ゴブリンさんと友達になった

金澤流都

ゴブリンさん現る

1 ゴブリンさんあらわる

 よし。きょうも朝ドラを観て感想をポストした。あとはいつも通り、組んだプロットとネームに従って、コツコツと作画作業を進めるのみ。


 そう思ってパソコンに向かう。諦め悪くコツコツ続けられるのがわたしの最大の強みなんだと思う。ツイッターで漫画をUPする人はたくさんいるし、そういうアカウントはたくさんフォローしているけれど、続けられるひとはそんなに多くない。


 そんなことを考えていると玄関がガチャガチャと開いた。父さん母さんが帰ってくる予定はなかったはず。なにごとだ? 玄関が開いて飛び込んできたのはランドセルを背負った弟だった。


「ちょ、晴人、学校は?」


「姉貴! ゴブリンさんにおやつ出してくれよ!」

 ゴブリンさん????


「失礼しますぜ」

 弟に続いて入ってきたのは、ゴブリンだった。そうだ、ライトノベルで女騎士を凌辱したり、村娘をさらったり、村を襲って家畜を奪ったりするアレだ。


 緑褐色の体は小さく、頭は毛が生えておらずツノがある。ぼろきれを身にまとうその姿はまさしくゴブリンであった。

 しかもハリーポッターの魔法の銀行で働いているような品のいいゴブリンでない。腰にクロスボウと投石紐を下げている。

 どちらかというとナーロッパ世界に登場するゴブリンだ。


「あ……えっと……晴人、だれなのこのひと」


「ゴブリンさんだ!」


「それは見れば分かる。そうじゃなくて」


「あっしには名前はありませんでさ」


「はあ……」

 名前はないのか。アンデッドが世界征服する大判ラノベだと落語に因んだ名前がついていたが。


「なあ姉貴、ゴブリンさんにおやつ出してやってってば」


「わかったわかった。えっと、アイスとコーヒーでいいですか?」


「……あいす? こーひー?」

 わからないらしい。


 とりあえずチョコレートアレルギーでないかぎり誰が食べても大正解優勝のパルムと、牛乳で割るタイプのアイスコーヒーを出す。


 ゴブリンさんは恐る恐るパルムのパッケージを開封した。

 はむっ、とパルムを口に入れて、その表情の分かりづらい顔にほんのりと幸せを浮かべて、

「こいつぁうめえや」

 と、夢中でパルムをはむはむしている。


「それはよかったです」


「これは人族の王様しか食えないようなおやつなんですかい?」


「いえ? 近くのスーパーマーケット……ひとつの建物で野菜も肉も魚も雑貨も買える市場で、当たり前に売ってますよ」


「市場で冷てぇ菓子を売ってるんですかい?! どうやって?!」


「どうやって、って冷凍庫で……」


「レートーコってなんですかい?」


「ものを凍らせたり凍ったまま保存できる機械ですけど」


 ゴブリンさんは食べ終わったパルムの棒を置き、メモ帳を取り出してカリカリとなにか書いた。なんというか異世界の文字だ。


「晴人さん、お姉さんはこの世界のことをいろいろ教えてくださるんですね」


「おう! おれの自慢の姉貴だからな!」

 弟は胸を張った。


「お姉さん、お名前はなんとおっしゃるんで?」


「斗雨子、天川斗雨子といいます」


「トーコさん。さっぱりしたお名前ですね」


 それはどういう意味なんだろう。褒めているのかけなしているのかよく分からない。

「あっちの世界じゃ人族の家に女の子が生まれると長ったらしい名前をつけるんでさ」

 そうなのか。


「で、晴人、学校は?」

 勝手に冷凍庫を開けてパルムを取り出しながら、弟は、

「細かいことは気にすんな!」

 と、いや細かくないでしょと突っ込まざるを得ない態度である。


「あのねえ晴人、わたしゃあんたを監督しろって父さん母さんに頼まれてるわけ。なんで学校サボったわけ?」


「だってつまんねーもん」


「勉強についていけないとか?」


「バカにすんな、これでも全科目百点満点なんだぞ!」

 そうだった、弟は妙に成績がいいのだった。まあ小学校のテストのレベルなぞたかが知れているのだが。


「サボってるうちについていけなくなるかもしれないんだよ?」


「教科書読めばだいたい分かるようにできてんだよ」

 はあ……。


「そうだゴブリンさん、」


「ちょっと待て。なんであんたはゴブリンさんと友達になったのか、要点を整理して話しなさい」


「んだよ、友だちなんだからいいだろべつに」

 弟と異世界ゴブリンの間に友情が芽生えている。大丈夫なのだろうか。


「まあ斗雨子さんが心配する気持ちもわかりますぜ。昔ゴブリンは人間や家畜をさらってましたからね。こっちもそうなんですかい?」


「いえ、この世界には昔もいまもゴブリンはいないんですけど」


「いないものにゴブリンって名前をつけてるんですかい?」


「まあおとぎ話なんかには出てくるので」


「そうですかい。ええっと、あっしは近くの河原に住んでるんでさ。この世界の段ボールっつう板は軽くて頑丈でいいですね」

 はあ……。


「そんで、日課の見回りをしていたら、晴人さんに見つかったんでさ」


「おう!」


「あんた学校サボって河原にいたの?」


「おう! きょうは天気がいいからカワセミ撮れるかなって。カワセミはいなかったけどシロサギは撮れた」


 弟は親が昔使っていたボロいコンデジを取り出した。結構なレベルでシロサギの写真が撮れている。


「サギは被写体がでかいから撮りやすいんだ。カワセミは小さくて素早いから、なかなかこのカメラじゃうまく撮れなくて」

 そりゃそうだ、いまの最新鋭のスマホと比較すると画素数で圧倒的に劣ったスペックのデジカメだし。


「てゆかあんた学校行くのにデジカメ持ってくわけ?」


「だめなのか?」


「持ち物検査で取り上げられるよ。取り上げられたら卒業まで返してもらえないんだよ」


「持ち物検査?」


「あ、小学校だからないのか。あれは中学だった」


「……斗雨子さんも晴人さんも、学校に行ってるんですかい?」


「晴人はいま小学生……六歳から十二歳まで通う学校の生徒ですね」


「姉貴は学校いかないで漫画描いてるんだぜ。だからおれだって学校行かなくていいんじゃないかなあ」


「わたしは義務教育終わってるんですー!」


「ぎむ……きょういく?」


「この国では十五歳まで学校に通わなくちゃいけないんです。十三から十五までは中学校」


「はー……教育が当たり前の国なんですか。すげえなあ……あっちの世界じゃ人族の学校なんて貴族でもないかぎり通えませんぜ」

 そうなのか。


「本当は十六から十八まで通う高校とか、もっと上の大学とか専門学校とか、いろいろ学校はあるんですけど、わたしはどうも学校というところに向いてないみたいで」


 そう説明しながら、中学時代のことを少し思い出してしまった。

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