俺のガチでヤバい彼女

神楽耶 夏輝

序章

第1話 君だけのモノになりたい

 体を揺らしたくなるようなキャッチ―でポップなメロディが充満する部屋。

 機械的な歌声。

 メンヘラチックな歌詞。


 ♪今すぐステージ飛び降りーて 君だけのモノになりたい♪


 完璧なピッチと絶妙なリズムで、意味深な歌詞を口ずさんでいるのは黒羽くろばね美惑みわく


 ♪ひと際輝くそのサイリウムで イかせてほしいの見た事ない世界へ~♪


 部屋の半分を占領しているセミダブルは、まるで綿あめのような色彩と、ポップなぬいぐるみで埋め尽くされている。


 その上に、制服姿のままうつ伏せで寝転がり、リズムに合わせて足を交互にぴょんぴょんと曲げたり伸ばしたり。

 その度に、短いスカートの裾から露わになる、ぷるぷるで健康的なペールイエロー。

 そんなシチュエーションで、良太は食卓代わりの小さなハート形のローテーブルに座り、課題の代行をしている最中だ。


 もちろん、彼女の課題だ。


 座っている場所を少しずらせば、中身も丸見えだが。


 この位置からは見えそうで見えない。


 そんなシチュエーションに股間を硬くしている場合ではなく、良太は今日、美惑に言わなくてはいけない事があるのだ。


「あのさ、美惑……」


「ふ? 課題終わったとー?」

 ぽわんと博多弁交じりの、見当違いな返事が返って来る。


「いや、まだ。あと少し。っていうか自分でやった方がいいんじゃないかな、これ。もうすぐ俺たちも受験生なんだしさ」


「大丈夫、私、大学行かないし」


「そっか……。芸能界でやっていくの?」


「当たり前やん! だって私、ロリプラのセンターよ。グループ卒業した後もテレビやCMでひっぱりだこに決まってる。それがダメになったとしてもインフルエンサーで食べて行けるだけの知名度あるしさ。大学なんか行く意味ないやん」


「そう」


 美惑は高校2年生で、現役アイドル。

 ロリータプラネットというアイドルグループのセンターである。

 セクシーロリータをコンセプトに、セルフプロデュースで結成して早や2年が経とうとしている。

 メンバーは全員高校生で童顔、低身長。ちょっとエッチなコスチュームで歌い踊るアイドルグループ。

 

 コンプラ的に大問題だと思うのだが……。


 美惑はそんなグループでセンターを張れるほどには歌もダンスも上手い。顔面もロリコンが喜びそうな漫画に描いたようなロリ顔だ。

 なんと言っても可愛らしい博多弁が新鮮で、メンバーの中でもひと際個性を発揮している。


 ロリプラは、結成当初こそ伸び悩んでいたものの、ありとあらゆる大物インフルエンサーとのコラボ動画をきっかけに知名度が爆上がり。ライブ会場はいつも満員。

 チケットはすぐに完売。ついに大手芸能事務所から声がかかり、今や推しも推されぬれっきとしたアイドルグループとなっている。


 ぼちぼち地上波のバラエティ番組にも顔を出し、発言権が与えられるぐらいには売れてきている。

 そういうわけなので――。


 今、こうして美惑の部屋に良太がいると言う事も、付き合っているという事も、あるまじき犯罪と言わざるを得ない。

 大手事務所所属となったロリプラは、もちろん恋愛禁止。

 ありとあらゆる所で熱狂的なファンが目を光らせているのだ。

 こんな所を見られてしまったら、間違いなく血を見る事になる。

 血を流すのはもちろん良太である。


「あのさ、美惑……」


「あ、そうだ」

 美惑はホップするようにベッドの上で起き上がり、女の子座りの体制になった。


神月堂しんげつどうのプリン食べん? 昨日差し入れでもらったちゃん。早く食べないとまた賞味期限切れちゃう」


 クルクルと表情をかえながら、良太の返事は聞かずベッドから降りた。

 キッチンの横の小さな冷蔵庫を開けて、白いツルツルの箱を取り出す。

 中身を確認しながら


「抹茶とキャラメル、良太はどっちがいい?」


「どっちでもいいよ。っていうか、俺はいいや。どっちも美惑が食べたらいいよ」


「そう?」

 嬉しそうにしゅんとした後、箱といっしょにテーブルに座った。

 広げていたノートをずずずっと向こうに寄せて、プリンを食べるスペースを作った。


「美惑。話があるんだ」


「なに? さっきから。さっさと言いーよ」


 いや、言おうとしてたのにいちいち遮るから……。


 ちゃんと言わなきゃ。今日こそは、と思ってここに来たのに、いざ言いなさいよと言われると逆に言い出しづらくなって、ノートの端っこで手遊びしてしまう。


「う~~~ん。バリおいしい~~~~。幸せ」

 美惑はたっぷりの生クリームでデコられたキャラメル味のプリンを、口いっぱいに頬張り幸せを溢れさせている。


 この状況で言っていいのか?


「んーーーーーーっ、二口目が更に美味しく感じるって神やない? 一口食べる?」


 あーんとスプーン山盛りの、とろりとしたプリンを口元に差し出す。

 これは、世のチェック柄のネルシャツを着た男たちが、サイリウムをたたき割って悔しがる案件だ。

 一瞬の躊躇いは、あっけなく優越感に敗北を喫す。


「あーんっ」

 トロトロと口の中に広がる濃厚でマイルドな甘み。あいつらに見せてやりてぇーーー!!!


「んふっ。おいひい」


「ぃやぁん、良太。口にクリーム付いとーよ」


 不意に近づいた美惑の顔。

 その瞬間、口元をぺろりと冷たい舌の感触が撫でた。


 慌ててテーブルの下に転がっていたケースから、ティッシュを抜き取り、口元を拭った。

 ダメだダメだダメだ!

 こんな事をしに来たわけじゃない。

 ましてや、課題の代行をしに来たわけでもなかったのだ。


「美惑……」

 言いだそうとした言葉は、美惑の唇でふさがれた。


 ちゅっ、ちゅるっと淫らな音を立てながら、甘ったるい唾液が絡み合う。


「ごめ……、あの……」


「わかってる。今日もいっぱいきもちくさしてあげるね」

 美惑は良太のあぐらの上に馬乗りになると、ぎゅうっと体を密着させ、さらに激しくキスを降らせた。


 髪に、耳に、頬に……。

 ボタンは一つずつ美惑によって外されていく。プチッ、プチッ……。


 こうなるともう、前頭葉はフリーズし、正常な判断はできなくなる。


 手は自動的に、胸元に伸びて――。


 今にもはちきれそうなブラウスのボタンを、片手で乱雑に外す。

 唇は美惑に溺れていく。

 迫力あるFカップの双丘が視界を埋め尽くした。


 無我夢中で、美惑の性感帯を探し始める旅に出る。

 ブラウスの向こうに、ブラジャーの中に、スカートの奥に――。


 しかし――。


 とても高校2年生とは思えない美惑の大人びた行為に、良太はいつも取り残されていくような気分になるのだ。

 それはもちろん、射精後、前頭葉が正常に動き始めてからの事ではあるのだが。


 彼女とは棲む世界違う。

 きっと良太には想像もつかないような経験をしているのだろうと思うと、虚しさだけが残って引け目を感じてしまう。


 それなのに……。


 ♪今だけ ここだけ  普通の女の子に……させて♪


「もっと強く……、かんで……」


 ♪君の愛シテルだけが 聴こえない♪


「あ、あい、ああ、あいし……」


 ロリプラの楽曲、『君だけのモノになりたい』が耳について離れない。


 脳を支配してくるキャッチ―なBGMにぎゅっと目を瞑り、Fカップの先端に歯を立てた。



 こうして、美惑のおもちゃにされていくのだ。


 こんな日が、もうそろそろ1年経とうとしていた。


 良太は今日、どうしても美惑に伝えなくてはならない事があったのだ。


 ――他に好きな人ができた。別れてほしい。


 固かったはずの決意は、軽い旋律と心臓が疼くような歌詞に巻き込まれながら、霧散してイクのであった。

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