7話 問題児

「私の能力は、扉。壁とか床に扉を設置して、そこを行き来できるように繋げることができる。ワープみたいなもの。一度に作れるのは三つまで。正直、戦闘には向いてない。完全にサポート系の能力。ただ、一応生身でもある程度は戦える」


花とけいは、他のペアが戦闘をしてる様子が中継されているモニターを横目に見ながら作戦会議を行っていた。


「ワープ!通ってみたいな~。あっ私の能力はつるだよ~。触れているところからつるを出すことができるんだ~。それで拘束したり、攻撃したり……使い方は色々できるよ~」


花は楽しそうににこにこしながら自分の能力について手振りを加えながら繋に説明した。


「ちなみに、射程距離は?」

「五メートルが限界かな~」

「生身の戦闘は?」

「人並みにはできるけど、得意かと言われたらそんなに得意な方じゃないかも~」

「使用制限は?」

「うーん…。あんまり考えたことないかも〜」


繋の淡々とした質問に、のんびりとした声で花が答えるという単調な作業が数回続いた。ある程度質問をし終えた後、繋は考え込む。


ーどうすれば、二人の能力をしっかりと使いながら敵を倒せる?


「敵は、或る程度の攻撃だったら一撃で倒せるくらいの強さみたいだね~」


目を閉じて頭の中で構想を練っている繋の隣で、花がモニターを見つめながら呑気な声を出した。


「……ねえ、作戦とかちゃんと考えてる?」


先ほどからあまりに能天気な様子の花にしびれを切らした繋はばっと隣に顔を向けた。


ーどうせ、他の人の能力が凄いとかしか考えてないんでしょ。だとしたら、はっきり言わないと……


「ーけーちゃん。開始の合図とともに敵が出てくるだろう位置の近くに行って扉を設置すること、できる?」

「……」



繋の予想に反して花は真剣な顔をしていた。モニタールームは薄暗い。モニターからでる光が花の顔を照らして、真剣な様子を益々際立たせた。花は真っすぐに繋を見据える。


花は一見頭の中がお花畑のふわふわ女子のように見えるが、それだけではないのかもしれない。繋は息を吐いて、気持ちを切り替える。


「できる。もしかして、敵が出てきたらすぐに近くに移動して攻撃する気?」

「その通りだよ。私が考えたパターンは、二つ……」


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


訓練アリーナで繋は花から聞いた作戦を頭の中でシミレーションしていた。


『他の人のを見る限り、敵の能力はランダムでも、出現する位置は同じみたい。決まって、青色のマンションの付近だよ。建物が完全に現れてから、必ず五秒後に敵が姿を現す。開始前に能力を使っちゃダメっていうのは指示されていないから、けーちゃんは開始前に私の近くに一個、開始してすぐに全力で走って青の建物の近くにもう一個扉を作って繋げて』


ーまずは、ここと敵が出てくると思われる位置の近くを繋ぐ


目を閉じて、繋は床に触れて頭の中で扉をイメージした。そして、その鍵穴に鍵を差し込んで……回す。


かちゃり


脳内に扉の鍵が開いた音が響いた。


「扉が出た~」


花が感嘆の声を漏らす。

繋は目を開ける。繋が触れていた床に白い扉が現れていた。扉はすでに開いていて、中には真っ暗な空間が広がっている。


「開始」


開始の合図。バーチャル空間が広がり始める。繋はあたりを見渡して、青の建物を探す。


「見つけた」


そこに全力で走って、地面に触れる。


「建物が完成したよっ」


花の声が聞こえる。残り、五秒。

繋は急いで頭の中で先ほどと同じように扉が開くイメージを描く。


かちゃり


「来たよっ」


扉が開いた音とともに真横に敵が現れた。


「くっ」


敵は繋の姿を見つけるなり、手を振りかぶってきた。繋はそれを避けつつ、思考した。


『ワープする時間は、十秒なんだよね?なら、それなら私は敵が現れてすぐに飛び込む。ここまでは二つとも変わらないよ。一つ目は、私が移動したときけーちゃんが敵の動きを止めることができなかった場合。この時は、私が敵を拘束するから渾身の一撃をお願い。二つ目は、敵の動きを止めることができていた場合。その時は、私は敵をつるで攻撃するね』


敵を観察すると、手に銃のようなものを持っていた。おそらく遠距離戦を得意とする能力の持ち主だろう、と繋は予測する。少なくとも近距離戦において肉弾戦以外の方法を持っていないのは先ほど確認済みだ。

繋は素早く敵の後ろに回り込んだ。わきの下から手をまわしてしっかりと敵を拘束する。体格差はほとんどない。


花が出てくるまで後五秒


敵は抵抗するが、繋の拘束する力の方が強かった。


「行くよ~!」


花の声と共に地面からつるが三本飛び出して、敵のみぞおちを正確についた。敵の全身の力が抜ける。敵の姿が歪み、空間も歪む。繋の手から敵を拘束していた感覚が消えた。元の白い空間が戻ってきた。


◇◇◇


「次は、火神と氷野のはずなんだが……」


高鷲たかすは頭を掻きながらモニタールームを見渡した。最後に二人の姿を見たのは、最初のペアが戦闘を始める直前。ただならぬ雰囲気を醸し出していたかるまが雹牙を外に連れ出していたところまでは視界の端で捉えていた。

高鷲は既に昨日の騒動の後に、雹牙とかるまの素性を調べ上げていたため、彼らが保育園の頃からの知り合いであることは確認済みだ。


「はあ……ったく。入学式の日といい、今日といい、どんだけ自由なやつらなんだ……。連れ戻して、検査をー」


高鷲がため息をつきつつ外に出向こうとすると、能力検査をすでに終えてモニタールームに戻ってきていたふうがその前にすっと立った。


「先生。氷野くんから伝言です。昔からの腐れ縁の友人とどうしても話さなければならないことがあるので、僕らの順番は最後にしてくださいーと」

「どうしても話さなければならないって……」

「その話をしなければ、能力検査で力を発揮できないそうです」


ふうが端的に答える。高鷲は眉間を摘んだ。


ー問題児め。


「……分かった。とりあえず、後回しにするよ。ところでお前はあいつらと知り合いなのか?」


昨日、騒動があった現場にいたのは雹牙、かるまだけではない。リベリオンとの交戦に直接関わっていない上に、市民の避難誘導を行っていたため糾弾はしなかったが、ふうもいたことは知っている。一応高鷲は彼女の素性も調べていたが、経歴上では二人との関係性は全く見られなかった。強いて言えば、共通点は三人とも他の生徒に比べて学校から近い所に住んでいるということだろうか。知り合いだという可能性は無いこともない。


ふうは首を振った。


「いいえ。昨日の朝に会ったのが初めてです」

「……そうか。悪いが、次の検査が終わる前までにはあいつらを呼び戻しておいてくれないか?今日検査をするのはうちのクラスだけじゃない。時間が押せば他のクラスに迷惑がかかる」

「分かりました」


ふうは頷き、外に向かう。その背中を沙知が小走りで追った。


「ふうちゃん、私も一緒に行くよ」

「ありがとう、沙知」


ふうと沙知が外に出ていくのを確認した後、高鷲は周りを見渡した。


「高鷲先生」


順番的には雹牙達の次のはずだった亮輔ときいが後ろに立っていた。


「次、俺達なんですよね」


何があったかは把握している様子だ。


「ああ、すまないが準備を始めてくれるか?」

「分かりました」


急な変更にも魅輪達は嫌な顔一つせずに承諾して、訓練アリーナへと向かっていった。


「はぁ……」


高鷲は再び眉間を摘んだ。

初日にリベリオンと交戦、おまけに能力検査の途中で居なくなる。高鷲の経験上でも初っ端から問題行動を起こす生徒に出会ったことはない。


ーあの二人は戻って来るのか?昨日、二人の間に流れていた妙な空気が気になるところだが……


高鷲はひとまずは検査を進めるためににモニターへと目を移した。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


亮輔ときいは、訓練アリーナに向かっていた。

二人は既に作戦会議を終えて準備万端の状態である。

きいは亮輔の横顔を盗み見た。


◇◆◇◆◇◆

『君の能力を聞いてもいい?あ、嫌だったら、言わなくてもいいよ』

『ん?別に嫌じゃないよ。ボクの能力は、使役。動物を自分の手足のように動かすことができるんだ。視界も共有することができたりするよ。能力名的には使役って言ってるけど、ボクとしては友達になるみたいな感覚かな。りょうくんの能力は?』

『俺は……あんまり使い物にならないかな。でも、生身で戦えるから安心してーっていうのはおこがましいかもしれないけど、君の足手まといにはならないようにする』


あまり使い物にならないーといった時の亮輔の表情が、きいには印象的だった。憂い、自嘲、怒り……複雑な感情が混ざり合っていた。能力検査なのに能力を使わないのはどうなのかーとか聞きたいことはあったが、人には言えない事情があるのは察せられた。また、それに対して正論で追及しても本人が苦しむだけだというのも、きいはよく理解していた。だからきいはあえて聞かないことにした。


『へー、生身で戦えるって言い切るってすごいね?じゃあ戦闘は全てキミに頼ってもいいのかな?』

『……ああ、任せて』

『じゃあ、ボクが敵を動物たちを使って攪乱するから隙を狙って倒してよ』

『分かった。でも、動物はどうするの?流石にバーチャルの動物は……』

『大丈夫、せんせーに確認済みだよ。ボクが指定した動物達が既にアリーナにいるはずだから』


◇◆◇◆◇◆


「おっいたいた~」


きいはアリーナに勢いよく入っていって、端においてあったゲージに駆け寄った。


「ハムスター?」


その後を追ってきた亮輔がゲージの中を覗き込んだ。


「うん。敵を攪乱するには、小さい動物がいいかなって思って。それに、小さい動物の方が一度にたくさん使役できるんだ」


説明をしながら、きいはゲージの中にいる十匹のハムスターそれぞれと三秒間目を合わせていった。


「……よし、完了っと」


きいが使役を完了したと同時にアナウンスが流れる。


『準備はいいか?』

「ばっちり」

「はい」

『それでは、始める。開始』


「行ってこいっ」


始まってすぐに建物に隠れて、敵が現れたと同時にきいはハムスター達を走らせる。ハムスターは敵の体に纏わりつく。敵は突拍子もない妨害に尻もちをついた。


「人は敵意のない突然の攻撃に弱いからね。意表を突く先制攻撃が大事だよ?」


きいは物陰で不敵な笑みを浮かべた。


「ナイスッ」


隙を見逃さなかった亮輔はすぐさま上から敵を抑え込む。きいは亮輔がしっかりと敵を捉えた瞬間にハムスター達に合図する。彼らは一斉にばっと散り散りになった。亮輔は、そのまま器用に敵をおさえたまま自分と敵を回転させて上下の位置を変えた。そして三角締めをきめる。

手足をばたつかせ、やがて敵は力尽きたように全身を脱力させた。


『終了』


アナウンスが流れた。


「へー結構やるね」


バーチャル空間が消えると、ハムスター達が入っているゲージを抱えながらきいが笑いながら亮輔に近づいてきた。


「別に、それほどでもないよ。藤江君、その汗大丈夫?」


亮輔は苦笑して肩をすくめた後、きいの頬を伝う汗を見て眉をひそめた。


「あー、へーきへーき。結構集中力使うからさー」


きいはへらっと笑って手をひらひらと振った。


「そっか。そういえば……あの二人、戻ってきたのかな?」

「どうだろう。様子見に行ってみよう」

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