第7話

「わたくし、梶谷出版の向谷(むこうだに)

と申します」

向谷と名乗ったその男は

三十半ばくらいで、丁寧に明日香に

名刺を手渡した。

「どっ、どうも」

「私、アガサさんとは顔なじみで

あなたのことを聴いて是非とも

お会いしてみたくなったんです」

向谷の印象は悪くはなかった。

清潔そうで柑橘系のコロンの香り

がした。

「あなたの本を出版したいんです。

事故で植物状態になりながら、作家を

目指している。そういうのは

売れるんです」

「でも、わたし、小説を書いたことがなくて」

カネジが不安を打ち明けた。

「かまいません、そんなの。我々が

一から指導しますし、ゴーストライター

という手もあります」

「でも、わたし」

「不幸ネタはよく売れるんです。よろしく

お願いします」

「帰ってください」

カネジがキッパリと言い放った。

「えっ、しかし」

「帰れ! 人のことを何だと思ってるの」

「わっ、わかりました。失礼します」

向谷が慌てて帰って行った。


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