65.賭け勝負 ①

 オリヴィアの授業が終わった後、約束通り、トオルはペルシオン教室棟の屋上へ向かった。


 曇り空だった。重い雲が飛んでいき、トオルの服がバタバタと風に煽られている。髪の毛も乱れるほどの強風が吹く空の下、トオルは屋上を目指す。その後ろには、タマ坊も付いてきていた。念のため、コダマも飛ばしてある。風を切って飛行するコダマは爽快そうな鳴き声を遠くから届けてくれる。コダマはどんな荒天の時も強く翼を開き、大きく輪を描くように空を飛び回る。


 この三週間で、特別に注意すべきと決めた人の源気グラムグラカの気配を、トオルは覚えている。だから、春斗はるとの姿を見つけるのも簡単だった。


 春斗は屋上に立ち、中央学園キャンパスを遠くに眺めている。


トオルは春斗から10歩離れたところで足を止めた。


「約束通り、会いに来た。何の用だ?」


「冷たいこと言うなよ。同じヒイズルの同胞として、俺は前からお前と話したいと思ってたぜ」


「ぼくは君に話すことはない」


 コダマが滑空し、高いフェンスに留まった。オオワシのような目で春斗を見下ろしている。


 春斗はコダマとタマ坊に気付いたようだが、特に顔色は変わらなかった。


「フ、俺に警戒してるのか。それが同胞に対するお前の態度か、おい?」


 トオルは溜め息をついた。


「悪いが、早く要件を言ってくれないか。ぼくは研究に忙しい」


 春斗はそれを聞いて、邪気のある笑みを見せた。


「それだ。お前には物作りの才能があるらしいな。なぁ、俺と組まないか?俺は作ることもできるし、販売の経験もある。お前が作って、俺が売る、どうだ?」


「残念だが、ぼくは君の商売を認めていないんだ。ポイント稼ぎのために人を騙すやり方は、ぼくには合わない」


「騙す?何の話かなぁ?」


「君のすべてが、ぼくにそう伝えている。苦心して作ったものを詐欺師に売らせるつもりはない」


「そうかそうか。たった三週間のうちに随分、生意気になったんだな、驚いたぜ」


 トオルは日々の仕事の中で、厳しいブルーノと付き合っている。それが、トオル自身も気付かないうちに、心身を鍛えてくれていた。


「いいさ、それが君の建前なら、はっきりと言わせてもらう。ぼくはその船には乗らない」


 トオルは踵を返した。


「ハハ、真面目だなぁ。必死すぎるくらいだ。お前が身の潔白をいかに大事にしているか、それに何故しがみつきたいか、俺にはわかるぜ。だけど、お前がどれだけ頑張っても、お前の身に刻まれた汚れは消せないんだろ?」


 トオルは歩き始めていたが、もう一度足を止めた。時間の無駄だとわかっていても、その思わせぶりな言葉に小さく動揺する自分がいる。


「君にぼくの何がわかる」


「お前、異端犯罪者ヘラドロクシーの子どもだろ?違法実験を繰り返した、マッドサイエンティストが父親だ」


 トオルは悪寒がした。そして、ゆっくりと春斗を振り返る。


「君は……その話を、誰から聞いた」


 トオルが見せた表情こそ、春斗の見たいものだった。主導権を握ったことがわかると、春斗は悪鬼のような笑顔を隠さなかった。


「俺の船には乗らないんじゃなかったっけ?」


 背中に汗が伝い、トオルはゾクリとした。目が焦点を失い、頭は落ち着きなく動こうとしているのに、思考がまとまらない。


「君はぼくをどうしたい?」


「そうだなぁ……賭けをしないか?」


「賭け……決闘か?」


「ハハハ、そりゃ話が早いな。だけど、俺は別に闘競バトルがしたいわけじゃない、十中八九、俺が勝つ勝負なんて、つまらないだろ?」


 バトルという言葉に反応したのか、タマ坊が前に出て、戦闘態勢を取った。コダマはフェンスを爪で強く握り、長い羽根で威嚇しようとしたが、怒りを抑えるようにそれ以上のアクションは起こさない。主人の命令がない限り、彼らは従順に待ち続ける。


「その話には乗らない」


「それならそれでもいいぜ。だけど、父親が指名手配されているなんてこと、知られたくないよな。どうする?今のうちにキャンパスを去るか?」


 ほとんど他人のような父だと思っているのに。なのに、トオルはその賭けを受けるしかない。その、他人のような父のために、頑張って築きあげてきた生活や人間関係を失うことは、トオルには辛かった。


「……どんな賭けだ?」


「さすが、クールボーイは物わかりが良い。最近のホットな話題と言えば、貪食者グラムイーターだろ?」


「まさか、君が……」


「ハハ、勘違いするなよ、俺は関係ない。だが、その連中に興味はあるんだ。今回の賭けは、三人の貪食者を先に確保した奴が勝ちだ。敗者は勝者のしもべとなる、いいな?」


「三人……?君は何か知っているのか?」


「いや?何も知らないぜ」


 不利な賭けになることは想像できたが、もちろん、トオルに拒否権はない。


「……いつまでに?」


「期限は不要、より早くターゲットを確保すれば勝ちだ」


「……分かった」


 トオルはまさか自分が貪食者事件を追うことになるとは思わなかった。もっと経験を積んだ人々が、いつか解決してくれるものだとばかり思っていたのだ。だが、事情は変わった。トオルは春斗よりも早く、貪食者の情報を掴み、確保しなければならない。情報は少なく、リスクは計り知れない。それでも彼は、今の自分が持つ全てを賭けて、未知の危険に挑む覚悟を決めた。


 一人の心苗コディセミットが、彼らの会話を盗み聞いていた。隠れ身のスキルを持つセレスティアは、二人の会話を一つのエンターテインメントのように眺め、楽しげに笑った。


「ふふ、何て面白い話なの。クールボーイ、底力を見せてちょうだい」

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