナーはできるだけ深い層の配信を見たいと考えているため、彼女は他の配信者より恵まれていると言えるだろう。


「みんな、今日も見に来てくれてありがとう~」


 ピナッピの目の前にスライムが現れた。


氷の牢獄アイスジェイル


 彼女の魔法で、スライムは氷漬けになる。


 ”カッチカチスライム”

 ”キンキンに冷えてます”

 ”スライムの彫像出来上がり”


 彼女は出現してくるスライムを次から次へと氷漬けにした。


 ”アイススライムショー”

 ”氷の芸術家アイスアーティストキタァ”


 ピナッピは氷の芸術家アイスアーティストと呼ばれていた。

 モンスターを氷漬けにする様子からその通り名がついた。


 普段通りの配信をして視聴者が喜んでくれる。

 それが彼女の幸せだった。


 そんな幸せを脅かそうとする気配があった。


「グオオオオオ……」


 彼女がいるフロアに、微かな唸り声がした。


「ん? 何か聞こえた?」


 ”何が?”

 ”確かに何かの鳴き声がした気がする”

 ”気のせいじゃ?”

 ”モンスター?”

 ”だとしても上層だが?

 ”雑魚モンスターしか出てこないでしょ”

 ”そうそう”

 ”何か出てきてもピナちゃんの敵じゃないって”


 視聴者には緩んだ空気が漂っていた。

 何も起こるはずがない。


 モンスターが出てきても上層だから安心だと。


「気のせいだよね」


「グウオオオオオ!」


 彼女の幸せを脅かそうとする足音が近づいていた。



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