1章 闇の議事
1-1
『では、会議を始めましょう』
ブラインドの降りた部屋の中は薄暗く、唯一の
室内には緊迫感が満ち、各要人の顔には不穏な表情が浮かぶ。それもその筈だ。この場は単なる意思疎通の場ではない。各々が自らの利益を守り、先の戦争における責任を回避しようと必死なのだ。中には、この会議を機に目障りな相手を排除しようと謀る者もいる。特に『
朱雨はため息を吐くと、なるべく目立たないように空気に徹する。正直、今すぐにでも回れ右をして帰りたいところだが、中岡の『護衛』として会議に参加している以上、そうもいかないだろう。護衛を引き受けた、一時間前の愚かな自分を
それに断っていたら、後でどんな要求をされていたか分かったものではない。
会議は
だが次の瞬間、平穏は音を立てて崩れ落ちる。
「我々が地下に来て、もう十年か。地上では今も尚、奴らが
「全くです。それに未だ地上は疎か、都市部の一割ですらも取り戻せてはいない。その上、例の一件だ。
彼らの言葉に周囲の人々が黙々と頷く。室内には厳かな雰囲気が漂い、一段と締め付けられた。
そんな中、一人の男が閉ざしていた口を開く。
「例の一件と言えば……。先の戦争を進言されたのは、
藤本の問いかけに、場が凍りつく。彼の問いかけには、明確な嫌味と挑発が含まれており、橘花に対する明確な敵意が垣間見える。
橘花
「えぇ。藤本氏のご指摘通り、私が先の戦争を進言しました。それに当初の予定では、私が指揮を執るはずでした。ですが……」
橘花は一呼吸置くと、テーブルの向かいに座る一人の男を睨みつけた。その視線には強い意志と、激しい憎悪が
「中岡さん、あなたが横槍を入れた。結果的にあの作戦で指揮を執ったのは、あなただ。
戦場に化け物まで投入して。そんな手柄が欲しいか、このハイエナが!」
化け物を特に強調するあたり橘花は今回の件が余程、癇に障ったのだろう。彼は自身の目の前に置かれた水を一気に飲み干すと、中岡の後ろで護衛をしていた朱雨を指し示し、叫んだ。
「だいたい、何故その男がこの場にいる。ここは神聖な会議の場のはずだ。汚れた咎人が来るべき場ではない!」
橘花の訴えに各界の要人も首を縦に振った。その動作はただの同意ではなく、狡猾な思考の産物だ。彼らは橘花の言葉に乗じて、全ての責任を中岡に押し付ける絶好の機会を得たと思い込んでいる。その表情は冷たく、知的な面持ちをしているが、その裏には姑息な策略が渦巻いていた。この場を作り出した藤本は内心、可笑しくてしょうがないだろう。
何処からか、此方を嘲笑うような失笑が聞こえるが、勘違いではないだろう。
中岡は橘花からの攻撃的な言葉に対して、冷静な態度を崩すことなく、巧みにかわし続けた。彼もこの一連の出来事に藤本の策略が絡んでいることを見抜いており、下手に橘花を刺激して罠に嵌ることだけは避けるべき事案だと理解している。
とはいうもの、既にこちら側は後手に回っている。これ以上の防衛は、却って不利に運ぶ可能もあるだろう。朱雨は中岡に目配せすると、彼は肩を竦めて小さく頷いた。
朱雨は小さく手を挙げると、静かな発言をする。
「橘花さん、自分がこの場にいるのは、上司である中岡を護衛する為です。しかし、こうなってしまった以上、仕方ないですね……。自分はこの場から退席させていただきます。この場にお集まりの皆さんもそれを望まれているようですし、ね。中岡さんにはご迷惑をお掛けすることとなりますが、ご理解の程を」
その言葉に、室内の空気は一変する。藤本の筋書きでは、中岡に対して敵意のある橘花を焚き付けることで、必然的に中岡の部下である
藤本は驚きの表情を浮かべると、口を開こうとしたが、中岡が割って入る。
「確かにこのような状況では、建設的な議論は期待できないな。……理解した。
「了解……」
この一連の出来事により、藤本の
『お待ちなさい、
声はELパネルの向こう側から発せられ、朱雨はその場に立ち止まる。その声は、会議室を一瞬にして静寂に包み、全員の注目を集めた。
『朱雨、あなたの退席は私が許しません』
彼女の姿は
「巫女様、先にの述べましたが、自分は中岡と護衛としてここにいます。そして、それ故に自分は退席をする。理由は……述べる必要はないですよね」
『ですから、私からあなたへの会議参加を要請します』
巫女の意外な提案に会議室は驚きと興奮に包まれた。室内は先程の静寂が嘘であるかのように騒ぎ始め、止まっていた時間が加速する。
『中岡もそれで構いませんね』
「……了解しました、巫女様」
彼女は一つ咳払いをすると、落ち着いた面持ちで言葉を言い放つ。
『では、会議を続けましょう』
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