ふたりの帰り道
「あっ、タカシくん」
びっくりした。
放課後、図書室にいたらマツムラさんが入って来た。
「何してるの?」
「えと、調べもの。星の」
「へー、えらーい」
「冬の星座とか」
「予習ばっちりだね」
冬休みの宿題は、星のカンサツ。
星座をスケッチして感想を書く。
「マツムラさんは?」
「ワタシ?ワタシは本の返却」
「へー、何の本?」
「うんと、これ」
「あ、コロボックル!」
ボクの好きな本。不思議な小人の物語。
マツムラさんも読んだんだ。
「タカシくん、知ってるの?」
「うん、シリーズ何冊か読んだ!」
「ホント!」
「これ面白いよね!」
「うん、すごく面白かった!」
「コロボックル本当にいそうだよね!」
「そうそう!ワタシもそう思った!」
小人は本当にいるんじゃないかなって思ってる。
「そこの二人、静かに」
図書室の先生に注意された。
図書室にいづらくなったので、何となく一緒に帰ることになった。
「コロボックル、見てみたいね」
「うん、見たい見たい!三センチでしょ。かわいいよ」
下校道をマツムラさんと並んで歩く。
後ろから誰かに見られてないか気になって、時々振り返る。
「うちにも来てくんないかな」
「そうだね、来て欲しーい」
「いるんじゃないかなって、本棚の影とか探したもん」
「わかるー、ワタシも窓の隅とか探した!」
「一緒だねー」
「おんなじー」
同じってうれしい。
好きなものが同じってうれしいな。もっといろいろ話したくなる。
ちょうどイシダさんちの前を通りかかった。タロウがこっちを見て尻尾を振ってた。
ボクもタロウに手を振った。
「児童公園のとこまで一緒に帰れるね」
「うん、児童公園までね」
珍しく公園には誰もいなかった。
「あ、誰もいない」
「ホントだ」
二人で公園のベンチに座った。ほほに当たる風が冷たい。
マツムラさんは肩をすぼめて、ピンクのマフラーに口元までうずめた。
「図書室で金星のこと調べてたんだ」
「金星?」
「うん。金星はね、大きさや重さが地球とほぼ同じなんだよ」
「じゃあ、金星人いるかな?」
「それはどうかな。温度がものすごく高いし、硫酸の雨も降るんだ」
「へー、だったら無理かあ」
「金星は、朝と夕方で呼び名が変わるよ」
「なんて?」
「明けの明星、宵の明星って」
「そうなの?」
「二つ名前があるってカッコいい」
「うん、でも漫才師の名前みたーい」
ハハハ、漫才師か。
マツムラさん、そんな冗談言うんだ。
「夕方の空に一番最初に見えるけど、他の星たちが出てくると姿をかくす」
「へーそうなんだ」
「星たちが帰った明け方にまた出てくるんだよ」
「タカシくん、よく知ってるね。すごーい」
「他の星座たちを目立たず見守ってるみたいで、なんかいいんだ」
「見守ってるのかあ」
「金星はカッコいい」
「ワタシも好きになったかも」
一番に目立つのもカッコいいけど、そうして役割に徹しているのもカッコいいと思う。
「星のカンサツ会、皆で一緒にやる?」
「うん、やろっか」
「じゃ、テルとヒロとアッキに言っとく」
「ワタシもカコとメグとハナに言ってみる」
いつ公園に入って来たのか、女の人が犬を散歩させている。
ボクは立ち上がってジャングルジムの方へ歩いた。マツムラさんも後ろをついてくる。
「タカシくん、絵が上手だよね」
「そうかな。でも絵描くの好き」
「校門に張り出されたでしょ」
「そう、初めて。うれしかった」
ジャングルジムの二段目に手をかけて一段登った。握った鉄が冷たかった。
マツムラさんも登ってきた。茶色のミトンの手袋があったかそう。
「ニシモト先生、ほめてたよね」
「うん。あれは遠足の時の絵」
「コスモス畑がきれいに描けてたよ」
「ありがとう。いろんな色が咲いてたよね」
三段目に腰かけた。
マツムラさんも横に並んだ。
「コスモスきれいだったあ」
「テルのポーズが苦労した」
「そうだっけ、テルを描いたの?」
「腰に手をあてるクセ。ほらこうやって」
「ああ、やるやる。テルやる。似てる、似てる。そっくり」
マツムラさんが笑ってる。
「ワタシは絵苦手だからうらやましい。真っ直ぐの人しか描けないもん」
「むつかしくないよ」
「タカシくんとちがうもん。上手く描けないよ」
「絵は好きに描けばいいんだよ」
「えー、だって」
「じゃ今度一緒に描こうよ」
同じはうれしいけど、ちがうっていうのは、それはそれで楽しいのかも。
同じはうれしい、ちがうは楽しい、か。
公園の入り口に向かって歩き出した。
「あっ、そうだ」
思い出してポケットからハンカチを出した。
「ほら、これ」
今日はマツムラさんにもらった青いハンカチだった。
「使ってくれてるんだ。うれしい」
「しいく当番の日、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
「インコのおかげだね」
「おかげ?」
だってあの日からなんか始まったんだもん。
今日はいっぱい話せたな。
マツムラさんと話すのは楽しい。
「また一緒に……帰れたらいいね」
「……」
マツムラさんが黙ってニコっとコクンとした。
「じゃあね」
「うん、バイバイ」
走っていったマツムラさんが、公園の入り口で一度立ち止まる。
くるっとこっちを向いて、おじぎをして小さく手を振った。
ボクは両手を上げて大きく振った。
今日図書室でばったり会ったのは、ひょっとしたら目には見えない小人たちが引き合わせたのかな。
そんなことを考えながらの帰り道は、一人でも足取りが軽かった。
角のお寺のカンツバキが真っ赤な花をいくつも咲かせている。
背の高いセンリョウの木は、小さな赤い粒をいっぱいつけていた。
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