第3話

登校して鞄を確認したら入れたはずの弁当がなかった。

だれがなぜこんなことを。

答えはわかりきっている。

「キャー可愛い」「ねね、その指輪どこで買ったの?」「髪サラサラ……産まれたてみたい」「女優とかアイドルやってた?」「マコトはどこにいるのか知りたいのだが……」「真琴君ね、マコトくーん」

何がマコトくーんだなれなれしい。いじめられてた時シカトこいてたの忘れねえからな。

ユウキが弁当を持って歩いて来る。

「ありがとうございますユ、一宮さん」

「なんだね?よそよそしくて嫌味な態度だな。思春期の少年は学校に家族が来ると照れ隠しに強い態度をとる傾向があると論文で読んだが、それと似たようなものかい?」

 どんな論文だ。

「か、家族!?」

どういうこと一緒に住んでるの狗藤くん孤児だったよね兄妹とか義理の?同棲禁断の愛

 ぼくは逃げ出した。

「マコトー!」

「ユウキ、君も来い」

 ぼくは最寄り駅の数駅前で下車した。

 家に帰ってもすることがないので秋葉原で時間を潰そうと思ったのだ。

 これはマジで言ってるんだが、アキバで学生服を着ていて職質されたとき、「コスプレです」と言ったらお巡りさんが爆笑して去っていったことがある。

「マコト!これ楽しそうだ」

 入ったゲーセンでユウキが興味を示したのはヘッドマウントディスプレイを使った剣戟シミュレーションだ。ぼくはゲームがそこまで得意ではないのだがこのゲームで負けたことがない。

「つ、強かったな」

「メインストーリーは6話が区切りがいいから、そこまでやろう。ぼくが守るから」

「そうか、守ってくれたまえよ、君」

 剣を握ると、にわかに景色が現実味を覚える。

計算しなくても、ぼくが狼のモンスターを刺し殺したあと後ろに剣を振ると斧を持った小人の攻撃が届く前に斬り殺すことが出来るのがわかる。

ボス。ぼくは相手の剣を受け止めながらユウキにヒールをかけ、ついでに威力アップのバフをかけてのけぞった相手にラッシュを浴びせる。最高にハイのまま相手の範囲攻撃を予測する。ギリギリ夕姫も巻き込むので足のアナログスティックを何度も激しく動かし彼女を範囲外に押し出す。

ステージ端の足場を利用し飛び上がり、スキルで真上からとどめをさした。

「へっへっへ」

HMDを外したユウキは楽しそうに、汗で髪の毛を頬にくっつけて本当に楽しそうに笑う。

可愛いな、と思った。

可愛い、と思う。

「友達とゲームセンターに行ける日がくるなんて思いもしなかった。ああ!外は楽しいなあ」

そんな風に大声で笑う彼女をとても愛おしいと思う。

「しかし、君は強かったな。練馬家の剣の稽古を見たことがあるが、君の方がずっと強いぞ」

「ゲームだよ」

「いや、あのゲームは侮ってはいけない。3ステージ以降は明らかに剣に覚えのある人間が作ったと見えるよ」

そういえば、開発者インタビューでそんなこと言ってたな。

「君、また来よう。もっと先に連れて行ってくれ」

「ああ、またこよう」




「はい、はい記憶洗浄は今日中に」「パピヨンは拘束中です。一宮さまは無抵抗です」

 いわく、ずっと監視されていたと。なんとかとかいう力を持ったユウキに抵抗されないよう、「人質」としてぼくは、ぼくとユウキの絆は育てられていたと。

家の前で組み伏せられるぼく。常人ではありえないほどの力で熊にでも押し倒されているようだ。隠し持っていたナイフが刺さった左肩から最早血は流れていない。虚ろな目でスーツ姿の男はぼくの腕を片手で極めてナイフを引き抜いた。一瞬血が飛び散るがすぐに傷口が再生されていく。ぼくは吠えて噛みつく。歯が欠ける。

「PEDを摂取した人間に勝てるわけないだろう。下民が」

そう言ってぼくの肩を外そうとする。激痛が走る。

「やめて!マコトにはなにもするな……言う通りにするから、言う通りにするから」

ぼくは口の端から泡を吹きながらこの世全てに唸る。

「マコト、君にあの日、声をかけてよかったよ。温かいピザを見たとき、ボク本当は泣きそうだったんだ。ぼくが人の為に頭脳を使うなんてないんだよ?ゲームセンターも楽しかった。君と一緒で楽しかったよ」


ぼくとユウキは同時に記憶洗浄の注射を打たれた。



妊娠線や腐敗し膨らんだクジラの死体をイメージしてほしい。

これに穴を開けたいという、生理レベルの感情。

壊すことは快楽である。それがどんな結果を呼ぼうとも。はちきれる前の生傷を例にだすなら、一本の生傷は女性器のようであると。それを抉りたくなる本能的欲求。

胸の奥の、さらに奥で感じる熱。

その熱に焼き殺される恐怖は破壊願望の沪にくべられる。

断っておくがこれは自由の話ではない。自由にとって破壊とは手段でしかない。

完全な自由とは孤独である。

人になにかして、なにかを相手が感じる、反応をする。そのすべてが鎖なのだから。

それを絆なんて言葉で、煙に巻いてみたり。

 


 ぼくの日常はズレている。橋川や三輪に苛められなくなったのが一番の変化だが、やたらと宅配ピザを頼む。注文したことを報告したい誰かがいる気がする。ゲームセンターに入り浸るようになった。黄色い粉の詰められた小瓶は得体がしれないのに、なぜか捨てる気にならないでいつも持っている。

 ぼくの人生ってこんなもんだったろう。

 それは正論なのだが、何かが足りない。

 こんなのは思春期の、「愛と暴力」が答えのありふれた感覚なのだと思う気がするのだが、ぼくは隣に誰かがいないのが、寂しくて仕様がない。


登下校中、馬車を見た。わざわざ交通ルールを追加してまで華族の威厳を誇示するために再生産された旧式の乗り物。

ぼくは舌打ちをする寸前で目から膜が剥がれる感触に襲われる。

そう、この長く、何よりも輝く黒い髪。色白で、病的な細身の、ちいさな、ちいさな、女の子。

ぼくの瞳に一宮夕姫が映る。手錠を布で隠された一宮夕姫が映る。

 視線を感じて振り向いた、その宝石には例えられない煌めき。黒く美しく生きる瞳がぼくを映す。群衆をかきわけ狗藤真琴をゆっくりと映していく。



 

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