11話 戦闘班

「全員そろっているようだな」


高鷲たかすは教壇に立って、教室を一望した。


「今から、このクラスを戦闘班、情報班、防衛班、サポート班の四つの班に分ける。この班は実際に作戦を行う時に担う役割に大きく関係している。これからの授業も班ごとに行ったり、組み合わせて行ったりすることが多いだろう。入試と今日のデータを見た上での班分けだからこれから班が変わったりすることもあるだろうし、今日の時点ではこちらで完全に決めるが次からはある程度本人の希望を聞こうと思っている。今からの授業の説明は、班分けをした後で行うから、とりあえず班ごとに座ってくれ」


雹牙達は高鷲が発表した班ごとに席に座りなおした。


戦闘班……ふう、かるま、雹牙ひょうが

情報班……沙知、きい

防衛班……大地、花

サポート班…綾人、あかり、けい、亮輔、活水かつみ


「それでは午後の授業について説明するぞ。班ごとにその分野を得意とする教師がつく。彼らから作戦を実行する上での立ち回り方について学んでくれ。それを今日、明日で叩き込め。三日後、実際に班から一人づつランダムに選抜して組んだチームで模擬の作戦を行うつもりだ」

「結構ハード!」


あかりが叫ぶ。


「これくらいこなせなければ、エジャスターにはなれないぞ。行事や試験、模擬戦で優秀な成績を残し認められ、救援要請が来ればエジャスター達と一緒に実際の現場に行けるようになる。指名と推薦の制度があるが、今までで一番早かった生徒は入学して三か月で指名されている。そうなれば、基本的な作戦の知識と経験は必要になるからな」

「なるほど……。エジャスターになるためにはこれくらいやってのけなきゃいけないってことですねっ!?まあ、それなら頑張る!」

「担当の教師を紹介する前に、模擬作戦までの課題を伝えておく」

「課題……ですか?」


沙知が首をかしげる。


「先ほど話した指名推薦制度とも関係ある話だ。エジャスターとして活動していくには仮の名前が必要だ。正体を隠して活動するわけではないが、本名を容易く相手に教えるのはあまり好ましくない。それは、ここでの生活上でも同じだ。この学校の活動は世間からの注目度が高い。メディアなどにもよく取り上げられるだろう。その際に名乗る「コードネーム」、そして名乗りの後に言う決め台詞を三日後の模擬作戦までに考えてこい」


コードネーム、決め台詞という言葉に、教室がどよめく。


それもそのはず。コードネームと決め台詞と言えば雹牙達が幼い頃に見てきたヒーローモノのアニメの定番。更に言えば、エジャスターの活躍を生中継する番組でもエジャスター達がコードネームと決め台詞を言うシーンは名シーンとして有名で、名のあるエジャスター達がかっこよく決め台詞を言っている場面の総集編などが後日放送されるほどだ。


「コードネームと決め台詞!?あたしそれやってみたかったんだよねっ!こんなに早く言えるなんてサイコーじゃんっ」

「なんか、いよいよヒーローって感じでわくわくするな!」


あかりと大地がはしゃぎ始めた。他の生徒もわくわくを隠し切れないようでほおを紅潮させて興奮している様子だ。


雹牙も声には出さないが興奮を隠しきれなかった。雷音が決め台詞を言う名場面集のDVDを買って、何度も繰り返し見て自分だったら……と妄想する日々をつい先日まで過ごしていたのだから。


「静かに。今から、教師を紹介するぞ」


高鷲の鶴の一声で教室はすぐに静まり返る。


教室の中に三人の教師が入ってきた。彼らは高鷲の横に一列に並び、姿勢を正した。


「入学式の時に自己紹介はしたけど、改めまして。コードネーム『グリント』だ。能力は「光」僕はここの校長兼、教師をやっている明埼光めいさきひかる。担当は戦闘班。よろしくね」


金髪の穏やかな目をした高身長の男が微笑んだ。


言伝玲実ことつぐれいみ。コードネーム『キノニア』。能力は『テレパシー』で担当は情報班だ。よろしくな」


黒の長髪を無造作に一つ結びをした女が腰に手を当てて豪快に笑う。


膠灰耕司こうかいこうじ、コードネーム『オルミゴン』、能力『コンクリート』よろしく!」


筋肉ムキムキの短く切り揃えた白髪の男が白い歯を見せて腕の筋肉をアピールした。


「こいつの担当班は、防衛班だ」


高鷲が呆れ顔で付け足して続ける。その様子からして、彼が大切な事を言い忘れるのは日常茶飯事のようだ。


高鷲は気を取り直して、背筋を伸ばす。


「俺のコードネームは『アギラ』。能力は『ワシ』担当はサポート班だ。今から早速分かれて授業を行う。授業を行う場所はそれぞれ違うから、それぞれその場で授業を終わることになる。明日は教室に集まらずに、担当教師が指定した場所に行ってくれ。説明は以上だ。質問はあるか?……それでは、解散」


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


「戦闘班は……君達だね。えっと、白石ふうさん、氷野雹牙くん、火神かるまくんであってるかい?」


金髪の男ー明埼が雹牙の机の前に立ち、三人と目を合わせていく。


「はい、そうです」


雹牙が頷いた。明埼は雹牙を見て微笑む。


「うん。よし、じゃあまず移動しようか。僕の腕を掴んで」


明埼は右腕を三人の前に出した。雹牙達はその腕を掴む。


「何のつもり……」


かるまが上げた疑問の声を遮るように明埼の体が発光して、瞬く間にその光は広がり、雹牙達の視界を白く染める。次の瞬間には四人の姿は教室から消えていた。


「みんな、大丈夫?」

「一体何が起こって……」


明埼の声が聞こえて、雹牙は反射的に瞑った目を開けた。


「ここって、訓練アリーナですよね?さっきまで教室にいたのに一瞬で……」


目の前に広がる真っ白い空間をぐるりと見て雹牙は呟いた。


「うん、ここは第三訓練アリーナだ。僕の能力は『光』。今みたいに瞬間移動もできるんだよ」

「でもそれだったら専門はサポート班じゃねえのかよ」

「ちょ、かるまくん。そういう態度は良くないよ」


校長相手に横柄な態度を取るかるまの腕を雹牙は引っ張る。


「ふふ、かるまくん。君は威勢がいいね。そういうの嫌いじゃないな。まあ、見ててよ」


雹牙の心配とは裏腹に明埼は優しく笑った。彼が手を上にあげると、それが合図だったようで能力検査を行った時と同じ街が作り出されて、敵が現れた。


「あの敵は、能力検査で君たちが戦ったのよりも遥か上のレベルの敵だ」


明埼は敵を真っすぐに見据えた。


「口で説明するよりも、実際に見せた方が早いからね。僕の光の能力は一見見ればサポート系の能力。でも僕がこの力を発揮するのは、戦闘の時だ」


明埼の体が僅かに前に傾いた。そして、次の瞬間にはその姿はそこにはなかった。敵の近くで光がフラッシュする。敵の体が後ろに吹き飛んだ。体が地面に落ちる前にまたフラッシュして今度は上に浮いた。何度かフラッシュしたのちに敵は地面に落ち、バーチャル空間が解かれた。


「まじかよ……一瞬のうちに、敵に攻撃も許さず……」


その凄さにかるまでさえも驚きを隠せない様子だった。


「嘘だと思うなら、モニター室でレベルを確認してくるといいよ」


呆気に取られている雹牙達を眺めて、名埼は楽しそうに笑う。


「嘘だなんて思いません。だって明埼先生は優秀な特攻隊長として有名ですから。明埼先生だけじゃない。エジャスター育成のための高校というだけあって、ここの先生はエジャスターの中でも上位に位置する優秀な人達で構成されていると聞いています。実際、あなたと言伝先生は前線に立って戦っている様子がよく報道されている。僕はあなたに……明埼先生に教えてもらえることが凄く嬉しいです」


雹牙は首をもげそうなくらいに振って否定した後、はにかんだ。


「僕も、君たちを指導できて嬉しいよ」と明埼は雹牙の想いに答えるように深く頷いた。


「俺だって、あんたが前線に立っていることくらい知ってる。でも俺はあんたよりもすごい人がいることも知ってる」


かるまは攻撃的な目を明埼に向けた。


「へえ、僕よりすごい人か」


明埼はその目を受け流して、面白そうに笑う。


「ああ。影のヒーロー……俺は、ずっとあの人に憧れて此処まで来たんだ」

「影のヒーロー……か。なるほど」

「でも、俺だってあんたに今すぐ勝てるなんて言うほど馬鹿じゃねえ。だから俺はまず今からここであんたから全て吸収して、すぐにあんたを越して見せる」

「随分な自信だね?」

「俺は、そこら辺の奴らとは違うんだよ。本当はこの場にこいつがいることだって不快なんだ」


かるまは隣に立っている雹牙を親指で指した。


「なるほどね。よし、少しだけど僕の戦闘も見てもらえたし、お喋りはここまでにしてそろそろ授業を始めようか」


明埼は床に座るように指示して、話始める。


「さて、質問だ。雹牙、戦闘班の仕事は何だと思う?」

「えっと、敵を倒すこと……ですか?」

「正解だ。目の前にいる敵をただ倒す。それが戦闘班がすることだ。戦闘班の仕事は一番シンプルだけど、最も危険だ。かるま、何故危険だと思う?」

「は?そんなの、答えなくても分かるだろ」

「もしかして、分からないのかい?」


あまりに簡単すぎる問題にかるまが苛立ちを見せる。明埼はその不遜な態度を気にせずに煽った。その顔は面白いおもちゃを見つけた子どものように楽しそうに笑っていた。完全に明埼はかるまの反応を楽しんでいるようだった。


「分かるに決まってんだろ!」

「じゃあ、答えてくれ」

「―前線に立つから、だろ。戦うだけってすることは単純だけど、それはつまり一番命を落とす可能性のある所に立ち続けなければならないってことだ。戦闘班が逃げ出せば、それは戦いにおいて敗北を意味する。どれだけ敵が強大でも戦って勝たなければならない。それが、最も危険と言われる理由だ」

「うん、百点満点。僕らは常に一番前に立って他の班の仲間を引っ張って行かなくちゃならない。僕らは常に戦う意思を見せ、仲間を鼓舞しなければならない。言葉ではなくて、戦う態度で示さなければならない」


明埼は真面目な顔で雹牙達を見つめ、ほおを緩めた。


「じゃあ、最後だ。戦闘班にとって最も大切なことは?ここは順番的にふうに……と思ったけど、全員に聞いてみようかな。思いついた人から発言してくれ」

「負けないこと」


かるまが食い気味で回答した。明埼は穏やかな顔で頷く。


「うん、それは大切だ。他には?」

「守ることです」


雹牙が次に答えた。明埼は優しく微笑む。


「ほう」

「これは戦闘班だけじゃなくてどこの班でも大切なことかもしれませんけど、でも僕はそれが一番大切だと思います」

「うん、そうだね。守ること、これは確かに最も大切なことかもしれないね。ふう、君は何か思いついたかい?」

「私は……」


今までずっと静かに三人の会話を聞いていたふうが口を開いた。明埼はふうを見つめていた。まるでふうが明埼が考えている答えを言ってくれることを期待しているような瞳だった。


「仲間を信頼すること、だと思います」


雹牙はあ……と声を漏らした。三人の回答の中で「戦闘班にとって」という質問に的確に答えているのはふうの回答のような気がしたからだ。


ふうは続ける。



「情報班から得た情報と指示に従い、防衛班に自分の命を預けて、サポート班にできないことは任せる。このすべては仲間を信頼していなければできないことです」

「うん、そうだね。雹牙とかるまが言ったように負けないことも守ることもどちらも大切だ。どちらも大切だけど、それは前提であり絶対的なものだ。ヒーローは負けることも守れないことも許されない。だからこそ、仲間を信頼するということは1番大切なことなんだよ。簡単そうに見えて、実はすごく難しい。でも戦闘班は仲間の支えの上で戦うことが出来る、その意識は必ず持ってなければいけないんだ」


雹牙はしっかりと明埼の言葉を刻み込んだ。明埼の言葉の一つ一つに重みが感じられた。

目の前にいる人物は、教師としてだけではなく、エジャスターとして、ヒーローをやっている者として自分達に向き合っているような気がした。


「俺は、自分より弱い奴は信用できねえ」


かるまが吐き捨てるように言った。強い意志を灯した瞳で睨みつけるように明埼を見上げる。明埼はそんなかるまの瞳を正面から受け止める.


「自分より弱いやつ。それは君にとって誰を指してる?」

「全員だ。ここに俺より強い奴はいねえ。俺が強いと認めた人は一人しかいない」

「影のヒーロー」


明埼はそう静かに言った。かるまは頷く。


「ああ、あいつだけだ」

「君の前に立つ人物は彼以外許さない……と。君は、君達はどうして戦闘班に選ばれたかわかるかい?」


敵意むき出しのかるまに対して、平然とした態度で駄々をこねる子どもをあやすような態度で接してる明埼を見て雹牙は自分達は彼にとっては所詮未熟な子どもにしか見えていないのだろうと感じた。


「こいつらがどうかは知らねえけど、俺が選ばれたのは強いからだろ。俺はこのクラスで一番強い」


かるまは即答した。その声色には一寸の迷いもない。圧倒的な自信があるのみ。


「そうだ。僕が君達三人を戦闘班に選んだんだ。君達は現状一年生の中で一番強い三人だと僕が判断した」

「そんなはずは……っ」


明埼の言葉に雹牙は思わず立ち上がった。


自分はクラスの中で、一年生の中で一番弱い。その事実は雹牙が一番よく分かっていた。


他のみんなよりも自分が強いなんて有り得ない。その言葉を吐き出そうとした。そう否定したかった。でも、その言葉は明埼に遮られた。


「雹牙。僕が、判断したんだ」


雹牙はその強い瞳を前に何も言うことが出来なくなり、言葉を飲み込んだ。


「なあ、そろそろ御託は終わりにしてちゃんと授業してくれねえか?俺は早くヒーローになるためにここであんたに勝つ必要があるんだよ」

「うーん、確かにそうだね。そろそろ実践の話でもしようか。といっても戦闘班は戦うことが全てだからここでは特別なことは特には教えないよ。今日と明日、只管戦って実践で使える感覚を養ってもらう。念頭に置いておいてほしいのは、仲間と協力すること。今は他の班からのサポートはないけど、三日後の模擬戦では他の班のメンバーと協力することが求められるからね」


雷音が右手をあげると、バーチャルの街中が出現した。


「まずは雹牙とふうだ。危なくなったら止めに入るから全力でやるように。ーそれじゃあ、始めようか」

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