ヒヨコのヒミツ
一か月前のことだった。
テルが登校するなり、「ひよこ屋のヒミツ重大発表!」と言って、みんなが「なになに」と集まった。
ひよこ屋はボクたちがよく行く駄菓子屋。
お菓子を買ったり、くじ引きをやったり。ザリガニつりのエサはここで買うスルメ太郎だ。
夏の間だけ販売するハチミツサイダーが、何といっても最高においしい。
いつもおばあさんが一人で店番している。
ひよこ屋のばあさんだから、みんな「ひよバア」と呼んでいた。
「お前たちみんな、ひよこ屋の店の名前は鳥のひよこだと思ってたろ?」
テルがほこらし気にみんなの顔を見渡す。
ひよこ屋の看板には素人が描いたようなへたなひよこの絵があったし、奥の棚にはすすけて黒くなったひよこの置物が置いてあった。
「それがな、ひよこはな、ひよバアの名前だったんだ」
「どういうこと?」と誰かが聞く。
「モリ、ヒヨコ」
「モリヒヨコ?」
「そう、それがひよバアの名前。だから、ひよこ屋のひよこはモリヒヨコのヒヨコ」
町内会長をしているおじいさんから聞いたとテルは言った。
「じゃあ正真正銘のヒヨバアじゃん」
ヒロの言葉にみんながどっと笑った。
ひよバアはタオルのようなタオルでないような不思議な被り物を頭に巻いてダブっとした服を着、いつも奥の椅子に座ってテレビを観ていた。
ボクたちが行くと、「よっこらしょ」と言いながら長いスカートを引きずって奥から出てくる。
そしていつも必ず派手な赤い口紅をつけていた。
「重大発表ってそんだけ?」
「大げさだよなー」
「そうだよな」
「ヒミツってほどでもなー」
「ええっ」
皆に責められてテルがたじろぐ。
「テルさあ、本当のヒミツを解明しろよ」
ヒロがいたずらっぽく笑う。
「本当のヒミツって?」
「ハチミツサイダーのヒミツじゃん」
「ハチミツサイダー?」
「あれどうやって作ってんの?ってみんな言ってるじゃん」
「そうそう」
「確かにうまいけど、何入れてんだアレ」
「オレ一度ひよバアに聞いたけど、ヒミツだって言われた」
「そうだよなー、謎だよなー」
「テル、調べてきて」
話の流れでひよこ屋のハチミツサイダーの作り方をテルが調べることになり、ボクはテルにお願いされて一緒に行くことになった。
さっそくその日の放課後に二人で行ってみたが、店はあいにく閉まっていた。
「あれー、休みだ」
「めずらしいね」
ひよこ屋は正月ぐらいしか休まない。
「昨日やってた?」
「知んない。昨日はこっち来なかったもん」
「オレも」
次の日も店は閉まっていた。
ガラス戸越しにのぞいてみたが、中は真っ暗で人の気配がなかった。
しばらく何日か続けて学校帰りに行ってみたが、やっぱり店は閉まったままだった。
そのうちみんなも何も言わなくなった。
それが昨日テルと店の近くを通りかかった時、表のガラス戸が開いていて、中に入っていく人の姿が見えた。
自転車を停めて二人で店に入った。
電気が消えていて、店の中はうす暗い。
目がなれてくるとだんだん見えてきた。
駄菓子や小さなおもちゃが、いつもの場所にいつものまま並んでいた。
少し首をかしげたひよこの置物も、奥の棚に座っている。
その焦点の合っていない目が、ちょっと不気味な感じがした。
「せーの、すいませーん」
奥に向かって二人で声をかけた。
返事がない。
天井や壁の隅を見回した。
誰かいる気配はしてる。
もう一度「すいませーん」と言ってみた。
「はーい」
手に持った掃除機を止めながら奥から人が出てきた。
うちの母さんより歳上の女の人だった。
はい、はい。
いま電気点けるわね。
欲しいものあるんだったら、持っていってちょうだい。
お金はそこにおいといて。
おばさん、値段わからないから。
しばらく閉め切ってたから、なんだかカビくさいねえ。やあね。
ボクたち、よく来んの?
ああ、そう。
ありがとうね。
だったら、言ったほうがいいかなあ。
そうよねえ。
あのねぇ、……亡くなっちゃったのよ。
そう。
近所の人がね、気づいてくれたんだけど。
そん時にはもうねえ。
おばさん?
おばさんは親戚の者よ。
一人住まいだったでしょ。
誰かが片づけないとねえ。
こりゃ大変だわあ。
何か買いに来たんじゃないの?
えっ?ハチミツサイダー?
売ってたの?
やだあ、ホント?
なつかしい。
あれ、おいしいよね。
うん、知ってるよ。
おばさんも飲んだことあるもん。
子どもの頃にね。
えっ、何が入ってるかって?
クラスのみんなが?
知りたいって?
ああそう。
あのね、おばさんこの家に来るの初めてなんだけど、さっき見つけたのよ。
ほらあれ。見える?裏庭の。
小いちゃい木だけどね。
あれはスダチの木なの。
そうね、こっちじゃ珍しいかな。
おばさんの田舎じゃどこにもあるのよ。
今の季節は葉っぱだけだけど、夏に実をつ けるのよ。とてもいい香りの。
自分でハチミツサイダー作ってたのねえ。
だったら、サイダーとハチミツを混ぜて、最後にスダチを絞ってたと思うわ。
昔、これがかくし味だって教えてくれたもん。
そうかあ、そしたらあの木も自分で植えたんだろうな。
子どもが好きだったから。
ボクたちやみんなに飲ませたかったんじゃなあい。
え?ヒミツがカイメイできたって?
難しい言葉使うわねえ。
ボクたち何年生?
そうか五年生かあ。
良かったねえ。ヒミツのカイメイだ。
ボクたちにそこまで言ってもらって、きっとシゲおじさんも今ごろ喜んでるわあ。
え?シゲおじさんよ。
あっそうかそうか、ごめんなさい。
みんなの前ではヒヨコさんで通してたんでしょ。
看板もひよこだもんね。
言っちゃっていいかな。いいよね。
えーとね、本当の名前はね、「ヒヨシゲ」さんっていうの。
月日の日に君が代の代、それと重いって書いて、「日代重」。
おばさんのお父さんの弟さん。
やさしい人だったのよ。
一度結婚したこともあるそうよ。
でもすぐに別れちゃったらしくってね。
理由はねえ、うーんちょっとねえ。
大人はいろいろあるから。
子どもはいなかったの。
本人とっても子ども好きなのにねえ。
だから駄菓子屋さん始めたのかなあ。
あ、びっくりした?
まあね、世の中いろんな人がいるし、いろんな生き方があるからねえ。
毎日ボクたちらに囲まれて、幸せだったんじゃないかな。
そう思ってあげないとね。
あらやだ、話しこんじゃってごめんなさい。
おばさん部屋のかたづけしないといけないわ。
こりゃあ時間かかるわあ。大変だ。
このお店ももうおしまいね。
今までありがとうね。
はいはい、ありがとう。
店を出る時に棚のひよこが目に入った。
ひよこはじっと前を見たままだったが、特に不気味には感じなかった。
背中ごしに掃除機をかける音が聞こえた。
ボクもテルも無言だった。
ひよこ屋にはもっと大きなヒミツがあった。
どうしていいかわからず、テルとは顔を見合わせて店の前で黙って別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます