ひつじ雲まよい雲

 放課後のタンテイごっこが日課になっていた。

 タンテイとヌスットに分かれ、逃げるヌスットをタンテイが捕まえる。


 この日は珍しく女子たちが「まぜて」と言ってきた。

 じゃんけんでチーム分けし、ボクはテル、コバヤシくん、シブチン、イケガミさん、ホシダさんらとヌスット。

 タンテイはヒロ、オダさん、それとマツムラさんらで、足の早いシバケン、オーケン二人がいるからなかなか手強い。

 いつもより大人数にみんな気持ちが高ぶっている。


 タンテイが目をつぶって百を数え始め、ヌスットは一目散に駆け出した。

 さあ、今日はどこに隠れよう。

 体育館倉庫や旧校舎裏など隠れやすい場所が幾つかあるが、それは向こうもお見通しだ。ボクはまだ隠れたことのない新校舎の三階に行くことにした。


 三階には音楽室と視聴覚室がある。

 三階まで階段を駆け上がって窓から校庭を見た時、ちょうど「……キュウジュキュ、ヒャーク」の声が聞こえ、タンテイたちが広がって走り出す姿が見えた。

 さあ、隠れなきゃ。


 廊下は無人で照明は点いておらず、シーンと静まり、窓からの光りがきれいに射し込んでいた。

 手前にあった視聴覚室の戸に手をかけてみると、鍵はかかっていない。

 音を立てないように戸をそっと引いた時、廊下の向こうに立ったホシダさんの姿が見えた。

 ホシダさんもびっくりした顔をした。反対側の階段を上がって来たようだ。


 二人で視聴覚室に入った。

 電気を消した室内はうす暗く、四人掛けの長机が何列も並んでいる。

 机の影に隠れようと奥へと進む。


 その時、階段を駆け上がって来る足音が遠くから聞こえてきた。


(やばい、誰か来る)


 奥の調整ルームに入ろうとドアレバーに手をかけてみたが、鍵がかかっていた。


(やばい、やばい)


 と思った時、ホシダさんが後ろからボクの腕を引っ張った。

 振り向くとホシダさんが遮光カーテンの方を無言で指差す。

 分厚く重いカーテンと壁とのすき間に、ちょうど隠れられそうな空間があった。

 二人でカーテン裏に回ってしゃがみ込んだ。


 廊下の足音がパタパタと近づいて来る。

 カーテンからそっとのぞくと、入り口の窓ガラスに横顔が見えた。


 マツムラさんだった。


 あわてて顔を引っ込める。

 足音が入り口の前で止まった。

 沈黙が流れる。

 中の様子をうかがっている。


 ボクたちは物音を立てないようにじっと息を潜めた。

 ホシダさんとは肩が触れている。

 足音がパタパタ遠ざかっていった。

 となりの音楽室へ行ったようだ。

 ふーっと小さく息を吐き出して二人目を合わせた。


 だがすぐにガチャガチャと音が聞こえて足音が戻って来た。音楽室は鍵がかかっていたようだ。

 足音は視聴覚室の入り口の前で止まり、重い引戸を引く音がした。


 中に入って来た。


 小さな足音がゆっくりと部屋の中を移動している。多分、机の後ろを順番に見ている。

 ボクたちはじっとして耳をそばだてる。

 緊張が高まる。


 ホシダさんがじりりとくっついてきた。

 両ひざの上に置いた小さなこぶしをギュっと握っている。横を向けば顔が触れそう。

 隠れている時にタンテイが近づいて来るといつもドキドキしたが、あのドキドキと今のドキドキはちょっと違う。

 あのドキドキに別のドキドキが混じっている。


(なんだこれ)


 足音が廊下に出ていった。

 二人大きく息を吐いた。


「ふー、行ったね」

「あぁん、ドキドキしたぁ」


 誰も来そうにないのを見計らって、二人で廊下へ出てみた。

 窓から校庭をのぞくと、「ロウヤ」の鉄棒をつかむコバヤシくんと、その手をつないだシブチンがこっちを見上げた。


「二人捕まってる」

「ホントだぁ」

「誰かがタッチに行けば逃げられるんだよ」

「そうなんだぁ」


 その時だ。


「二人みーっけ!」


 声の方を向くと廊下の向こうにシバケンが立っていた。

 逃げようと反対側を向くと、

「ザンネーン!」

 オーケンが仁王立ちしていた。


 ボクとホシダさんはロウヤの列に加わって手をつないだ。

 校庭を吹き抜けた風に肩をすぼめる。


「誰か救出に来ないかなあ」

「……」


 つないだホシダさんの手は柔らかかった。

「タンテイごっこ、初めて?」

「うん、初めて」

 そして、あったかかった。

「ルールわかった?」

「わかった」

「楽しい?」

「すごく、楽しい」

 小さくうなづく。


 ホシダさんの手に力が入ったような気がした。見上げると、空いっぱいに広がったひつじ雲がゆっくり流れている。

 ボクは空いた方の左手で頭をかいた。


「・・かも」


 えっ?と振り返ったが、ホシダさんは遠くの校舎を見たままだった。

 ちゃんと聞き取れなかった。

 でも何か言った。


 しばらくして下校チャイムが鳴り始め、ヒロが「しゅうりょう~」と叫ぶ合図が聞こえた。


「五人逃げ切りでヌスットの勝ちだよ」

 そう言って振り向いた。

「やったー」

 ホシダさんが目をくりっとさせた。


 頭がほわっとして、ボクはつないでいた手をあわてて離した。


「シバケンひとりで四人もか」

 みんなで校門に向かいながらヒロが聞く。

「コバとシブチンは倉庫、タカシとホシダは視聴覚室、ラクショー」

 その返事を聞いて、マツムラさんの足が一瞬止まった。


 あの時。

 チャイムが鳴った時、ホシダさんは握っていたシブチンのパーカーの袖から右手をすぐに離した。

 左手はタカシが離すまでつないだままだった。


 校門を出たところで全員解散した。

 冬がすぐそこまで来ていた。

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