3話 君の努力なんだね
「やっぱ広いね~」
寮に向かう途中でたまたま一緒になった雹牙と花は二人で寮へと向かっていた。学舎から寮までは約十分、他にもいろいろ施設があり、結構広い。一つの小さな街と言われても過言ではない学校である。
「地図を見ずに行けるようになるまで時間がかかりそうだね」
雹牙は腕時計から表示させている空中ディスプレイを眺めて苦笑した。ディスプレイには地図アプリを起動させていて、今二人はナビに従って歩いていた。
「だね~」
沈黙が訪れた。雹牙が話題を探していると、花が急に足を止めた。
「どうかしたの?」
雹牙も足を止めて彼女の方を見た。
花は人差し指を顎に当ててうーんと何かを思い出そうとしているようだった。
「何か言わなきゃって思ってたんだよね~。きみに」
少しの間があって、突然あっと声を漏らした。
そして満面の笑みを雹牙に向けた。
「思い出したっ!……これから一緒に頑張ろうね」
「えっ?」
「あの日、約束したこと覚えてる?私もきみも同じヒーローを目指してて、ここに二人とも受かろうって言ったあの日。私ね、ここに来てきみと再会したら言おうと思ってたんだ~。一緒に頑張ろうって」
「……忘れるわけないよ」
ー君が言うあの日は、僕にとって大切な日だから
「うん、頑張ろう」
雹牙が頷くと、言えたことに満足したのか花は再び歩き始めた。雹牙がその隣に並ぼうとしたその時、誰かが雹牙を押しのけた。
「えっ?」
軽い雹牙の体は簡単に吹き飛ばされ、地面に転がった。状況を確認しようととりあえず立ち上がると、花の前に立ちふさがるように立っている少年がいた。
「僕と……付き合ってくれないかい?」
「はっ?」
「へっ?」
突然の告白に花だけでなく雹牙まで素っ頓狂な声を上げた。
「えーっと……、きみは喞筒くん……だよね?」
「ああ、そうだよ」
「私達、初対面……だよね?」
「ああ、そうだよ」
「……」
一瞬のうちに頭をフル回転させて、雹牙が出した答えは花と活水は中学か小学校が一緒で昔からの知人であって、高校が一緒だったら告白しようと考えていた……というものだったが、その考えはすぐに否定された。初対面で告白、さらに戸惑っている相手のことを気にもしない……。
雹牙は混乱していた。
花もまた、困惑した表情で活水を見つめていた。
「気持ちは、嬉しいけど……私達今日会ったばっかりだし、会話も今初めてしたばっかだし……。ごめんね、かなあ~」
申し訳なさそうに告げた花に対して、活水は
「そうか。残念だ」
と素っ気なかった。
「あの……もしかして君、片っ端からクラスメートにアタックしてたりする?」
雹牙は花と活水の間に立った。
活水はちらりと雹牙を見た後、すぐに目をそらして面倒くさそうに答える。
「そうだよ。何か悪いかい?可愛い女の子が沢山いたから、男なら当然の礼儀だろう」
ーナンパが女子に対してのあいさつか何かだと思ってるのか?
理解できないというような雹牙の態度を察したのか、はたまた会話の必要性を感じなかったのかそれだけ端的に答えて去っていく。……と、そんな活水の体つきをまじまじと見て雹牙の頭に疑問が現れた。
「あっ……ちょっと待って!」
反射的に雹牙はその背中を引き留める。
「……何?」
明らかに不服そうな顔をして活水は振り返った。花と対応している時とは真逆の態度。勿論雹牙は自己紹介の時に必要な会話以外したくないという彼の言葉を覚えていたし、相手が嫌がることは極力避けたいと思っていた。でも、頭に浮かんでしまった疑問をそのままにはしておけなかった。
「君の能力を教えてほしいんだ」
「何で」
「お願い。どうしても、今知りたいんだ」
「……」
活水は少し考えた後、口を開いた。言ったところで活水に不利益はないと思ったからだろう。
「ポンプだよ。僕は、身体の至る所からポンプを作り出して、そこから水を発射することができる。その水圧で攻撃したり、速度を上げたりする。何が知りたいのか知らないけど、ただそれだけの何の変哲もない能力だよ」
説明をして、活水はまたちらりと雹牙を見た。自分の話を聞いていたのかいないのか、何か考え込んでいるようだ。
「……はあ。僕はもう行くよ」
「なるほど」
活水がため息を吐いたのと、雹牙が疑問に対して結論を出したのは同時だった。
「だからなんだね」
勝手に納得しているような雹牙に対して活水は苛立ちを見せた。雹牙の横にいる花もまた、何も分からないというように首をひねった。
「だから、なんなんだよ」
「君のその体。凄く鍛えてるからさ」
「……?鍛えてることくらいなんてことないだろ?ヒーロー目指してるんだから」
「いや、違うんだ。確かにみんな鍛えたり努力はしていると思う。でも君のその体はただ筋力をつけたくて鍛えたって感じじゃなさそうだったから。ただ戦闘に備えて筋力をつけるためならその筋肉量は逆に邪魔になる。更に君は自分の容姿をちゃんと気にして整えているように見えるんだ。けれど体の方はかっこよさを求めて鍛えているようには見えない。一般的なかっこよさを求めるには、やりすぎだ。だから僕は、君の能力が知りたかった。確証が得たかったから。能力を聞いて、わかったよ。浮かんだ考えに確証が持てた。きっと君は自分の能力を最大限に活用するために、ヒーローになるために、誰かを守るために魅力を捨ててまで努力してきたんだなって」
雹牙は嬉しそうに笑った。無邪気な笑顔。
その隣にいた花は、そんな雹牙の笑顔を見て微笑みを浮かべて活水に視線を移した。
活水は口を半開きにして呆然としていた。
「あ、えっと、急にごめんね!?わかったような口をきいて……」
ふと我に返って慌てる雹牙。活水はそんな雹牙を見つめたまま動かない。
「じゃ、じゃあ僕は……行くね」
何となく気まずくなって雹牙は歩き出した。その後を花も追う。
雹牙達の姿が小さくなってからも活水は呆然と立ち尽くしていた。
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