代行

いざよい ふたばりー

代行

「すみません。ちょっといいですか」


十二月の中頃。

仕事が終わり、会社から帰るため北風が吹くクリスマスムードに彩られた街中を歩いていると、彼は後ろから声をかけられた。


「私ですか、はい、なんでしょう」


彼が振り向くと、そこにはひとりの老人がいた。

いや、老人にも見えるが、確証はもてない。

帽子を目深にかぶりマフラーに顔を埋め、人相がよくわからないからだ。ぱっと見中年にも見えるし、老人に見えないこともない。声にはまだ若々しさがあり、外見や声からは年齢を推測することができなかった。しかし便宜上、老人としておく。


「あなた、家庭はお持ちですよね」


「ええ、妻と子どもひとりの平凡な家庭です。子どもはまだ小さく手がかかりますが、子育ては楽しく、何より子どもはかわいいですよ」


男は顔をほころばせノロけるように語る。

すると老人は嬉しそうにこう言った。


「そうですか、やはりあなたは面倒見がよく、いい父親のようだ。そこであなたに頼みがあります」


「待ってください、待ってください。やはり、と言いましたね。それにわたしが妻子持ちだと、はなから知っていたような事もおっしゃった。どうも怪しい。あなたは一体何者なんです」



「それを今から説明させていただきたいのですがここではなんです。そこの喫茶店にでも入りましょう。なに、宗教やなんかの勧誘だとか、キャッチセールスみたいなケチなものではありませんので、その辺はご安心ください。お時間もそんなにとらせません。もちろん、コーヒーでもおごりますから」


「はあ、そこまでおっしゃるのでしたら……」


ふたりは近くの喫茶店に入り、なるべく目立たぬ席に着き、コーヒーを注文する。コーヒーをテーブルに置いたウェイターがふたりから離れると、ようやく老人は口を開いた。


「実は、我々はこの辺りの人々を調べ上げ、幼い子どもを持つ家庭のリストを作り、その中で性格の良さそうな人を厳選し、それぞれに頼みごとをしているのです。」


そんな事を聞かされた彼は、驚いた表情で老人を見つめる。驚きの表情は、すぐに疑いの色に変わって行く。いつの間にか家族のことを調べられてはいい気はしない。


「何だって。ははあ、だから私に妻子のあるのを知っていたんだな。なにが目的だ。人のことを勝手に調べるなんて、プライバシーの侵害だ……」


老人は慌てて弁解をする。


「落ち着いてください。悪いことに使うためにリストを作ったのではありません。それに、そういった情報収集なんて、今の世の中良くあることでしょう。懸賞ハガキを出したことは無いですか。しらない会社からや、子どもが学校へ上がるタイミングでのダイレクトメールが来ることもあるでしょう。あなたが知らないだけで、個人情報なんかはいつの間にか収集されているものです」


そう言われるとそうだ。塾やなんかの案内や、通販のダイレクトメール。身に覚えがないところからたまに届くものだ。しかし、不信感は拭えない。個人情報が知らない間に収集されているなんて、なんとなくわかっていても、いざ集めている本人から言われるとなると、とてもいい気がしたものではない。


「それで、妻子があったらなんだというのです」


「そういぶかしげな顔をなさらないでください。ただ幼い子どもがいる家庭だから、と言うだけで声をかけたのではありません。先ほども述べたように、あなたが性格のいい人で、穏やかな人格の持ち主だからこそ、あなたに頼みたいと思ったのです」


そう褒められると悪い気はしない。彼はいくぶんか機嫌が良くなり、どこか嬉しそうに見える。


「いいですか、極秘で、とても特殊なことで、極めて重要なことなんです。初めての方は驚かれると思いますが……」


「なんだかもったいぶりますね。なんでしょう」


彼の顔からは疑いの色は消え、好奇の目で老人を見つめている。


老人は彼に顔を近づけ、囁くように話した。


「実はですね、あなたにサンタクロースをやっていただきたいのです」


それを聞いた彼は顔をしかめた。まあ、当然と言えば当然でだろう。

見ず知らずの人に身の回りを調べられたと告げられ、もったいぶった相談を受けたと思ったらサンタクロースをやれだなんて。

いくらなんでも馬鹿にされていると言う考えに至ることは自然なことだ。


「え、ちょっとよくわからないんですが、なんですって。サンタクロースですか」


困惑した表情の彼とは対照的に、老人はにこやかにコーヒーをすすっている。


「すみません。私は仕事があるのでアルバイトは……別を当たってください」


「あ、勘違いしないでください。なにも赤い服をきて袋を担ぎ、スーパーやデパートなんかで看板を持ったりと、そう言うアルバイトをやってくれと言っているのではありません」


「はあ……と、おっしゃいますと……」


「本物のサンタクロースのことです」


ますますわけがわからない。本物のサンタクロースだなんて。一体この老人は何を言っているのだろうか。さては暇つぶしなのか、または歳のせいで……だとすれば、こんなところで時間を潰している暇はない。仕事で疲れているし、早く帰ってゆっくりと風呂に浸かり、今日の疲れを取りたい。


「あの、私はそろそろ……」


「待ってください、やはり実際に見せたほうが手っ取り早いですね、見ててくださいよ……」


言うや否や、老人はコートのポケットに手を突っ込むと、おもむろに何かを取り出した。その取り出したものを見て、彼は驚きの声をあげる。


「や、これは。」


老人の手には、どうやってポケットに入っていたのだろう、大きな白い袋が。


「いいですか、よく見ててくださいよ..」


そう言うと老人は、今度は取り出した袋に手を入れ


「ほらご覧なさい。どうです。」


その手には、包装がされ、リボンを付けた箱、つまりクリスマスプレゼントと言えるものが握られていた。


「やや、これはすごい。手品かなにかですか」


「いえいえ、そんなちゃちなものではありませんよ。これはあなたへの謝礼です。少し早いクリスマスプレゼント。もちろん、引き受けていただける事を確信しているからこそ、取り出したのです。どうぞ、開けてみてください、きっと気に入りますよ」


勧められるまま男は包みを開けると


「なんと、これは私がずっと欲しかったものではないですか。まさか、いやしかし……」


驚くのも無理はない。すでに生産も終わり、買おうものなら定価よりはるかに高くなっていて、金持ちでもない限り、なかなか手が出ないようなものだったのだから。


「どこで手に入れたんです。どうやって……」


「どうですか、引き受けていただけますか」


彼は老人が本物のサンタクロースだと確信した。それだけものすごい物であったし、それだけ説得力のあるものだったのだ。


「も、もちろんです。しかし、何をしたらいいのでしょう。私は他人の家に忍び込んで、プレゼントを置くなんてことはできませんよ。しかも一夜に何軒も」


「その点はご心配なく。サンタクロースと言うものは、一つの地域毎に複数人が担当しているのです」


「なるほど、だから一晩で世界中を回れるんですね。しかし今の時代、一般家庭でもセキュリティが強化されてますからね。勝手に入ろうものなら警報が鳴り出しかねません。とても私には……」


困った表情の男の言葉を遮るように、老人は言う。


「そこなんですよ、我々サンタクロースが困っていたことは。銀行や宝石店のような強固なものでないにしても、簡単な警報が一般家庭にもついてる時代になってしまい、子どもたちにプレゼントをとどける事が困難になりました。そこで、みんなで知恵を出し合い、たどり着いた結論が……」


そこまで言うと、老人はコーヒーで唉を湿らせひと息ついた。

男は老人の言葉に耳をけている。


「サンタクロースの代行です。それぞれ各家庭のお父さん、お母さんのどちらかにお願いし、プレゼントを置いてきていただいているんです。もちろん、謝礼として代行していただいた方にクリスマスプレゼントを差し上げて。数年前まではあなたの両親、ここ数年はあなたの奥様に頼んでいました。ですが、奥様は毎年自分ばかりプレゼントを貰うのは悪いから、今年からは旦那様であるあなたに代行を頼むように言われました。いい奥様をおもちですね」


なるほど、だから妻がプレゼントを用意するといいだしていたんだな。そして妻はここ数年、クリスマスプレゼントを貰ったといっていたが、誰に、と言うのはぼかしていた。会社のクリスマス会と思っていたが、こんなカラクリだったとは。


「妻や両親がサンタクロースの代行者だったとは……」


「今まで知らなかったのも無理はありません。これは機密事項ですからね。口がかたいのも条件です。万一言いふらしそうになったら記憶が書き換わり、自分で買い与えたとことになる。当然謝礼は返して頂くので、世の中に広まることはないんですけどね」


さすがサンタクロース。やはり普通の人ではできない事ができるのだろう。


「しかし、それなら代行を頼むのは性格のいい人でなくてもいいのでは...」


老人は大げさに手を振ると


「いえいえ、やはり性格のいい人でないと、引き受けてもらえないばかりか、話すら聞いていただけません。病欠等でどうしても人手がたりず、やむを得ない場合は隙を見て自分で買って与えるように仕向けるのです」


なるほど、そういうことだったのか。

彼は子どもの頃を思い出していた。

子どもの頃、もしかしたら自分の両親なのではないかと疑っていたこと。

煙突がないのにサンタクロースが来てくれていたこと。

窓には鍵がかかっていたこと。

なるほど全てつじつまが合うではないか。

昔を懐かしんでいる男に、老人は問いかける。


「さて、私の話はこれで全部です。どうですか。引き受けていただけますか」


彼はコーヒーカップを口に運び、ひと息入れて答える。


「もちろん、引き受けますよ。引き受けさせていただきます。決して誰にも言いません」


「あなたならそう言っていただけると思っていました。どうぞよろしくお願いします」


硬い握手をした二人はコーヒーを飲み干し店をでる。


「それでは」


軽い会釈をしながらどちらともなく言うと、老人は人ごみの中へと消えてゆく。

彼はクリスマスムードに彩られた街の中、クリスマスソングを口ずさみながら、自宅への道を歩き出すのであった。

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