中編

 また別の日である。オーコは例によって、家で作ってきたバタークッキー(ハート型)を、ケーコに勧めながら紅茶を飲んでいた。小さなハートから大きなハートまで。少し焦げてしまったところもなぜか甘く感じる。手作りの良さは、焦げても美味しいところにあるのだ。


 そして、それはつくりての思いもこもっているはず。


 ケーコはなんとなく、オーコの横顔をちらりと見た。そして、こう思った。


(黙っていれば綺麗なんだけどな、オーコちゃん)


 一度意識してしまったら、目があうたびにそらしてしまう。


(ヤバい、ヤバい。あたし、オーコちゃんのこと意識しすぎてる)


 その一方で、なんとなく小動物のように、手作りのお菓子を頬張るケーコが以前から可愛い、可愛いと思っていた。それが恋なのか、友情の証なのか、二人の頭の中は混乱していた。


「ねぇ、ケーコちゃん。その後誰かと壁ドンした?」


 トクン、とケーコの胸が高鳴る。


「うん? あんたまだ壁ドンにこだわってんの? やめやめ。そういう話はクリスマス直前のリア充か、クリスマスでなくても麗しすぎる殿方たちの夢のかたまりなんだから。だいたい、あたしらが壁ドンして、誰が喜ぶのよ?」


 ケーコは一気にまくし立てたせいでむせてしまう。両手で持ち上げる紅茶のカップが震えていることに気づかれていやしないだろうか。顔が赤く染まっていないだろうか。それよりどうしてオーコはそこまでして壁ドンにこだわるのか、その理由がわからない。


「大丈夫?」


 ケーコの背中を優しくなでるオーコが、実のところ役得だと思っていることをケーコはまだ知らない。


「もー。オーコちゃんが変なコト言うからぁ〜」

「ん〜? じゃ、今やろうよ壁ドン」

「はぁ? だからなんでそうなる――?」


 オーコはケーコの頭をよしよしして気持ちを落ち着かせた。それはさながら、野生動物を手懐けるよりもあざやかな手付きだった。


「あたしがするから。ケーコちゃんは、そのままでいいから。ね?」

「ねって言われてもなぁ……」


 そんなに躊躇う自分にさえも、ケーコは驚いている。こういうのはやはり、好きあってこそなのではなかろうか?


 オーコからすれば、あと一息で壁ドン、というところで鼻息を荒くしていたところで、謎多き教育実習生の先生とバッチリ目があってしまった。


「あなたたち、ここでなにをしているの!? ここは神聖なる学び舎なのよ? 二人共校長室に行きましょう」


 まさか二人は、こんなことくらいで停学になってしまうのかぁ〜!?


 つづく

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