第1章

1話 物語の始まり

「何を信じればいい?」


只管に進み続けていた少年は、立ち止まった。


「もう少しーだったら」


少年の前を走っていた少年は、己の手をみつめる。


「私達のーが正しいなんて思っていない」


二人を一番近くで見てきた少女は、どこか悲しげに言う。


この世界は決して彼らにやさしくなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


遥か昔、世界は大きく形を変えた。


生態系の頂点に立っていた人間に変化が起きた。新しい種族が生まれたー正確に言えば今までほとんど平等に知能が与えられてきた人間という種が二つに分かれたのだ。


ただの普通の人間と、能力者。ただの人間が科学を越えた力を得た。全ての人間がそうではなかった。

原因は不明、神の仕業なのか、はたまた科学者が大実験を行った結果なのか、あるいは宇宙からやってきた未知の感染症なのか…ー。詳細を知るものは誰もいなかった。おそらくは。


昔がどうであったかは、記録が残っていないため解明不可能だが、現在人口の四分の一が特殊能力を持っているという。能力には差があり、世界を滅ぼすほどの力を持つ者もいた。その力を使って犯罪を犯すものもいた。やがて能力者の一部は、組織を作り犯罪をおかす集団を作り始めた。


政府ー現在日本を統制している最大機関「政府」ーは市民の平和を脅かす能力者を「リベリオン」と名付け、人々の安全を守るために、リベリオンに対抗するためのヒーロー集団「エジャスター」を作り上げた。能力を使って力を持たぬ弱き者を脅威から守る正義のヒーロー、英雄、勇者。いつしかその存在は人々にとって欠かせないものとなった。平和の一部であり、象徴。ヒーロー達は自身の正義を信じて救い続けてきた。


これは、そんなヒーローを育成する唯一の学校に今年入学する生徒達が巻き起こす、世界の形を再び変える物語である。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


見慣れない町に、見慣れない風景。

まだ着慣れていない制服をまとって白髪の少年は歩いていた。期待と、不安で足取りがおぼついていない。

周りには、同じ制服を着ている同い年ほどの少年少女が同じ方向へ歩いている。彼らも同じようにどこかそわそわした様子だ。


ー今日から始まるんだ


白髪の少年はほおを緩めた。


「……は?」


わくわくしながら辺りを見渡していると、素っ頓狂な声が後ろから聞こえた。

どうしたんだろうと気にはなったが、特に反応することもなく歩きを止めない。


「おい、お前。待てよ」


肩を掴まれた。強い力だった。

まさか、自分に向けられたものだったのか?

白髪の少年はその事実に驚きつつ、振り返った。


「か……るま、くん?」


それ以上言葉が出なかった。

目の前で、赤髪の少年も白髪の少年と同じように目を見開いて口を半開きにしていた。


「てめえ、何でここにいる?」


赤髪の少年は、ぐっと白髪の少年の胸倉をつかんだ。


「そっれは……」


白髪の少年は目をそらした。

白髪の少年にとっては分かり切っていたことだった。彼と出会うことは。ただ、そのタイミングが少年が思っていた以上に早く訪れただけ。


「何で、その制服を着てるんだ?」

「っ……」

「俺は、何も聞いていない。言わないから、普通の私立に行くんだろうなって思ってた」


白髪の少年は沈黙を続けた。

事実だった。確かに、彼には何も告げていなかった。幼いころから腐れ縁なのかなんだかんだずっと一緒にいた彼にだけは、何も。


「答えろよ!?どうして、中学に行っても尚しょぼい能力しか使えなかったお前が!エジャスター向きの能力じゃないっていつも診断を受けてたお前が、エジャスターを……ヒーロー目指す学校に入学してんだよっ」


赤髪の少年が白髪の少年の胸倉を掴む。


「君に言う必要……ない」

「は?」


視線を合わせて睨み返して、胸倉を掴む赤髪の少年の手を掴み返そうとしたその時、


「きゃああああっ!」


近くで甲高い悲鳴が聞こえた。


にらみ合っていた二人はばっとその方角へ視線を移した。

数十メートル離れた河原の近くで、暴れているリベリオンの姿を二人は目視する。二人はすぐにその場所へと最高速度で駆け出した。


敵から少し離れたところで、赤髪の少年は足を止めた。まずは、状況確認。とでも言いたげな雰囲気を漂わせて、瞬時に周りと敵を観察する。そして、すぐに駆け出そうとした。

その横を一歩早く白髪の少年は通り抜けた。その目の中に敵の姿はなかった。映っているのは、助けを求める人。


「大丈夫ですか!?」


彼はまず近くにいた先ほど悲鳴を上げていた主であろう倒れている女性に声をかける。


「はい……」


意識はあるようだ。


「助けて!」


見るより先に体が動いていた。敵に突っ込んでいく。敵は男一人。左手に女の子を抱えて、ナイフになっている右手を突き付けていた。


ーナイフを製造する能力者か。この距離なら、助けられる。


敵がこちらに来るなと言わんばかりにナイフをこちらにみせつけた。

白髪の少年は速度を緩めない。彼の左手から矢が放たれた。それは一直線に敵の左手に向かい、的確にその手の甲を突き刺した。


「っっ……」


その手が緩んだ一瞬を見逃さなかった。最高速度のまま相手の懐に入り込み、右手を引く。その右手が氷に包まれた。そのまま右手を腹に突き刺した。


「ぐあっ」


敵は女の子を手放して後ろに吹き飛んだ。


白髪の少年は女の子が地面に落ちる寸前でその体を左手で抱きとめた。

女の子の容態を確認する。気絶しているようだが、大きなけがはなさそうだ。ほっと胸をなでおろす。


女の子を安全な場所に移動させようとしたその時、右腕に異変を感じた。

骨が砕かれるような痛みが襲ってくる。慌てて女の子を地面におろして自身の右腕を確認した。

先ほどまでは右手だけに纏っていた氷が右腕全体を覆っていた。


「今はまだやっぱり長い時間は……」


冷汗が背中を伝った。


「てめえ絶対に許さねえっ!!」


敵の怒号が聞こえた。

逆上しているようだった。周りからは大勢の悲鳴が聞こえる。殆どの人が逃げきれていないことがわかる。


白髪の少年は考える。きっと敵は見境無しに周りにいる人間に危害を加え始めるだろうと。


ー助けなきゃ


敵に向かっていく。右腕の痛みは消えていた。

敵がナイフをふるう。それをよけて、再び右手でこぶしを入れる…が、その手は掴まれた。


「二度も同じ攻撃は…!」


背負い投げされ、地面にたたきつけられる。


「かはっ」


一瞬息が止まり、意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって立ち上がった。


「くたばれ!」


再び攻撃を繰り出そうと構えると、白髪の少年の反対側から赤い炎を纏った何かが敵に突っ込んでいった。


敵はその一撃を食らって、なすすべもなく倒れていった。


赤い炎を纏った何か……赤髪の少年は、右手を空中で二振りして纏わせていた炎を消した。


「相変わらず……よえーな。ほんっと何でお前みたいなやつが入れたのかわかんねえよ」


彼は、白髪の少年を蔑むかのような目で見降ろす。


ーそんなこと、わかってる


自分が弱いことなんて百も承知だった。


「なあ、教えろよ。あそこの試験はそう簡単なものじゃないし、不正入学を許すようなところでもない。お前、一体どんな魔法を使ったんだ?」


赤髪の少年の言葉は白髪の少年にとって図星であった。言い返すことはできない。訳あって自身への問いかけに答えることも叶わず、ただ黙っていることしかできなかった。


赤髪の少年が今にも掴みかかりそうな雰囲気を漂わせ始めた。適当に答えて、周囲の人たちの無事を確認しようと白髪の少年が決めた時ー

心臓が大きく波打った。


「来る」


白髪の少年は恐怖を覚えた。この感覚は、知っている。体の自由を内側にいる「何か」に奪われていく感覚。


ー何度もあの人から言われたじゃないか。長時間使うな、何も考えずに使うな、軽率な行動はするなってー。僕はまた、目の前の事しか見えなくて大切な教えを忘れて……


再び大きく心臓が波打つ。今度は先ほどよりも大きなもの。


ー飲み込まれる


そう覚悟した刹那ーほんの一瞬、風が凪いだ。その風は、白髪の少年が纏っていた氷と体を支配しようとしていた「何か」を全て奪い去っていった。


風が吹いたのは本当に一瞬だった。しかし、先ほどまでの感覚が嘘のように消えて無くなっていた。


「飲み込まれなかった……?いや、消えた……?」


風なんて今日は吹いていなかった。そよ風でさえも感じない。一瞬だけ吹いたあの風は、髪が乱れるほどの少し強い風。その風はあまりにも不自然すぎた。


何が起こったのかと辺りを見渡すと、自身と同じ制服を身にまとった銀髪の少女が自分の方へ駆け寄ってきていた。


「大丈夫ですか?」


この少女が助けてくれたのだろうか?と白髪の少年は首を傾げる。


ーいや、そんなはずはない。あの力は普通の人に対処できるようなものじゃない。


「僕は大丈夫です。それよりも、怪我人は……!」


白髪の少年は、今は風の正体を探るよりも人々の安全を確認するのが先だと考え、自分が周りの状況を確認する為に駆け出す。しかしその腕を掴まれて止められた。


振り返ると銀髪の少女が腕をつかんでいた。


「大丈夫、みんな避難しましたから。軽傷者は何人かいましたけど、重傷者はいなかったです」

「よかった……」


その一言を聞くと、力が抜けて地面にへたり込んでしまった。


「良くないぞ」


知らない声が降ってきた。顔を上げれば目の前には銀髪の少女ではなく、スーツ姿の男性が立っていた。茶色の髪にひげを生やしていた。目の下に大きな傷跡があって、やくざを連想させた。


「お前ら、豪傑高校の新入生だな?……入学式前にやってくれたな?生徒と言えど許可なしで能力を使用するのは禁止しているはずだ」


ギロリと鋭い鷹のような目で茶髪の男は白髪と赤髪の少年を睨んだ。

時すらも止まっているかのような威圧感に白髪の少年が気おされていると、赤髪の少年はその威圧感を諸戸もしないかのようににらみ返した。


「確かに禁止されているけど、この状況なら仕方ないだろ」

「言い訳をするのか?どんな状況であれ、規則を破ったことに変わりはない。他の方法を思いつかなかったのか?お前らは、救助を優先すべきだった。周りの人達をいち早く安全な場所に送り届け、エジャスター達が駆け付けるのを待つ。それが、見習い未満のやつにできる最低限の事だ。お前らは、その最低限の事も出来ずあろうことか能力を使ってリベリオンに攻撃をした。倒せたから良かったものの、それは結果論だ。反省しろ」

「……ちっ」


赤髪の少年は不服そうな顔をしたが、言い返すことはなかった。この男の言い分も一理あると理解したからだろう。白髪の少年もまた、言い返すことも言い訳を述べることもせずただ己の未熟さを反省していた。


まだエジャスターになるための訓練を一つもしていないのにも関わらず、規則を破って敵と戦った。助けられたから良かったものの、本来はエジャスターの救援を待つべきだった。


「……はあ、とりあえず後始末はやっておく。お前らは早く式へいけ。遅刻するぞ」


茶髪の男はため息をついて白髪、赤髪、銀髪の少年少女を順番に見た。


白髪の少年は腕時計を見た。式が始まるまで後十分。

白髪の少年は走り出す。既に赤髪の少年と銀髪の少女は走り出していた。二人に追いつく。


三人は一直線に学校へと向かった。

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