異変 1

 おれはいつもの部屋で目を覚ました。


「………………あ?」


 おれは異変に気がついた。すぐにだ。

 なにかがおかしい。

 おれはアゴを撫でてみた。


「……?」


 ひげがない……だと!?

 伸ばしていたはずのひげが跡形もなくなくなっている。

 どうした? まさか母親が勝手に剃ったとかか?

 んなわけない。

 おれはゆっくりと鏡に向かって歩いた。


「………………なんか、おれ若返ってない?」


 不思議だ。こんなにも不思議なことがあるなんてな。

 まぁ、朝の鏡に映る自分なんて、意外と他人に見える。


『こいつ誰だ』


 とか思うこともしばしばだ。

 なるほど、その現象が今起きたと考えるのが妥当だろうな。


「ふっ、しかしずいぶんとイケメンだな」

「あっ、ゴミ屑みたいなお兄ちゃんだ、おはよー」

「おうなんだ妹か……。ってなんでお前がいる!?」

「は? お兄ちゃん朝からなに言っちゃってんの?

 なに? キモいんだけど。うわ、みなみドン引き」


 おれの部屋にノックもせずに入ってきた妹。

 ちょっと待て。

 本格的になにかがおかしく思えてきた。


 妹はたしか、社会人になって家を出たはずだ。

 そうだ、一人暮らしをしているはずなのだ。

 それなのになぜ、実家にいる。


「お前いつの間に帰省した?」

「帰省? お兄ちゃんほっんとにきもいよ。帰省なんかしてないし。だいたいここ我が家じゃん」

「……」


 おれは沈黙する。

 いったいなにが起こっている。

 それにだ。


「お前なんでコスプレなんかしてるんだ? 中学生の制服なんか着て」

「………………だぁもう。お兄ちゃんなんか変だよ?

 これから卒業式なんだから当たり前じゃん。

 ご飯できたから、お母さんに起こしてこいって言われたの。

 はぁ、こんなお兄ちゃん抱えてる私って……うわーん」


 嘘泣きを始めた妹の黒崎美波。

 ちなみにおれの名前は黒崎いつきだ。こいずみじゃない。


「待て。おれには状況が理解できない」

「アタシはお兄ちゃんの頭の中が理解できないよ」

「そうじゃない。いやそうとも言える。おれもなんだかさっぱりだ」

「どしたのお兄ちゃん? まさか未来とか来たとか?」

「………………未来?」


 妹よ。お前はなんて鋭い女なんだ。

 たしかに。

 その可能性はあり得るな。

 おれは慌ててカレンダーの方に歩いて行った。

 そこには、


「二〇一四年……だと!? はぁ!?」


 おれは素っ頓狂な声を上げた。

 なにが起こってる?

 おれはまさか、タイムリープしたとでも言うのか?


「お兄ちゃんうっさい。つかはやく歯をみがいてきて。お願いだから」

「いや………………はぁ!? おれにはまったく理解できない! なんでおれが二〇一四年にいるんだ!? はぁ!? 何年前だ!? きゅ、九年前、だと!? はぁ!?」

「ちょっとほんとうるさい。通報するよ?」

「どないなっとんねん!」


 おれは叫んだ。

 なんだ、これは夢か?

 夢なのか?

 なぜおれは二〇一四年に来ている?


 ……………………まさかタイムスリップ? いやタイムリープだったか? どっちかわからないが、おれの体が若返っていることをかんがみるに、意識だけ戻ってきたってとこか。


 夢、じゃないよな。


「お兄ちゃん? どうして泣いてるの? キモいよ?」

「おっ、おおおおおおおっ! みなみぃいいいいいい! あいしてるぅううううう!」

「きんもい! 本当にキモい! さわんないで! 今日遙人くんとデートする約束あるんだけど!」

「ダメだそれは認めない!」

「なして!?」


 遙人はろくな男じゃない。おれは奴の噂を知っている。大学時代に遊びまくって、何人かの女の子を悲しませた。

 しかも妹は、その遙人と大学一年の夏まで交際する。

 卒業式にデートするなんて、ろくな男じゃない(偏見)

 いけない。それはいけない。

 お兄ちゃんそんなこと許さない。


「だめだ。今すぐに捨てろ。奴はやりチンだ」

「は? お兄ちゃんに勝手に決めつけられるほど、遙人くん人間性悪くないし」


 たしかにぃ。おれって一体なんなんだろうな。

 なぜ生きているのだろう。

 しかし。

 しかしだ。

 おれは過去へと戻ってこられた。


 これって、ものすごいチャンスなのではないか?

 諦めていたモノ、手に入れたかったモノ、そのすべてを、取り戻すチャンスなのでは?


「いいからお兄ちゃん、はやくしたくしてよ。今日はお兄ちゃんの卒業式なんだよ?」

「……そうか。中学三年か」


 おれと美波は学年一つ分しか変わらない。

 妹は今中二。そしておれが中三。

 そして今日が卒業式か。


「わかった。今したくする」

「……ん、はやくして」


 おれは一も二もなく、制服に飛びついた。制服が掛けられている場所はすぐにわかった。  

 九年後も同じ位置に掛かってたからな。




 ぶじに卒業式を終えた。

 まったく変わらない顔ぶれだった。隣の席の草薙も元気そうだった。

 まぁそんなことはどうでもいい。


 この状況だ。


 おれは今さっき、神塚中学校の卒業式を終えた。

 これから行く高校はすでに決まっている。

 川崎市にある、鷹栖高校だ。

 県内有数の進学校で、おれは高校デビューをするならここ、と決めた高校だ。

 けっきょくうまくいかなかった。


 けど、おれの高校デビューは、今から始まる。

 なんたって、おれはタイムリープしたのだから。

 うふ。

 うふふふ。


「お兄ちゃん、その笑みやめて。なんかヒソカみたい」


 妹がアイス咥えながら言ってくる。ちなみにヒソカとは『HUNTER×HUNTER』という漫画のキャラクターである。

『HUNTER×HUNTER』自体はおそらく九年後もあまり進んでない。

 なんか安心するな。

 妹は、お前の女子力低すぎだろ……といってやりたくなるくらい、パジャマ姿だった。


「お兄ちゃん、若返ったか?」

「何の質問よそれ。面白い。逆に面白い。相変わらず年上に見えるよ。

 まぁ老けてないとは思うけど。いい意味で大人っぽい?」


 そうか、大人っぽいかぁ! あっはっは! おれは大人っぽいんだって!

 超嬉しい! 嬉しすぎて飛び跳ねちゃう!


「お兄ちゃん、褒められて嬉しいのはわかるけど、ちょっとその顔やめな。本当に。笑い方ちょっとえげつない」


 なんか注意された。

 そうか……。

 おれはたしかに、笑うときはいっつもユーチューブなり見てるときだった。

 人と会話しているときに笑うなんてこと滅多になかった。

 だから、これから高校デビューするに当たって、笑い方の練習もしておいた方がいいかもしれない。


「んじゃね」


 美波は扉を閉めた。

 とりあえず寝るか。




 何日か経過した。

 心と体の急激な変化にえずくことは多々あった。

 時々バランス感覚がおかしくなることもあったけど、すぐになれた。

 そこはあれだな、元野球部の意地って奴だな。

 まぁとにかく。

 この時代で何日か経過したと言うことは、もう九年後に戻ることはないのだろう。

 そう確信した。


 おれが書いてきたラノベが世に出ることがないことが確定したことは、ほんの少しばかりショックだが、所詮は二次落ちレベル。

 諦めて、おれは新たな生活にきちんと向き合うとしよう。

 妙にウキウキした。


 高校デビューするために、なにが必要か。おれは考える。


 まずは髪型だろう。それから、このたるんだお腹もどうにかしなくちゃいけない。

 眼鏡も当然やめる。これは前回と一緒だな。コンタクトの入れ方はもう十分習得している。

 あとは私服。ファッションセンスがないと修学旅行とかでバカにされる。

 おれは一週目で盛大にやらかした。

 服なんてなんでもいいだろうと思って、ジャージで行った。沖縄にだ。

 誰も近寄らなかった……。

 悲しい過去だな。


 だが今回のおれは違う。ちゃんとどういう服を着たらいいのか、よくわかっている。

 男はシンプル。そうシンプルに限る。上が白。下が黒。はいこれで完成。

 間違ってないと思う。おれはなんどもユーチューぶのファッション系チャンネルを見た。 

 結論へたにセンスがありそうな服を選ぶよりも、無難かつシンプルなものを選ぶに限る。


 あとはなんだろうか。


 コミュニケーションスキルだな。これがないと始まらない。

 妹にも協力してもらおう。伴って笑顔の練習だな。

 なんか陽キャデビューするラノベ主人公みたいになってきたぜ。


 おれは顔を洗う。そうだな、洗顔フォームとか、化粧水とかもあった方がいいな。ちょっとお高いが、いつかバイト始めればいい話だ。

 のってきた。

 おれは鏡に映る自分を見て、俄然やる気になった。




 というわけでおれはまず美容室にやって来た。

 まず整えるべきは髪型だろう。


 いや先に目がつくのはこの太り気味な腹だが、こればっかりは時間を掛けてどうにかしていくしかないので、先に髪だ。

 おれは緊張しながら、美容室に入っていく。

 おれがやって来たのは横浜にある美容院だった。


「担当の小泉です。今日はよろしくお願いします」


 小泉さんに切ってもらうことになったのだが、おれには似合う髪型がよくわからない。


「お、お任せとかってできますか?」

「うーんそうですねぇ。失礼ながら、あなたのご年齢を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。十五歳です。次から高校生になるので、せっかくだから髪型変えようかと」

「ほう。高校デビューって奴ですか。いいですね」


 でしたら、と小泉さんは思案げに表情を険しげにして、


「次に来る髪型は、そうですね、おそらくマッシュかセンター分けですね」

「ま、まっしゅ?」


 マッシュとは何だ! キノコか? おれは知らない単語にビックリしてしまう。

 センターわけは……アァなんとなくわかる。どこぞのいただき女子がハマっていたホストの髪型が多分それだろう。


 小泉さんはヘアカタログを取り出して、マッシュとはなんぞや、センター分けとはなんぞやを教えてくれた。

 センター分けは、センターパートとも言うらしい。同じ意味だ。


「おれに似合いそうなのはどっちですか?」

「うーん、どっちも似合いそうですが、そうですね、僕が得意なのはマッシュなので。マッシュにしましょうか」

「お、お願いします……」


 緊張する。

 なんだこれは! 

 バリカンで横を剃られると、なんだかとてつもない喪失感が生まれた。

 め、めっちゃ緊張する……。


 ちなみにおれの元の髪型は、スポーツ刈りを六ヶ月間放置したモノだ。

 妹からは汚いと言われていた。

 それが見る見るうちに、最近っぽい髪型にされる。


「うおお。キノコだ」


 おれは目を輝かせる。たしかに、こんな髪型の男たまに街中歩いている。

 似合ってる……? かどうかはちょっとわからない。

 だがこれが最新の髪型だって言うのなら、多分女子ウケバッチリだろう。


 おれは高校時代片思いしている女の子がいた。

 名前を椎名真夏という。

 茶髪ロングの清楚系美少女で、容姿端麗、成績優秀、おまけに運動神経抜群と三拍子揃った子だった。

 おれはその子に告白してみごとに玉砕した。

 だが! とおれは意気込む。

 この髪型だったらワンチャンあるかも知れない。

 いや、スリーチャンスも、ハンドレットチャンスもあるかも知れない。


「ワックスのつけ方教えましょうか」

「あ、はい、お願いします」


 相変わらず陰キャな反応になってしまう。いかんな、このしゃべり方も改善しなくては。


「前髪はできるだけつけないで下さい。というか、つけない方がいいです。ワックスは基本的には、横、それから後ろに付けます。ペラペラめくる感じですね。やってみます?」

「あ、はい、やります」


 おれはワックスをつけていく。


「つけ終わったら、こうやって、全体的に振りながら下ろしていきます」

「お、おお!」


 おれは感動する。

 なんかめっちゃイケメンが生まれてる!

 やばい! 顔立ちはそこそこなのに、なんかこうイケてる感じがするぞ。


「な、なんか、めっちゃ変わりましたね」

「そうですね。男性は顔立ちよりも、特に髪型が重視されます。いわゆる雰囲気イケメンって奴ですね。お気に召しましたか?」

「そ、そりゃもう。帰って練習しないとイケないですけど」

「そうですね。精進あるのみです」


 おれは感動の余韻が去る暇もなく、代金を払った。

 美容室代って、けっこうするんだよな。

 だが高校生活始まったら、バイトすると決めている。ならば我慢だ。四千五百円。く、くそ。まぁしょうがない。


「ありがとうございます。高校生活、楽しんで下さいね」


 小泉さんに見送られた。おれは今後、この美容室に通い詰めることになるんだろう。




 家に帰るなり、おれは妹からビックリされた。


「おにいちゃん……? お、おにいちゃん……だよね? あのボサボサ頭の、ブロッコリーみたいな頭した、ど、ど○ていまるだしの、お、おにいちゃんだよね?」

「何だ妹よ。そんなに驚くことか?」

「驚くに決まってるよ! わ、私心臓止まるかと思った。美波的に寿命五年は縮まったって感じだよ」

「よくわからんが、お前の意見を聞きたい」


 妹は素直にうなずいてくれた。こういうところが、家族だなぁ、と感じるぜ。

 おれはちょっぴりガッツポーズをしそうになったが堪えた。


「ばっちりばっちり! うちのクラスにいたらけっこうな勢いでモテるレベル。美容室?」

「そうだ。かっこいいだろ?」

「かっこいいけどさ、もうちょっとその性格どうにかならない? ナルシストって、時と場合によってはキモいだけだからね?」

「精進する」


 おれは気を引き締めないといけないなと思った。

 いくら外面が変わったとは言え、中身が変わっていないのでは意味がない。


「でもさお兄ちゃん、二つほど言っていい?」

「二つか? なんだ、お前から見てなにかおかしなことがあるのか?」


「……うん、じゃあはっきり言わせてもらうね。一つ、服装がダサい。パーカーはたしかに草食系男子っぽくて、それなりに需要はあると思うけど、その髪型だとマッチしないかな。

 あともう一つ言わせてもらうと、眉毛がゲジゲジすぎる……。美容室でやってもらわなかったの?」


 なるほど眉毛か……。

 おれはそこまで考えていなかった。眉毛ってふつう整えるモノなの?

 なんか眉毛に手を出すって、不良っぽくない?

 どうなんだ? もしやおれがおかしいだけか?


「う~ん、たしかに眉毛整えてもらうのって、抵抗ある男性もいるかもだけど、クラスのイケメン君はみんな眉毛整えてるよ」

「なん……だと!?」


 知らない世界がそこにはあった。

 なんだそうなのか。

 おれは初めて知った。

 眉毛って整えるモノなのか。


「どうせお兄ちゃん春休み暇なんでしょ? だったら眉毛サロンにでも行ってくれば? どうせなら美波もついて行ってあげるよ。美波を眉毛サロンに連れてって、いっちゃん!」


 いっちゃんって呼ぶな。おれの名前はたしかに『いつき』だが、いっちゃんって呼ばないで。


「やかましい。だがそうだな。お、おれの青春生活をレインボーにするためにも、眉毛は整えた方がいいかもしれない」


 それに妹とはいえ、異性の意見だ。

 おれが独断で行動するよりも、異性の意見があった方が百倍いいだろう。


「明日でいいのか?」

「うんいいよ。その代わりに帰りにパフェ奢ってね!」


 最後に条件を付け足した美波。

 ま、まぁ可愛い妹だから許してやるけどな。

 ってなわけで翌日、眉毛サロンに行くことになった。




「えっと、二名様です?」

「あーいえいえ。うちの兄だけです」

「あらあら、妹さんが付き添いなのね。いいわー。さぁこちらにどうぞ」


 おれは初めての眉毛サロンだった。緊張するぜ。

 それともこう言うのって緊張しないことが正解なの?

 おれはよくわからなかったが、とりあえずブースに移動した。


 ベッドが一つ置いてある。

 美波は脇にあるパイプ椅子に座った。どうやら待合用の椅子らしい。

 しばらくすると担当の方がカーテンを押し開けてやって来た。

 美人っちゃ美人だが、大人の美人って感じだ。恋愛対象外。


「担当させていただく黒川です。どうぞよろしくお願いしますね」

「あ、はい、こちらこそ」


 妹がふくくっと笑った。おいなに笑ってやがる。兄のコミュニケーションスキルの低さがそんなに面白いか。


 黒川さんはクリップボードをおれに渡してきた。えっとなになに?

 眉毛の形にはどうやら種類があるらしい。


 一つ目、ストレートタイプ。男性らしくキリッとした印象になる。


 二つ目、理知的タイプ。への字型になるって感じか。なんかサラリーマン向けらしい。サラリーマンでもないし、頭をよく見せたいわけでもないのでこれは却下だな。


 三つ目、アーチ型。文字通り虹の形になる。柔らかい印象を与えるため、おとうさんとかに好まれるそうだ。おれはおとうさんじゃない。なのでこれは却下だな。


「一番目のストレートタイプで」

「お兄ちゃんそれでいいの? 頭よさげに見えた方がかっこよくない?」

「バカ言うな。おれはそんなに頭がよくない」


 ……………………いや待て。

 実際のところどうなんだろうか。

 おれは前回の記憶を掘り起こす。


 大学受験の時、高校までの範囲をめちゃくちゃ勉強した。

 センター得点率は、七十三パーセント。国公立志望だった。まぁ落ちたけどな。

 だが考えてみれば、かなりの学力だったと言えるだろう。

 高校一、二年の時はそんなに勉強してなかったが、三年から一気に伸びた。


 もしかすると、今高校一年生のテストを受けた場合、かなりの高得点になるのではないか?

 ……ふふふ。これはもしかしたら、無双もあり得るかも知れない。全教科一位とかあるな。

 と、おれは浮かれた心をなだめた。おれは仏だ。謙虚に行かなくては。

 さすがにそこまでは甘くないだろう。


「お兄ちゃんはタダでさえバカだからねー。よくあんな進学校に行けたと思うよ」

「まぁ、補欠繰り上げ合格だったけどな」


 よけいなことはいい。おれはすでに合格している。ならなにも問題はない。

 眉毛の施術が難なく終わった。剃って整えると言うより、ジェル塗って、引っぺがす感じだった。おまけで施術した部分が赤い。


「いいじゃんいいじゃん! お兄ちゃんマジイケメン! ヤバい! 一緒に歩くのヤだなって今まで思ってたけど、これはこれでありだよ!」

「そ、そうか。お前にそう言って貰えるとはな。なかなか嬉しくなっちまうぜ」


 おれは素直に喜びを隠さない。

 たしかに眉毛が整ってると、顔立ちがスッキリした印象になる。

 おれってこんなにイケメンだったか?

 これはきっちりとした高校デビューも夢じゃないかもな。




 おれと妹は、そのまま服を買いに駅近くのマディにやってきた。

 マディは、まぁおっきなお買い物施設といおうか。昔で言うデパートだな。ショッピングセンターって言うほどじゃないけど、それなりに大きなビルである。


 マディの三階にやって来た。


 このフロアにはGAがある。服の専門店である。あとは鞄とか、靴とかも売ってる。


「さぁさお兄ちゃん! ショータイムだね!」

「しょたーいむ、だと? まさかおれは今から着せ替え人形にされるって言うのか?」

「その通りだよお兄ちゃん!」


 おれはいやな予感がしつつも、売り場へと向かう。


「ところでお兄ちゃんいくら持ってきたの?」

「ざっと一万円ってとこだ。これ以上お金なくなるとさすがにキツい」

「なるほどねー。まぁ一万円で買える範囲ってなると、上下合わせて二セットくらい?」


「二セットも買うのか?」

「そりゃそうだよ。いっつも同じ服着てる人と思われたくないでしょ!?」

「た、たしかにな」


 おれは妹に案内されて、売り場をずかずかと散策していく。


「あった! とりあえずは上下シアサッカー! いやこれだよこれ!」


 おれが手渡されたのは紺色の、透けるタイプの服だった。シアサッカーシャツと、シアサッカーパンツ。

 上下合わせて四千円くらいか。たけーなおい。


「下に着るシャツも必要だね。まぁ無難に、白地のTシャツにしよう」


 あぁ、妹がコーディネートしてくれる。

 なんて素晴らしい妹なんだろうか。

 おれは幸せ者だなぁ、としみじみ実感していると、妹が白のTシャツを持ってきてくれる。

 すげぇシンプルなデザインだ。


「なぁ妹よ。せっかくだから、お前が服を選ぶ基準を教えてくれるか? おれもネットで粗方調べたんだが、やっぱり直接的なアドバイスが欲しい」

「ふむふむ。ちなみにお兄ちゃんだったら、どういうコーディネートするの?」


「え? あぁおれだったらか? とりあえず上は白のオーバーサイズシャツに、黒のスキニーパンツだろう」

「お……おぉ。お兄ちゃんがまともなセンスしてる。どうしたの? わかってるなら最初からやりなよ」


「いや、まぁ、なんだ。ちゃんと調べても、行動に移せるかは別問題だ」


 おれはファッションの知識はあっても、それを買うまでには至らなかった。

 現実問題、お金がなかったからな。おれがワナビだった頃は、全部ラノベ代に消えてた。


「すごいいいセンスしてると思う。上下シンプルに選ぶってところも、またいいと思うよ」


 妹から褒められた。ヤバい超嬉しい。なにこの妹! 好き! もう一生一緒にいて!


「お兄ちゃんなんか目がキモいんだけど……」

「いつも通りだ。それで、お前からのアドバイスをもっと聞きたい」


「あぁそうだねー。とりあえず服を選ぶときに、いかにもなデザインのは着ないことかな。特になんか変な映画のワンシーンがプリントされたTシャツ。あれ来てる人みんなからちょっと嗤われるからやめといた方がいいよ!」


 そ、そうなのか……。なんかさっき好きな映画のワンシーン書いてあったシャツがあって思わず手が伸びかけた。あぶないあぶない。


「あとはアロハシャツとか。そういうの女子ウケ以上に、男性からも受けが悪いからね。お兄ちゃんは絶対着ないこと。あとジャージも論外。わかったねお兄ちゃん。

 私めっちゃ学校で言われたんだから。お兄ちゃんが中学の修学旅行でジャージ着ていったの」


 すみません。本当にすみません。

 そういえば思い出した。おれ中学の修学旅行でもジャージ着ていったんだ。

 ケド嗤われていたことに気がつかなかったおれは、そのあと高校の修学旅行でも着ていったんだよな。


 本当に恥ずかしい。

 マジで恥ずかしい。

 死にたい!


 とまぁ過去を振り返ってもしょうがないので、おれはきちんと妹の忠告を聞く。


「シアサッカーの上下と、白のオーバーサイズシャツアンド黒のスキニー。これでちょうど一万円くらいじゃない? 試着してきなよ! もち、私もついていくから!」

「覗くなよ?」

「は? お兄ちゃんの着替え誰が興味あんの?」


 めっちゃ嫌われてる。

 思春期女子ってめっちゃ怖いよな。

 特に恋愛対象にならない男子に対してはとことん冷たい。ってかひどい。


 中学一年生の頃、おれの前の席に座っていた田村くんは、両隣の席の女子からいじめられすぎてつむじに野球ボールくらいのハゲができてた。

 マジでキツいって……。

 おれじゃなかっただけマシだけどな。

 おれは試着室へと向かった。




「ど、どうだ」

「おぉ。いいじゃん!」


 おれはシアサッカーの上下を着て妹に姿を見せた。


「かっこいい。そうだなぁ、ついでに首元にアクセサリーが欲しいなー。あったらもっとかっこよくなる。そこのプチプラ専門店で買おっか。

 多分ちょっとはお金余るはずだから。

 あとはそうだな。痩せよっか? ね?」


 言われてしまった。まぁ長年帰宅部だったからな。

 出るモノは出ている。

 ちょっと太りすぎかも知れない。

 百七十四センチ、体重は七十七キロ。


 スポーツ選手なら許されるだろうが、おれが身にまとっているのは筋肉ではなく脂肪だ。


 よって太っている認定。

 まぁ見た目も、かなりぽちゃってるからな。


「そうだな。さすがにダイエットした方がいいな」

「一ヶ月もありゃ痩せるって。お母さんに頼んで食事制限もしてもらおう。

 お兄ちゃんの筋トレメニュー私考えるから、ね?」


 なんて優しい妹なのだろう。

 もう結婚したい。

 おれはもう一方の、今度は自分が選んだ服を着てみる。

 白のオーバーサイズシャツアンド黒のスキニーパンツ。

 おぉ。自分で鏡見ても悪くない。


「どうだ?」

「スタバの店員レベル! ちょっと兄ちゃん高校生に見えない! マジで大学生!」

「それって褒めてるのか?」

「褒めてる褒めてる。女性は若く見られた方がいいけど、男性はより大人っぽく見られた方がいいからね。いいよいいよ。なんかプレイボーイっぽい!」


 いやプレイボーイっぽいって褒められているのだろうか。

 だがいかにもな陰キャよりもこっちの方が遥かにいいだろう。


「かっこいいね! 写真に撮って部屋に飾りたい!」

「このブラコン! おれの写真なんか価値はない!」

「いいじゃん。お兄ちゃんの写真私撮っておきたいよ!」


 おれはちょっとじんときた。

 九年後、おれはたまに帰省する妹にものすごくバカにされることになる。そりゃもうこっぴどく「あんたまだ家にいんの? きしょ。早く出てけば?」とか声かけてくるレベル。マジで死にたかった……。


 そんな妹と、今こうして楽しく会話できている。

 泣きそうだよお兄ちゃん……


「お兄ちゃんなんで泣きそうになってんの?」

「お兄ちゃん嬉しくて……!」

「だからそういうとこなんだって……。涙もろい男はモテないよー」


 そうだな。いやそうだろう。

 女は愛嬌男は度胸だ。古くさい言葉だが的を射ている。

 泣いてる女に需要はあれど、泣いてる男に需要はない。

 だったら前を向くしかないのである。


「うむ。とりあえず買ってくる」

「いってらー」


 おれは購入した。

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