こがれた光はまぶしいか? 1
入学式の日。
おれはたったかたかたんと、桜並木に挟まれた道を駆け上がっていくと、一人の女子高生の後ろ姿を発見した。
女子高生というより、今日から女子高生か。
新入生である彼女は、周りからちらちらと視線を集めていた。
それもそうだろう。
あんな美人、そうそういやしない。
ナチュラルブラウンのストレートヘアー。目鼻立ちは、これまじかよ! というほど整った美少女。
おまけにスポーツ万能、成績優秀と来た。
彼女の名前は、もしかしたら入学式前からとどろいていたかも知れない。
椎名真夏。
おれがかつて片思いしていた少女だ。
ちなみに前回、おれはこっっぴどく、彼女に振られている。
『えっと、お友達でもないのに付き合うことはできません。あなたの好意は嬉しいのですが、ごめんなさい。私は今誰ともお付き合いする気がないので』
とまぁ定型文でフラれた。
それはそうだろう。
なんせそのときのおれは高校デビューに失敗した身だ。
失敗したくせになぜ告白したかと言えば、まぁ、玉砕覚悟でも思いを伝えたかったからだ。
フラれてよかったと、今では思っている。
だが今回は、きちんと彼女を振り向かせたい。
絵に描いたようなパーフェクトヒロイン。毎週五人には告白されていたって言うから、まぁおれが振られて当然だ。
だが、今回はマジで振り向かせる。
おれは熱い決意を胸に、坂道を歩いて行く。
すると、すぐ目の前を歩く真夏の背後から、ぽすっと肩を叩く者が一人。
彼女はたしか、青海結衣だ。
覚えている。おれが入った陽キャグループのうちの一人だった。
お前どんだけセロトニン出てるんだよ、と思うくらいの活発少女だった。
「おっはよー真夏! なんか注目浴びちゃってるねー。たいへんだね」
「そうですね。私にとってはいつも通りです」
「お。クールな感じもきまってんね。もし変な男に絡まれたら、私を呼びなよ。ぼこぼこにしてやるから」
オー怖い。貧乳は男性ホルモンが多い故か(失敬)。
青海結衣は、いわゆるギャルである。黒髪で清楚系っぽいケド怒ると怖い。
下手すると男子よりもケンカが強いかも知れない。
ケド人当たりはいいから、友達は多い。
先生からよくセクハラ発言を受けていた。貧乳よくからかわれてたな。
髪の毛にはふわりとスパイラルが掛かっている。ヘアアイロンを使ったんだろう。
ヘアアイロンなんて言葉、前回じゃ知らなかった。
この間美容室行ったときに、その存在を初めて知った。
まぁおれはヘアアイロン使ってないんだけど。
まぁそんなことはどうでもいい。
「中学時代からけっこう有名だったかんねー」
「もう結衣さん。からかわないでください」
「からかうと可愛いからからかってんだよー。ほらー、ぷにぷにー」
まるでラノベだったら挿し絵が入りそうな光景だった。
ちょっとばかし、おれは顔を赤らめてしまう。
「う、後ろの方が迷惑しています」
「おっと。すみません。わっ、めっちゃイケ……、な、なんでもないっ。ごめんなさいはしゃいじゃって」
おっと。
あの結衣がおれに頭を下げてきた。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
イケ……の後に続く言葉と言えば、メンだろう。
まさか『おじ』なわけがない。おれは十五歳だ。肉体的には。
ぺこり、と真夏は頭を下げた。
「ご迷惑をおかけします」
その姿はたいへんに律儀だ。
だがどうしてだろう。
ちょっと耳が赤い気がする。
「おう気にするな。それよりも、キミ達も新入生か?」
おれは何でもないように聞いた。おれ演技うまいかも知れない。
「えっ? あぁうん。私たちも一年生だよ。ヨロシクね。またどっかで会うかもね」
「……ふふ、もしかしたら同じクラスかも知れませんね」
天使のような笑みを真夏は浮かべた。
可愛い。
おれはその笑顔に見とれそうになってしまうが、堪えた。
堪えろ。おれはクールに振る舞うと決めたんだ。
好きな子の前でデレデレすると気持ち悪がられるぞ!
「おう、まぁよろしくな。えっと、名前を聞いてもいいか?」
もちろん知っているが、社交辞令だ。名前を聞かないと不自然な流れだった。ここは聞いておく。
「あたし青海結衣。んでこっちが椎名真夏。めっちゃ可愛いでしょ。うちの中学のアイドルだったんだ。高校でもきっとアイドルになると思う」
「ちょっ、やめてください。私のことはいいですから」
「ほう、なに照れてんだ? このこのぉ!」
百合! おれは百合を見ている。
何だこの尊い二人は!?
眼福だ……。
実際真夏はアイドルどころかミスコン三連覇するのだが、まぁのちのちの話だ。
おれはイケメンっぽく振る舞うため、ちょっと苦笑してみせる。
「……ほんとにな。たしかに後ろ姿だけでも充分にオーラがあった」
「そ、そうですか……?」
真夏は目を丸くして、頬を赤くした。
あれおかしいな。
前回はおれと会話しても、顔を赤くすることなどなかったのだが。
もしやおれの容姿に見とれている……いやいやそんなまさか。
だがまぁ、髪型整えた自分は、自分で思うくらいかっこよかった。
真夏にも効果絶大ってことか?
そういや妹からも高評価だった。異性からの評価は、前回よりもかなり上がってると見ていいか。
ちょっと嬉しい。いやすげぇ嬉しい!
内心は両手を挙げてバンザイモードだったが、表情は崩さない。
ちなみに制服は軽く着崩している。こっちの方がかっこいい。
ジャニーズっぽくて。あ、この話題しない方がいいですか? う、ごほん。スマイルアップみたいで。
「おれは先に行く。じゃあな」
おれはあえて素っ気ない男を演じる。
何度も言うが、そっちの方がモテるんだよお兄ちゃん、という妹からのアドバイスだ。
真夏も結衣も、今年は同じクラスだと知っている。前回もそうだったからな。
だからクラスでまた会える。
おれはそれがわかっているからこそ、余裕に振る舞える。
人生二週目、おれの思った以上にアドバンテージがあるかも知れない。
肉体的にもそうだが、精神的な意味でも。
おれが教室に入ると、すでにクラス内でグループを確立している奴らがいた。
そうだ。
おれはこのグループに入ろうとして失敗した。
いわゆるクラスカーストトップの連中だ。
おれが憧れて、けっきょく外側にはじき出されたグループ。
「しっかしカナタと同じ学校とはな! しかも同じクラスだなんて思わなかったぜ!」
ひときわ大声を出したのは、軽井沢健太。
赤髪ツンツン頭で、野球部に所属している。
一年生からレギュラーを張り、ファーストのポジションは不動だった。
三年の時にはおれはこいつの控え選手として、ベンチ入りした。
おれはこいつに憧れていた。
けんかっ早く、マウント取るタイプではあるが、根はいい奴で、仲間思いだ。
バッティングセンスは天下一品。
毎日素振りは五千回行うそうだ。よくそんな時間あるよな。
野球バカ、という言葉が一番似合う男だ。
「もうっ! 健太声うるさすぎ! 周りの人たち超迷惑してんじゃん!」
甲高い声を響かせた女の子は、友崎奏歌(かなた)。
小柄な体格で、女子野球部に所属している。
ポジションは外野手。外野ならどこでも守れるそうだ。
特徴としては、背が小さく胸が小さい。
かわいい系女子と言えば聞こえはいいが、ちょっぴり天然なところがあって、男子にもボディタッチをよくする。
そのため女子からは反感を買いやすいタイプだ。
しかしうちのクラスのトップグループの一人であることに間違いはない。
「まぁまぁ、声が大きいのが健太の唯一の取り柄だから」
苦笑する優男。
名前は杉崎隼人。いかにもモテそうな名前だ。
髪の色は黒く、おれと同じようにワックスでセットしてある。
正直おれよりも髪のセットがうまい。
むちゃくちゃ腹が立つが、そこで負けた気分になっていてはこの先の学校生活の先は暗い。
おれはこいつと同じレベルに立たないといけないのだ。
青春の善し悪しは、個人のメンタルに依存する、とおれは思っている。
だから今回の青春ではどれだけ辛いことがあっても屈しないと誓った。
「ようおはよう」
「あーおはよー。えっと、誰クン?」
おれは自然な形で声を掛けた。
奏歌は誰に対してもフレンドリーなので、必ず返してくれることを知っている。
なのでおれはまず、手始めに奏歌に挨拶した。
自然な感じだ。うまくできている。
「いやなんとなく楽しそうなグループだったんでな。ちょっと声を掛けてみた」
「おうおう。なかなかにいい度胸してんぜお前。おれたち三人は今日仲良くなったってわけじゃなくて、同じ中学なんだ。そこに入ってこれるとは、お前いい度胸してる」
なんか『度胸』という言葉が二回入って重複してるような気がするが、無視しよう。
健太は進学校にいても、学力は下から数えた方が早かった。
むしろなんで合格できたんだこいつ、
と思うくらいには勉強ができなかった。
代わりにスポーツはすごかったけどな。
クラスへの貢献度は計り知れなかった。
「あはは。そうなんだな。同じ中学出身なのか? ちなみに何中なんだ?」
「東中原中学だよ。知らないかい?」
もちろん知っている。総生徒数は公立中学ながら千を越える、マンモス中学だ。
だがおれがそのことを知っていると、ちょっと不自然に思われかねないので、ここは素直にトボけることにした。
「えっと、悪い。この辺のことあまり詳しくなくてな」
「そうなんだね! 東中原中学っていいうのはね、めっちゃ野球の強い中学で、去年なんか全国行ったんだよ! すごいよね! そしてそのときのレギュラーがここにおわします軽井沢健太くんなんだよ!」
「だっはは! んまっ、そういうこった」
健太は嬉しそうに胸を張る。
その姿は自信に満ちあふれていた。
まぁこいつ、相当うまいからな。それくらいの自信は、むしろ持っていて欲しい。
「自己紹介が遅れたね。僕が杉崎隼人。そしてこの大男が軽井沢健太。それでそのちっこいのが青海結衣」
「誰がちっこいだ! 大きいもん!」
「まぁ、お胸も小さいしな」
「なんだとぉ!?」
「まぁまぁ落ち着いて」
おれはケンカしそうになる健太と奏歌をなんとなく止める。
いい感じに割り込むことができただろうか。
まだ自信がないが、ひとまずグループに接触することは成功したと言っていい。
「君の名前は?」
「おれは黒崎いつき。神塚中学校出身だ」
「かみつか……きいたことないね?」
「横浜の隅っこにある、自称中学校と言っても過言ではないほど教育が腐敗した中学だ。よろしくな」
しくったか……?
いきなりマイナスイメージを与えてしまっただろうか。
さすがにいきなり中学校のことを悪く言うのはマズかったかも知れない。
いけない。
前世の陰キャひねくれ者ッぷりがうっかり出ちまった。
だがおれが思ったよりも、反応は悪くなかった。
「うはっ、めっちゃぼろかす言うね黒崎くん……! ケドそういう人嫌いじゃないよ」
「あはは。まぁうちの中学校も、けっこうすごかったしねー。野球部の顧問なんか生徒に体罰なんて当たり前だったし」
「そーそー」
なるほどなぁ。
二〇一四年の時点では、まだ体罰というモノがあった。
SNSが爆発的に普及して、体罰問題がさらに浮き彫りになるのはもっと後だ。
もちろんこの時代の体罰ももちろん問題だろうが、まだ浮き彫りになる、ってほどではなかった。
あった、といえばあった。けどそれを、誰しもが問題と捉えるほどではなかった。
って感じだろう。
時代の流れは怖いぜ。
「そういやよ。黒崎けっこう体つきしっかりしてるけど、なにかスポーツとかやってなかったのか?」
おっと。
まさかそんなこと聞かれるとは思ってなかったな。
一応ダイエットメニューは妹に組んでもらっていた。春休み中のダイエットだ。
筋トレ、食事、ランニング……。色々改善した。
その成果が現れたと言うことだろうか。
「あぁ。毎日一応筋トレはしてる。あとは朝のランニングだな。だがこれと言ってスポーツをしていた、ということはないぞ」
「そうなのか。……へぇ、そうやって努力してる奴、おれは嫌いじゃないぜ」
ちょっと嬉しかった。
まさかおれが前回憧れていた健太にここまで褒められるとは思ってなかったからだ。
「おう、ありがとな」
しかしおれは演技派だ。極めてクールに答えた。
「やべぇな。なんかちょっとかっこいいかもしれない」
健太が言う。お、おう……お前ってたしかそうやって思ったことを素直に口に出すタイプだったよな。
だからこそ、健太の言葉はおれの胸に強く響いた。
こうやって健太に認めて貰える。
そのことは、おれが二回目の学校生活をうまく送れた今のところ一番の証拠であるといえた。
とそのとき、がらりと扉が開けられた。
「いーやしかし学年代表とはね。しかもまさか当日に言われるなんて!」
「ちょっ、ちょっと。あまり大きな声で言わないで下さい結衣さん」
「いいじゃんいいじゃんどうせバレるんだしー、ってあれ! さっきの男の子! よっす!」
「さ、さっきぶりですね。こんにちは」
ハキハキと手を挙げる青海結衣と、おずおずと手を挙げる椎名真夏。
おれがさっき会った二人だ。
椎名真夏は今日、学年代表、つまり新入生代表として入学式で挨拶する。
成績優秀者だけが立つことのできる壇上に、彼女は立つのだ。
一応誰が新入生代表かは明かされない決まりだが、もうみんなだいたいわかってる雰囲気があるな。
おれはもちろん前回の挨拶を見ているから知ってる。
彼女の透き通る声は、全校生徒を虜にした。
父兄のおじさんたちがすごいあぶない目を真夏に向けて、お母様方から耳を引っ張られていたのはやけに印象的だった。
おれはぷすりとわらった。またあの光景が見られるんだなと思うと、ちょっと嬉しくなるな。
「ど、どうして笑っているんです?」
「いや悪い。べつに深い意味はなかったんだが、二人はとても仲が良さそうだなと思って」
おれはうまくはぐらかす。嘘をつくのがうまくなりました……
「えっと、さっきも話したよね。私この子と同じ中学なんだー。よろしく!」
「よろしくお願いします」
慇懃な態度を崩さない真夏。まさにパーフェクトヒロインだ。
授業中も眠そうな顔ひとつ見せず、真面目な顔で先生の話を聞いていた彼女。
よくもこれだけ意識を保って学校生活に臨めるものだと、おれは感心した。
「お、おぉ……よろしくな。おれは軽井沢健太だ」
健太が顔を赤くして答えた。もう単純な奴だな。
「友崎奏歌だよ! なんか二人とは仲良くできそう!」
「それあるー! たしかに奏歌とは、私と似たものを感じる! よろしくね奏歌!」
「僕は杉崎隼人。よろしくねお二人さん」
「どひゃー。めっちゃイケメン多いねのクラス。なにここ、少女漫画の世界かなにか? よろしく頼むよー杉崎くん」
「隼人でいいよ」
「おぉ。これはなかなかのたらしと見た。まぁいいや。よろしくね隼人。あっ、私の名前は青海結衣ってんだー。それでこのめっちゃ可愛いのが、椎名真夏。かわいいだろー、うりうり」
「ちょっ、やめてください。結衣さん本当に怒りますよ」
やばい。和む。
なんか日常系アニメを見ているような朗らかさ。
なにこの可愛くて優しい空間。やだ一生いたい。
「二人とはさっき話した。校門前でな」
「へーそうなんだー。知り合い……ってわけじゃなかったんだね」
「あぁ。まぁだが、今日から知り合いだな。もしかしたら長い付き合いになるかも知れないから、全員で、その、握手とかしてみないか?」
おれはちょっと恥ずかしかった。自分で提案するにしては、少し子どもっぽいかも知れないと思ったからだ。
だがおれの提案に対して、くすりと笑う声があった。
その声の主を探ると、これは予想外、椎名真夏だった。
「あっ、すみません。ですが少しばかり黒崎さんの提案が子どもっぽかったもので」
ぬぅ。
おれは顔をかなり熱くさせた。
いや勝手に熱くなる。
くっそ。
好きな女の子からからかわれてちょっと悔しい気持ちもあるが、若干嬉しい気持ちもある。
まったくおれも単純な奴だ。
「あっはは。まぁでも、黒崎くんの提案はいいと思うなー。これから先、同窓会で今日のこと思い出すかも知れないし! どうせならみんなで『えいえいおー』的な奴にしない!? こう、掌重ねて。絶対ツイッターでバズるよ!」
ツイッター……ね。
おれの時代ではなんか呼び名が変わっちゃうんだよな。
まぁそんなことはどうでもいい。
おれはうなずいた。
「そっちの方がいいな」おれはちょっとだけ勇気を出して「結衣のやり方の方が楽しそうだ」
お、女の子の名前を呼んじまったぁ!
いやべつに陽キャグループでは当たり前に行われていることなのだが、前世陰キャのおれにとってはものすごいハードルの高いことだった。
おれなんかが本当に青海の名前を呼んでよかったのか、とおれはおそるおそる青海の方を見ると、彼女は顔をちょっと赤くして「そ、そうだねー」と言っていた。
「あれー? あおみん顔赤いよ? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! あはは! そうだよね! ちょっと自分の意見が通ったことに嬉しくなっちゃったー、あははー」
あーやばい。
おれはやらかしたかも知れない。
おれなんかが女の子の名前を呼ぶなんて三百年早かったか?
気づけばおれの肩をぽんと叩く者があった。
隼人だった。彼はほんのり薄い笑みを浮かべて、おれの顔を眺めていた。
「な、なんだよ……」
「いや、君はもしかしたら、今年のミスターコンテストで一年生ながらに一位を取れるかも知れないと思ってね」
隼人はくすりと笑いながらそう言ってのけた。
は?
おれがか?
バカいえ。
だいいち、三年連続ミスターコンテスト一位はお前だろうが。なにを言ってやがる。
おれができなかったことをすいすいやってのけたお前が、なぜそんなことを言うんだ。
……とそこまで考えて、おれはふと気がついた。
もしかして青海は、おれに名前を呼ばれたことが嬉しかったのかも知れない。
……その可能性は、あるのか?
いやしかし。おれはたしかに前回の時とはまるで容姿が違う。
妹からも褒められた。
「お兄ちゃんイケメンだね!」
あれは家族だからそう言ったわけではないのかも知れない。
おれたちはそれから六人で掌を重ねて、写真を撮った。
前回にはなかったイベントだけれども、おれはこれから自分の力だけで歩いて行ける、不思議とそう実感した。
入学式は無事に終了した。
「真夏よかったよー。さっすがは学校一の才女って感じ!」
「そ、そうですか。私としては台本を読んでいただけなのですが」
「いや、実際台本を読んでるだけでも、声の強弱とか、目線とか、そう言うので人間性が出てくるからな。お前の落ち着きは正直おれには真似できない」
「そ、そんなことありません! 買いかぶりすぎです! 恥ずかしいですって!」
おれは腕を組みながら言い、真夏はあせあせと慌てながら言った。
どうやら内心は相当に緊張していたらしいな。
まぁ椎名らしいって言えば椎名らしいが。
椎名らしいな、なんつって。
しかしおれの心の中で、椎名と呼べばいいのか真夏と呼べばいいのかいまだ判断がつきかねている。
あくまで心の中なのに、真夏と呼んでしまうと、べつに恋人でもないのに何様なんだ、というべつのおれがささやきかけてくる。
彼女の名を声に出して呼ぶときは、とりあえず『椎名』に統一しておこう。
そっちの方が、おれとして恥ずかしくない。
真夏、なんて呼んだら絶対帰ってベッドの中で悶絶する。
「なぁ、このあとみんな時間あるか?」
おれは率先してみんなのまとめ役になろうとする。
正直慣れてはいないが、これくらいできなければ真夏は振り向いてくれないと思うのだ。
冷や汗を流しながら周りをうかがうと、最初にうなずいてくれたのは隼人だった。
ついで奏歌、結衣、健太、真夏の順でうなずいてくれる。
まぁみんな、はじめのうちは気を遣ってくれているのかも知れないな。
おれは動揺せずに提案する。
「このあとの部活動見学、どうせならみんなで一緒に回らないか?」
「おーいーね! さんせーさんせー!」
「めっちゃ楽しそう! ちなみにいっちゃんは入りたい部活動あるの!?」
いっちゃん……? 誰だ?
そんな奴おれたちのグループ(今日できた)にいただろうか。
少し考えて、
「……もしやいっちゃんっておれのことか?」
「そうだよ!」奏歌がめっちゃ笑顔で応える。「いつきって名前なんでしょ? だからいっちゃん」
「いっちゃん、いいあだ名じゃないか」
隼人が満足げにうなずく。
お前ちょっと面白がってるだろ……
だが健太も何故だかケタケタ笑っていた。
「いっ、いいんじゃね……っ? いっちゃんってなんかうさぎっぽくて……!」
おいお前なぜ笑う。腹を抱えてまで笑わなくていいだろうに……
だが楽しそうなのはべつに男子勢だけじゃなかった。女子勢もみんな笑っている。
特に真夏まで笑っているのが意外だった。
「椎名……お前まで笑うのか」
「ご、ごめんなさい。……べ、べつに他意はないのですけれど……いっちゃんって、私が昔飼っていたハムスターと同じ名前だったもので……。しかも目つきが黒崎さんと似ていて……」
どういうことだ! おれはハムスター顔だと言いたいのだろうか。
「いっしし! 真夏のハムスター私見たことあるけど、超絶似てるんだよね! べ、べつに黒さ……いっちゃんがハムスター顔って言うわけじゃなくて、本当になんかこう、時々すましたように遠く見るところとか、超似てる!」
それはいったいどんなハムスターだったんだろうか。
めっちゃ気になるな。
だがまぁ、ハムスターと目つきが似ていると言われて、正直悔しい気持ちもあるが、こうやって仲良くなっていけるならべつに大した問題ではないような気がした。
「わかった。今日からおれは『いっちゃん』だ」
「おう、よろしく頼むぜいっちゃん!」
「いっちゃんさん、今日からよろしくお願いしますね……」
だからなぜ笑うんだ真夏よ……
おれは少々くすぐったいような、恥ずかしいような気持ちになる。本当にこれでいいのだろうか、とも思わなくもないが、みんなで楽しく過ごせるならそれはそれでいい。
「……ともかくだ、一応言っておくが、おれはべつに部活に所属するつもりはない」
「えーなんでー? いっちゃんめっちゃスポーツできそうなのにー」
「部活よりもバイトしたいからな」
「なるほどね。なんか、いっちゃんって僕らよりもちょっと大人っぽいところがあるから、そういう金銭的な稼ぎは出しておきたいと思うタイプなのかな?」
そうか?
おれは大人っぽいだろうか?
鏡で見た顔は正直子どもそのものだ。
だがおれは九年後の未来から来た、中身はおじさんなのである。
おじさん……いやこの言い方はよくないな。
ラノベ作家志望だったとは言え、大学ではかなりの本を読んできた。それこそジャンルは多岐にわたる。バイトだってたくさんした。
おれはこいつらよりも遥かに人生経験を積んでいる。
だからこそ、隼人が今言ったように、おれは大人に見えるのかも知れない。
男という生き物は、性格とか、人生経験とかが顔つきに出るらしい。
だとしたらタイムリープしたあとのおれの体でも、それが起こってるのかもな。
ここは下手に出るよりも、肯定した方が無難だ。
周りが大人っぽい人として扱ってくれるなら、大人っぽい人として振る舞う。
これが一番だ。下手に『えーそんなことないぜ!』とか言うと、本当に『そんなことない』人間として見られるようになっちまう。
そうやって自分をむだに卑下しなくなったのも、今までの人生経験があるからかもな。
「まぁそうだな。家計の足し……にでもなればいい。学費だって出してもらってる立場だしな。
それ以外にも、遊びに行くときとか、服揃えたりとか、もろもろ掛かるだろ」
おれが言い切ると、真夏は尊敬の眼差しでおれの方を見ていた。
……あれ?
ちょっとやりすぎたか?
大人っぽい人と言われて、なんか増長した人みたいになってないかこれ?
大丈夫だろうか。
「さすがですね。なんか私、いっちゃんさんのこと見習いたいと思いました」
「おー、学年位置の才媛にここまで言わせるとは、さすがいっちゃん。隼人は女たらしだと思ってたけど、ひょっとしたらいっちゃんのほうがたらしカァ?」
ニヤニヤ笑いを浮かべる結衣。おれはすぐさま手を挙げて否定した。
「いやそんなんじゃない。おれは付き合ったらちゃんとその子しか見ない」
「……あはは。どうかなぁ。男って意外と、嘘つくときは嘘つくからなぁ」
隼人はニヤニヤしながらおれのことをからかってくる。
だからそんなことないってば……
部活動見学は二時間ほどで終了した。
ものすごく楽しかった。
見学したのは、主に文化部が多かった。
運動部の見学をしてもよかったが、やってることなんてたいてい想像つくしな。それに見学に来る奴らはだいたい経験者ばかりで、正直運動部を見ていても楽しくはない。
その点文化部は、初心者大歓迎な部活が多かった。
運動部とは違って週三とか、週二とか、毎日活動していないところが多い。
ゆるーい部活動だからこそ、なんというか、見学会において面白い企画が立ってたりする。
たとえば茶道部では、お茶の試飲会なんてものがあった。
しかしこの茶道部とてもいじわるで、何と五つのお茶のうち四つは当たりで、一つにはわさびが入っているというのだ。
わびさびもへったくれもないな、とおれが突っ込むと、さびは入ってるよ、と冗談めかして言われた。
いやどういう意味だ。
けっきょく健太がさび入り茶をひいて、みんなに大爆笑されていた。
なかなかに傑作だった。
鼻からなんか垂れてたしな。
そんなにわさびが入っていたのだろうか。
ちなみに五つの茶碗だったため、真夏は見学だった。
さすがに真夏にさび入り茶飲ませるわけにはいかないという茶道部側の配慮だったが、なんとなく真夏は申し訳なさそうにしていた。
軽音部ではギターの試し弾きをさせてもらった。
おれは音楽があまり得意な方ではないが、しかし前回の大学生活では一人カラオケとかしてた。
だがもちろんギターなんて弾いたことはない。
慣れない手つきだが、軽音部の方々は優しかった。
おれもちょっとは音が出せるようになった。
逆に真夏は悪戦苦闘していた。
学校一の才女と呼ばれる女の子の意外な姿を見たかもな。
彼女のそんな姿はおれの目にとても新鮮に映った。
見学の途中、廊下で沙希にすれ違った。
彼女はおれとのすれ違い様、ニヤニヤ笑いをおれに向けてきた。
「一軍デビューおめでとう」
そんな視線を送られた。
よけいなお世話だっつうの。
まぁとはいえ。おれの学園生活、今度こそはうまくいきそうだった。
だが油断は大敵。
スタートダッシュに成功したからと言って、今後がうまくいくとは限らない。
これからも精進あるのみだ。
ちなみにおれ含むこの六人グループ名は「いっちゃんクラブ」と名付けられた。
……いやなんでやねん
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