82.貪食ための結束 ①

 工場団地の最も僻地には、廃墟化した倉庫がある。外観や構造的には崩れた様子もないが、長い間、人の出入りした気配はなく、セキュリティーシステムも作動していない。電気も通っていない建物は、まるで地上を這う魔獣のようだ。


 その建物の中に、一人の少女が座っている。彼女がいるのはコンテナを半分だけ撤去した倉庫の一角。十代後半くらいのその少女は、オリーブベージュの髪を下ろし、昌彦まさひことホテルに消えた女と同じシャンパングリーンのドレスを着ているが、容姿は異なり、大人しく地味な見た目の、小さな女の子だ。


 出入り口から三人の影が入ってきた。つたや茎の絡みついた体が、女性の形を成している。蔦の怪人たちは、それぞれの茎を少女に向けて伸ばす。少女はその茎を手に取り、怪人たちから送られる源気グラムグラカを受け取った。


 源気の補給が済むと、三人の怪人は昌彦やムーを襲った、妖艶な女になった。


「お前、今日は不漁か?」


 声の主は赤いマントの男。コンテナの上から彼らを見下ろすこの男の名は、ドニ・イラーリオだ。


「今はこの程度でも精一杯よ。これ以上は目立ちすぎて、リスクが高すぎるわ」と、少女が答える。


「ふふ、俺の飴を分けてやろうか?」


 少女は不機嫌そうな顔で「結構よ」と断った。


「あなたの獲物のグラムは私の口に合わないの」


「そうか、魔導士マギアの源気はだめか。それなら今度は操士ルーラーのを作ってみるといいぞ?トラップの対象変更はそんなに難しいことじゃないだろう?」


「余計なお世話よ、そっちこそ、袋の中身がずいぶん少なくなったんじゃない?」


「そうだな……しかけた章紋は何者かに潰された。セントフェラストには、章紋の掃除屋がいるらしいな」


「あら、私よりずっとピンチじゃないの?」


「心配ない、不作の時のために、きちんと備えてあるからなぁ」


「ふふふ、何と賑やかな夜会ではないか」


 突如現れたのは、黒い貫頭衣を着た人物だった。


「あなた誰?」


 少女の問いかけに答えるように、相手は貫頭衣のフードを下ろす。前髪だけをライトブルーに染めた、鮮やかなレッドオレンジのベリーショートヘアが見えた。肌は白く、高い鼻と長い顎が特徴的だ。


「俺はユリアン・バルテル。結盟のための差し入れを持ってきた。仲間に入れてもらえるか?」


 そう言ってユリアンはポケット納屋なやから大きな箱を一つ取り出し、床に下ろした。

 箱の中には絡み合う三つの触手が入っており、ユリアンがその箱を開けると、触手は花が開くように広がり、中身を見せた。それぞれの触手に包まれるようにして、若い女性が眠っている。その中にナティア・ラムラ・ロレーラティスの姿があった。彼女の頭には珊瑚のような質感の二本の角が生えており、まるで眠り姫のように深い眠りに落ちていた。


「これは?」


「君は章紋術ルーンクレスタ使いだろう?この女性たちも、君と同じ魔導士の属性を持っている。きっと彼女たちの源気は君に合うはずだ」


「ほう、こりゃありがたいね。だが、こんなところに連れてきたら、俺たちの居場所もバレちまわないか?」


 ドニは立ち上がり、言いにくそうに口をもごもごさせて言った。


「問題ない、彼女らの源気を衰弱させて、冬眠状態の小動物のようにしてある。これでは誰も感知できないだろう」


「なるほどね、最近、触手で獲物を狩ってる奴がいるって聞いてたけど、あなたがその正体かしら?」


 ユリアンが気に入らないのか、少女の声は冷たい。


「いかにも。好みの獲物をより容易く手に入れるために、結束しないか?」


「どうかしら?仲間が増えたからといって必ずリスクが減るわけじゃないでしょう?キャンパス内にそのイソギンチャクみたいなものを出没させるやり方、私は好きじゃないわ。あなたがここに来たせいで、せっかく見つけたこの拠点にも居づらくなる。鼻の利く犬たちはいつか必ずここに来るもの」


 ユリアンは口の端を浮かせ、少女に言った。


「君だって、その植物の怪人で獲物を襲ったんだろう?こちらに戻ってくる時点で君の居場所は割れているはずだ。むしろ今のうちに拠点を移さなきゃ、ヤバイだろ?」


 少女はさらに不機嫌な表情になり、ユリアンを睨みつけた。


「それぐらい、分かってるわよ。でも尻尾巻いて逃げるようなこと、私は嫌だわ」


「ククク、その問題、俺が解決させてやろうか?」


 三人は一斉に倉庫の出入り口を見た。わずかな気配すら出さず、そこに立っていたのは、石井春斗はるとだった。三人は総毛立ち、ドニが叫んだ。


「な、何だお前!何故、気配が消せる!?」


 ドニの慌てっぷりを見て少し冷静になった少女が応えた。


「何かの術ね。今日は何?お前、仲間まで連れて来たの?」


 ユリアンは警戒したように春斗を見据えながら、渋い顔で首を横に振る。


「いや、俺とは関係ない。お前たちこそ、随分ここは客人が多いんだな」


「こんなことはこれまでありえなかった!お前、何者だ!?」


 三人の間に動揺が走っているのを、春斗は小気味良さそうに見つめていた。そして、倉庫の中に踏みだし、自信満々の様子で声を上げる。


「ふ、たまたま通りかかった探検家だ。セキュリティーの張られていない建物が珍しかったから中を見てみようと思ったら、お前たちを見つけた」


――ヤベぇ、どんだけ強運だよ。被害者一人を追っただけなのに、もう三人見つけるとか。へへっ、左門トオル、この勝負、俺がもらった。

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